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政治の研究No.74
「後方」とは何か

 新ガイドライン関連法案問題の第2弾です。第1弾は第68回軍国化への崖っぷち」を参照して下さいね。今回のテーマは「後方」とは何か、であります。

 「後方」を文字通り解釈すると後ろの方なのですが、これの反対語は「前方」です。ところが、戦術論で言うと少し意味が違ってきます。戦術論の「後方」の反対語は「前線」です。つまり「前線」以外全てが「後方」なのであります。
 そこで「前線」を定義しますと、二つの異なる勢力が接する境界線という意味です。戦術論で言えば「最も敵陣に近く、敵と直接交戦する戦線。第一線」(大辞林)と説明されます。要するにですね、敵と接していればそこが「前線」で、接していなければ「後方」ということです。例えば、自分たちの前に味方が展開していて敵と交戦中だったとしましょう。この場合、自分たちは後方地域に居ることになります。ところが、眼前の味方が打ち破られて敵が前進してくると、自分たちが前線に居ることになります。恒常的な後方は存在しません。敵さえ現れれば前線に早変わりするのです。
 ところが、上のような定義は、「戦争論」を著したプロイセンの将軍・クラウゼビッツの時代の話です。今では爆撃機や軍事衛星がありますし、大陸間弾道ミサイルもあります。要するに爆撃機の活動可能エリア内、あるいはミサイルの射程距離内にあれば、もう前線です。中国や北朝鮮の敵に回ってしまったら、即座に日本列島は前線に早変わりするのです。

 つぎに「後方任務」の話をしましょう。「後方任務」は文字通り後方で行う任務ですが、その中身は前線をフォローすることに集約されます。前線が最終的に敵を圧倒しなくては戦争に勝利できないのですから、そのために必要な全てのことを行う必要があります。一般的に「後方支援」と呼ばれる任務があります。例えば、物資輸送、人員輸送、傷病兵収容・看護、情報収集・分析・伝達などがあります。これを狭義の「後方任務」と定義することもありますが、広義には諜報活動、施設破壊、補給線分断、通商破壊、占領支援などが含まれます。
 米軍が日本の自衛隊に要求しているのは、概ね狭義の後方任務の部分ですが、戦争が長期化してくると広義の後方任務を求めてくる可能性があります。注意が必要であるのは、狭義であろうとも、広義であろうとも、後方任務を開始した時点で日本は敵国に対して参戦したことを意味します。ですから、本来は後方任務を開始する前に日本国政府は宣戦布告をしなくてはいけません。宣戦布告をしないで参戦するのはアンフェアですから、敵国から厳しい指弾を浴びても反論できる余地はありません。太平洋戦争における真珠湾攻撃が宣戦布告に先だって行われたことを、思い出して頂けると良いでしょう。
 ともかく、宣戦布告をするとどうなるかと言いますと、敵国は日本に対して自由に攻撃することができます。民間航空機だろうが、民間船舶だろうが、攻撃して構わなくなります。もちろん日本列島にミサイルを撃ち込んだり、兵器工場などを爆破しても構わないのです。参戦国の生産設備を破壊したり、世論を揺さぶったり、恐怖を煽ったりするのは、戦争の基本です。いくら武力を行使していないと言い張っても、敵国が聞き入れてくれる余地はありません。

 先ほどは後方任務の中身を説明しませんでしたので、少し説明することにします。物資輸送とは、食糧や衣類、医薬品、武器、弾薬の輸送に当たります。輸送路の安全が確保されていれば問題は少ないのですが、通常は輸送路が一番に狙われますので、厳重な警戒をしつつ、送る物は一括して継続的に輸送されます。ここで武器や弾薬は輸送したくないだとか、戦地までは輸送したくないだとか、我が儘な話は、戦争状態となったら許されないのが常識です。
 人員輸送とは、物資輸送・救護看護・傷病兵後送の人員輸送は当然のこと、兵員輸送も含まれます。前線から後方へ、あるいは後方から前線へ、人員輸送を効率よく行えるかどうかが戦局を左右します。ここで兵員だけは輸送したくない、傷病兵だけは受け入れる、などという我が儘は許されません。物資と同様に人員輸送も一括輸送が原則です。また有事に備えて武装兵による警護が必要ですが、そのために前線の兵力を割くことはできませんから、もちろん後方支援を行う者が自前で警護を付けることになります。日本が人員や物資を輸送する際には、積極的に交戦しないことを前提にして、自衛隊員が警護することになるでしょう。
 情報収集・分析・伝達は、原則として安全な任務です。しかし、戦争当事者国の国民を自国内で自由に活動させるマヌケな国はありませんから、通常は拘束または追放します。日本が参戦する場合は、敵国に拘束される前に日本大使館員や日本企業の駐在員を救出する必要を生じます。戦争と無関係に現地入りしている日本人には、迷惑な話です。戦争慣れしていない日本人のことですから、下手に抵抗して死者が出てしまう可能性も否定できません。
 諜報活動は、要するにスパイ活動です。通常の情報収集よりも一歩進んだ潜入工作、つまり情報攪乱操作や破壊工作などもします。敵国に発見されれば、ほぼ確実に拘束または処刑されます。補給線分断は、敵の物資・人員輸送を妨害する任務で、敵は妨害を排除するため武力を行使します。通商破壊は、敵の生産・輸送能力を低下させる任務で、もちろん報復を覚悟する必要があります。占領支援は、敵地に乗り込んで後方任務や機能回復を支援する任務で、防御施設の構築や捕虜の監視なども伴います。ここまですれば立派な戦争当事者国です。これらの活動を日本が行うと成れば、当然ながら自衛隊員によるサポートが必要です。

 随分とアバウトな説明に成りましたが、整理をしますと、後方はいつでも前線に変わる、安全な後方はない、後方任務に就いたら参戦したも同然、参戦する以上は報復も覚悟する、後方任務の選り好みは現実問題としてできない、後方任務には自国兵の警護が必要である、望まなくとも民間人は戦争に巻き込まれる、というところでしょうか。

99.05.09

補足1
 政府・自民党は忘れているのかも知れませんが、自衛隊員も立派な日本国民です。彼らが日本国土や日本国民を守るために負傷・戦死をするのなら職務上仕方のないことですが、政治家の興味本位で他国の戦争に参加して負傷・戦死するのでは、全く筋が通りません。とくに、後方であることを強調して軽装で派遣するつもりのようですが、船舶は掃海艇、車両は一般車両、装備は小銃のみ、などというのでは死地に手ぶらで向かわせるようなものです。
 本当に他国への派兵が必要だと考えるのなら、まず憲法を改正して自衛隊を国軍に昇格させること、つぎに自衛隊員全員に聞き取り調査をして国軍への移籍の意思を確認すること、そして開戦・参戦のイニシアティブを日本政府が持つこと、最後に駐留米軍には速やかな退去を願うことです。これらの過程をすっ飛ばしての「新ガイドライン関連法案」など無謀を通り越して、自殺行為ですよ。

99.05.09
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