|
政治の研究No.60 |
まだやるの? 甲山事件 |
甲山事件については第47回「この道はいつか来た道」の補足1で書き、すでに800近いアクセスを頂いています。近頃ではネット上で検索される甲山事件関連の記事が増えており、昨年3月に開設された、支援者による「冤罪甲山事件(を参照してください)」というHPも、今年になってサーチエンジンに登録されていました。
世間の関心が強まってきている証左でしょう。その理由の第一は、公判が25年目を迎えているということ、不起訴処分を覆して再逮捕に及んだこと、一審無罪判決を二審が差し戻して三審も支持したこと、差し戻し審が再び無罪判決を出したこと、検察が同じ証拠で再び上訴に及んだこと、などです。一応時系列的に検証してみることにしましょう。
不起訴処分が出されたのは、警察がY被告を逮捕するに至った経緯が不透明で、証拠も自白調書程度しか無いお粗末なものであったことが理由です。現在の警察であれば、もう少し証拠固めをするところですが、当時の警察はかなりアバウトなままY被告の犯行と断定していました。真犯人が別に存在したとしても、警察は途中から捜査を打ち切ってしまったために新証拠が発見される可能性を潰してしまいました。警察は強引な手法で自白を引き出した、もしくは自白調書を捏造したものと見られますが、Y被告が自白を翻した結果、証拠不十分として検察は不起訴を決めたのでした。
また不起訴に至る補強証拠として、園長と同僚ら3名のアリバイ証言が採用されたと言うこともあります。警察が素直に不適法捜査を認めて、新たな犯人探しを続けるべきであったと思います。そもそも自白が得られたのは逮捕から10日目のことで、翌日には撤回している不自然さから見て、おそらく冷静さを失わせるよう軟禁状態で10日間迫ったものと見られ、自白させられて冷静に戻る機会を得て、あわてて撤回したと見るのが妥当かと思います。当時の捜査官が真実を告げなくては分からない話ですが。
しかし、それは捜査に不適法な自白強要があったことを認める結果とも成りかねないため、その後もY被告犯人説を捨てきらなかったようです。そこへ遺族達の奔走が実り、神戸検察審議会が「不起訴不当」を議決したことから、一転して裁判になだれ込むことになりました。この際の決め手は4年目にして明らかになった元園児達の新証言でした。人間の記憶ほど曖昧なことはありません。4年も経ってから突如浮かび上がる証言など不確かなものです。検察はこれを新証拠として採用することを決め、長期裁判の火蓋が切って落とされました。また前述の園長らのアリバイ証言を覆すため、珍妙な理屈を付けてアリバイ証言を否定し、園長らを偽証罪に問う戦術を採りました。そもそも歴とした大人である園長らの記憶があいまいに成っているような4年後に、園児達のご都合的な目撃証言に信憑性があるかどうか疑問です。
一審である神戸地裁は検察の主張を退けて無罪判決を下しました。ところが、検察としても怪しい証拠を押し通した負い目があり、面子を賭けて上訴をしました。おそらく二審で破れてもさらに上告したことでしょうが、二審である大阪高裁は差し戻しを命じました。気になることは、なぜ有罪判決を下さなかったのか、ということです。大阪高裁が有罪判決を下すためには目撃証言の妥当性を論じなくてはいけませんから、論じた判決が出されれば三審で矛盾点を争う余地があったと思われます。しかし、面倒と考えたらしく差し戻したようです。三審である最高裁が上告棄却を下したのは、この場合やむを得ないことでしょう。しかし二審・三審の裁判官が、この裁判が戦後裁判史上最長の裁判事件になると予測していたかどうか疑問です。
結局は一審が検察証拠を充分に吟味しなかったことを理由に、差し戻された形になりました。検察は「差し戻し」が有罪を表すものだと主張しているようですが、二審は面倒で突き返しただけのため、再び神戸地裁は無罪を言い渡しました。1998年3月、事件から24年目のことです。その理由は、やはり4年も経って出てきた目撃証言が信用できないと言うことでした。二審の手抜きがそのまま蒸し返されたわけですが、一審が二審を批判できませんから、同じ無罪判決を下したというわけです。。。
予想通り、同年4月に引っ込みの着かなくなった検察が再び上訴に及びました。1999年1月から二審の公判が始まっています。もう二審も逃げることはできませんから、判決を下すと思いますが、ここで下らない面子には拘らないで欲しいと思います。無罪判決を出したとしても上告は間違いないでしょう、有罪判決なら100%上告されるはずです。だからといって目撃証言をいい加減な扱いのままにするのでは最高裁も持て余すでしょう。証人を丁寧に尋問し、目撃証言を発言するに至った経緯等を丁寧に洗うことです。国民の関心が高いと言うことを念頭に置き、書面審理をやめて口頭審理を行うことです。口頭審理であれば、証人がボロを出す可能性も高く、まして目撃証言はY被告の有罪証拠ではなく、園長らの偽証を立証して間接的にY被告の犯行可能性を引き出そうとする補強証拠に過ぎませんから、ここでボロが出れば、無条件で無罪判決が出されるはずです。
相変わらずの支離滅裂な文章になりました。この事件は明確な証拠がない以上は「藪の中」で終わってしまうのではないでしょうか。無事にY被告が無罪を勝ち取ったとしても、その後には国家賠償法に基づく国賠訴訟が待っています。そこでは警察や検察の不当性を訴える必要から、ただ無罪を勝ち取るだけでは国賠訴訟も長期化することでしょう。支援者も手弁当で協力しており、実際に費やされた時間や金銭だけでも膨大なものです。ましてや被告は青春を棒に振らされたわけですから、それも含めるとかなりの金額を賠償されなくてはいけないはずです(たぶん認められないと思いますが)。
一方で警察や検察は国民の税金で裁判をしていますから、全く懐は痛んでいません。それでいて面子を保つために必死の悪あがきを続けているのです。そのパワーをもっと事件当時に使っていれば25年間の失敗もなく、面子を潰すことも無かったはずです。果たして捜査当局の責任を問わないことが良いのかどうか。とりあえず、初動捜査に加わった警官、被告から調書を取った警官を取り調べ、真実を探り出す方が重要だと思うのですが・・・
該当される警察官の方、もしも本文を目にされていましたら、名乗り出て下さい。勇気を持って真実を告げて下さい。25年経ちましたから、既に退職して年金生活をされているでしょう? 他人の人生を踏みにじって隠居生活を送っていることに罪悪感を感じて下さい。今さら罪を問うということはしないはずです。被告も早く楽になりたいはずですから、身分保障とバーターで事実を証言する方法もあるはずですよ。
99.02.28
|
補足1
「本当にY被告が犯人だったらどうするんだ」という批判が来そうですね。でも25年間の裁判ですよ。その間マスメディアには叩かれ、小説家には有ること無いことを書きまくられ、本人も家族も近所・知人から白眼視されています。まして遺族からの攻撃も依然としてあるでしょうし、愉快犯によるイタズラもあったはずです。そんな生活を25年強いられることと、素直に監獄にはいることとを比べたら、監獄入りの方がずっとマシでしょう。事実が明らかにならないにせよ、罪の償いは終えているはずです。
逆に犯人でなければ、謂われもなく長期裁判に巻き込まれた不幸の埋め合わせを要求する権利があります。今の日本の法律では金銭賠償しかありませんので、埋め合わせになるとは思いませんが、一刻でも早く自由の身と成るだけでも違ってくるはずです。まして有罪証拠もないままに裁判が続けられている以上、犯人でない確率の方がぐんと高いのです。早期解決を望みます。
なお、Y被告の弁護団は、事件そのものが事故だったと主張していますが、果たしてその通りなのかどうか分かりません。昨年の「カレー事件」と同様に、早々と殺人事件と報道してしまわれると、捜査当局も引っ込みがつかなくなるようです。
99.02.28
|
補足2
作家の清水一行氏が甲山事件を扱った小説で、名誉毀損の有罪(民事)が確定しました。小説のタイトルは「捜査一課長」(既に廃刊)といいまして、ポン太も昔に読みました。この作品ではY被告が犯人であるというプロットの下に、犯行の経緯、捜査段階での被告の心裏描写などが克明に書かれています。もちろんフィクションと書いてありますが、個人名や団体名が変えてあるほかはプロットがそのままで、それでいて犯行の部分はフィクションですから、とんでもない内容になっています。どう読んでも悪意を持ってY被告を陥れるような内容でした。
いくらフィクションとはいえ、アンフェアな小説であるように思います。1995年の大阪地裁判決で賠償命令、1997年大阪高裁判決でも地裁支持・控訴棄却、1999年最高裁でも地裁支持・上告棄却となりました。かなりスピーディーな裁判でした。個人的には好きな作家であるだけに残念です(今週のこの小説コーナーをご覧下さい)。
裁判官のコメントは、一審「モデル小説で、モデルの社会的評価をを下げさせれば違法。この小説は原告が事件の犯人との印象を与える」、二審「プライバシーや名誉との関係で、小説の表現の自由が常に優先するとはいえない」、三審「出版により名誉が棄損されたとした二審の判断は是認できる」とのことです。
99.02.28
|
補足3
このコーナーがマスメディア批判のコーナーに成っているとの批判を頂きます。その通りです、本来はこういう問題はマスメディアが継続的に検証を続けていくべき問題です。しかし現実には、数日間集中して書いた後は全くフォローが入らない状態です。次から次へと新しい話題へは食いついていくのですけどね。結局は視聴者や読者の多くも、フォロー記事には関心を持たないと言うことも理由にあるわけですが・・・。
99.02.28
|
補足4
甲山事件については同情論が圧倒的に多いのですが、検察擁護論もネット上で見つかりました。「甲山事件、控訴断念要請は裁判の妨害(http://www.kcn.ne.jp/~ca001/B3.htm)」です。悪い意見ではありませんが、あまりにぶった切りです。こうした意見が堂々と論じられるのがネットの良さですが、、、ご参考までにご覧下さい。
99.02.28
|
補足5
未解決の冤罪事件である狭山事件の再審請求は、7月9日請求棄却となりました。同事件は1963年に発生した女子高生の暴行殺人事件で、犯人として無期懲役刑が確定した石川被告が再審を訴えていたものです。すでに石川氏は刑に服して仮釈放の身の上ですが、指紋証拠の是非を問う新証拠が高裁に取り上げられなかったことが棄却の理由です。再審請求が認められなかったことで、名誉回復の道のりはさらに遠のいてしまいました。
99.07.11
|
補足6
甲山事件の第二次控訴審の判決が大阪高裁で出ました。結論から先に言えば、三度目の無罪判決です。
園児証言の信用性を否定した神戸地裁の差し戻し審は「審理不尽で重大な事実誤認である」と検察側が主張していました。大阪高裁の河上裁判長は「園児供述は捜査官による暗示・誘導の影響を受けて引き出された可能性が高く信用性が低い」として、地裁判決を支持しました。また「一時的になされた断片的で不完全な自白で、重要な点について明らかに客観的事実に反している。動機自体も通常の人間の考えることとして極めて不合理であり、信用性が乏しい」としてY被告の自白の信用性についても言及しました。
さて問題は、検察側が最高裁に上告するかどうかです。すでに一度の不起訴、三度の無罪判決があり、都合4回の無罪判断が出されています。信用性が低いとされた証拠を引っさげて、最後まで争うのかどうか検察側の良識に焦点が移ります。関係者のコメントとして「初公判から21年も続けてきた裁判だから、最後まで決着を着けたい」などというコメントも聞こえてくる中、生きている人間の人権は全く頭にない検察のエゴが見え隠れします。
そろそろ、エンディングにしませんか?
99.09.29
|
補足7
′獅W日、検察側は上告権の放棄を宣言して、被告だった山田さんの無罪が確定しました。これで刑事裁判史上最長の21年に渡る裁判が終止符を打ちました。検察側は高裁でも園児の目撃証言が採用されなかったことを不満としながらも、上告に必要な憲法違反や法令違反が見いだせなかったことから、断念した模様です。
これからは、国家賠償請求の段階に移り、山田さん自身には当分の間、裁判生活が続きそうです。国家賠償請求訴訟は、1974年に神戸地裁で提起されましたが高裁の一審での差し戻しなどがあって審理停止したいたもので、無罪確定により復活します。本当で有れば、被告の自白調書、目撃証言や物的証拠の捏造などの疑惑を証すことも必要ですが、高裁がいずれも明瞭に否定して見せたことで目的は達し得たかも知れませんね。
山田さんのコメントは「無罪確定を大変喜んでいます。25年間、犯罪の嫌疑を受けてきた緊張はすぐには解けません。長い時間かかると思います」と発表されました。長すぎた裁判において悟らされた万感の思いが含まれるようです。
検察側のコメントは「全く責められるべき点がないとは言えない。特に第一次捜査について十全を尽くしていなかったことなどは、反省材料としていきたい」とのこと、漏れ聞こえてきたコメントよりは極めて常識的でした。和歌山毒物カレー事件にも今回の教訓を活かして欲しいです。
99.10.06
|
補足8
山田さんの事件当時の行動について虚偽のアリバイ証言をしたとして偽証罪に問われていた荒木元学園園長に対して、大阪高裁は検察側の控訴を棄却し、無罪を言い渡しました。同裁判は神戸地裁で無罪、大阪高裁で差し戻し、最高裁で上告棄却、神戸地裁の差し戻し審で無罪・・・と山田さんと同じ経過を辿っていました。
これによって甲山事件に絡む刑事事件は、検察側の「負け」が確定しました。事件発生から時間が経過していた国家賠償訴訟で、被告に有利なアリバイ証言をしたという理由で逮捕に及んだ神戸地検の対応は追及されるのでしょうか。神戸地検は園長の記憶があいまいになっていることを衝いたものでしたが、同時期の園児の記憶は鮮明すぎるのを疑いもせず採用していました。人間の記憶とは時間の経過とともに薄れるということを知って貰いたいものです。
99.10.22
|
補足9
補足8にウソがありました。荒木元園長と同時に偽証罪に問われていた多田さんの裁判が残っていました。多田さんは元指導員で、山田さんの弁護団の要請でアリバイを証言して偽証罪に問われました。裁判の経過はほぼ同様ですが、「自分自身の意見を述べたい」として1997年から自らの弁護人に切り替えてきました。弁護団が少し強引な手法も使っていたようです。
多田さんは「山田さんからアリバイについて何度も話しかけられて閉口した」(毎日新聞報道)などとコメントし、検察側は有力な偽証証拠と主張したようですが、二次控訴審の河上裁判長は「アリバイ工作論は根本的に無理」などとして、多田さんの無罪判決を下しました。上告断念のコメントは出ていませんが、ほぼ確実に断念されると見込まれています。
99.10.30
|
補足10
荒木さん、多田さんの偽証罪裁判は、ともに大阪高検が上訴権放棄を表明したことで無罪が確定しました。これで「山田さんにアリバイが成立している可能性が高く、被告が記憶にないことを証言した犯意は証明できない」とする判決理由も確定しました。
甲山事件の弁護団は、裁判の結果を踏まえて、名誉回復と検察官個人の責任を検討したい旨の記者会見を行ったそうです。訴訟となれば国家賠償請求なども視野に入ると思われますが、裁判史上異例の異例の長期裁判は、攻守を替えて続く模様です。
99.11.05
|
補足11
甲山事件の国家賠償請求訴訟は、山田さん側から一方的に取下げ申請があり、3月13日に国・県側も同意して終結しました。無罪を勝ち取り、ようやく国賠裁判の復活かと思われましたが、その意図は不明です。山田さん自身が裁判に疲れたということもあるようですし、無罪確定で名誉回復はなったということもあるようですが、少しスッキリしない結末でした。
長期間に渡り有形無形の嫌がらせ等もあったわけですし、長期化した裁判も沢山の支持者に支えられて勝ち抜いたということもありますから、支持者の同意も得た上での取下げというのであれば納得ができます。それにしても、無意味に裁判の長期化を図った検察官・警察官諸氏は、徹底的な責任追及から逃れられたわけで、ホッと胸をなで下ろしていることでしょうか。
00.03.18
|
補足12
国家賠償請求訴訟の取下げは、元同僚2人も足並みを揃えました。古高・主任弁護人は「さらに長期の法廷闘争を続けるのは精神的、肉体的に限界。山田さんの今後の人生を考えて決断した」と説明したそうです。山田さんは「人間の尊厳が司法とともにある社会の実現に向けて行動することに専念したいと考え、国賠訴訟を取り下げることに致しました」と語ったそうです。
また「弁護団内には、甲山事件のようなケースでこそ請求範囲をさらに広げて国や県の責任追及をすべきだ、との意見もあり、苦渋の決断だった」とコメントし、支持者の総意という形で取り下げに至ったようです。
コメントは毎日新聞3月3日の記事から引用
00.03.25
|
|