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政治の研究No.47
この道は、いつか来た道

 こんな事を書くと「オマエはバカだ!」とまたメールを頂くことでしょう。私は未だに砒素カレー事件は事故だと考えています。このネタは第27回に書き、都合10,500アクセスを頂いたレポートであります。ただし、このページを覗いたきりで他のページをご覧に成らなかったお客さまは推定80%以上であります。如何にお客さまの好奇心を満たし得ない提言であったかと思います。しかし好意的なご意見もいくつか頂きました。と申しますと語弊がありますが、容疑者のウチから犯罪者扱いするマスメディアはおかしい、犯罪が立証できないウチから犯罪事件と呼んでいるのは異常だ、というご意見が多数を占めます。こういう意見を下さるお客さまには、読んで頂けてありがたい、と考えるのであります。

 和歌山県警は、マスメディアが犯罪者扱いをしていたH夫妻の逮捕に踏み切りました。14日現在でも両容疑者は警察の尋問に対して黙秘を通しています。通常の犯罪で有れば状況証拠しかなければ不起訴処分となるでしょう。しかし警察は社会的注目が大きいために、その威信を賭けて犯罪者と仕立てるべく、新たな保険金詐欺容疑で再逮捕、妻の夫への毒物による殺人未遂容疑で再々逮捕、12月には毒物カレー事件の容疑で再々々逮捕すると言います。何のことはない、複数の容疑で拘置期間を実質的に引き延ばし、容疑者に根負けさせて自白を引き出そうという魂胆であります。ちょっと待て、それはいつか来た道ではなかったか? また冤罪事件を作るつもりなのか?
 私はH夫妻が犯人ではない、というつもりはありません。何故県警は証拠不十分なままに安直な逮捕を行ったのか疑問なのです。しかも捜査ターゲットが分散して纏まりがありません。これまでに真実性が高い証拠は、余りにも沢山の保険に容疑者達が加入し、かつ知人に偽装加入させていたことのみであります。毒殺や保険金詐欺は状況証拠としては成立しても、犯罪を立証できる代物ではないにも関わらず、容疑となる犯罪をねつ造してまで再逮捕に及んでいます。カレー事件に関しては何の根拠も発見されていません。それを県警は家宅捜索を強行し、台所の流し周辺から亜ヒ酸の粉末を検出した、排水溝の汚泥からヒ素反応が出た、家具その他からもヒ素反応が出た、と言われています(日経新聞の記事から引用、ちょっとウソ臭いので信用していません)。しかし粉末と家具からの検出は明かな誤判定でしょう。そんな精度良くヒ素が検出されるはずがありませんし、他の物質では100%ないと言い張れるはずがないのです。粉末が高純度の亜ヒ酸であれば捜査官の一人が勇み足に持参した物でしょう。状況証拠しかない犯人を追いつめるために、血液反応をでっち上げたり、麻薬を捜査官が持ち込んだりすることはよくあります。そうしたねつ造証拠が多かったことは長い冤罪事件裁判で周知の話です。汚泥についても以前に害虫駆除に使っていたのなら検出されても不思議はないでしょう。あまりに稚拙で姑息な捜査です。本当に重要な証拠で有ればマスメディアに漏らすまでも無いのですから、ガセだと認めているようなものです。

 カレー事件にしても105日目にして関係者を呼んで現場検証をしたそうです。そこでH容疑者の不審な行動が「精緻に」報告されたそうです。誰が105日前の事実を正確に憶えていられるでしょうか。目撃者はたぶん事実と信じているでしょう。自分で見たかどうか定かでない白いシーツを、先入観で幽霊だと思ってしまうように、周囲に語るウチに幽霊に目鼻が付いてストーリーが出来上がる・・・そこに近所の野次馬が群がり、マスメディアがチヤホヤすれば、架空の事実が確立されます。しかも本人は無意識のうちに架空の事実を現実と置き換えてしまいます。心理学の初歩中の初歩ですが、県警は真剣に目撃証拠として採用するのでしょう。みなさん甲山事件(補足1を参照)を憶えていますか? 今年に神戸地裁で再び無罪判決が出た24年越しの迷宮事件です。未だに検察が証拠として主張しているのは、園児の証言ですが・・・ある日を境にして保母を有罪とする目撃証拠を語りだした園児たちに、誰が知恵を付けたのでしょうか。もう20年も経っているのに、我々は学習をしていないようです。
 もしも警察を弁護するとすれば、事件は保険金詐欺に限定し、立件できる範囲で立件することをお勧めします。月払いで100万円と報道されている掛け金支払いは明らかに異常です。個人的には、保険外交員に禁じられている自己契約を増やすウチに一線を踏み越えたのではないか、と見ています。しかし殺人というのはさらに超えがたい一線です。そこまでを立件し、さらに無差別殺人を立件するのは、あまりに無謀です。そのような戦術で容疑者を数週間も拘置し続けることは許されないことです。マスメディアがそうするように圧力を掛けたのだとしても、容疑者でも、犯罪者でさえも人間は人間です。法に認められた範囲内での人権の尊重をお願いしたい。

 最後になりますが、警察並びに検察関係者諸君へ。マスメディアに踊らされてはいけませんし、迎合してもいけません。周囲の雑音に心を奪われると取り返しの着かない失敗を犯すことになります。容疑者を犯罪人に仕立て上げれば世間は拍手喝采を呉れるでしょうが、その過程や手法に失点を冒せば遠からず指弾を受けるでしょう。歴史に学びなさい。真実を見つける努力をしなさい。学ぶべき事を学ばず、見つけるべき事を見つけられなければ、できないと明確に主張する勇気を持ちなさい。勇気有るところに真の道は見つかるでしょう。くれぐれも何も考えず、いつか来た道に迷い込まないよう期待します。そしてみなさんの良識を信じたいと思います。

98.11.14

補足1
 甲山事件とは、昭和49年3月19日夜、兵庫県西宮市の精神薄弱児施設「甲山学園」で発生した殺人事件です。浄化水槽内から男女の園児が水死体で発見され、殺人の容疑が保母の山田被告に掛けられた事件です。山田被告は厳しい取り調べで精神錯乱状態に追い込まれて自供したと言われましたが、その後全面否認をし、昭和50年に神戸地検尼崎支部は被告を不起訴処分にしました。当時の自白調書は犯行が成立しないような矛盾の多い供述が多く、ねつ造の噂が絶えなかったそうです。
 その後遺族の不服申し立てを受け、神戸検察審議会が「不起訴不当」を議決し、昭和53年2月別の園児の目撃証言(事件発生から4年後に突然に現れた証言であることに恣意性が高いと言われた)を証拠として山田被告を再逮捕、起訴しました。昭和60年10月には園児の新証言は信憑性がないとして神戸地裁が無罪判決を下しましたが、控訴審の大阪高裁が認定に誤りがあるとして差し戻しを命じ、最高裁もこれを支持しました。神戸地裁は平成5年から差し戻し審に着手して、平成10年に再度無罪判決を下しました(実に24年目のことです)。差し戻し審では、山田被告から被害者の衣服に似た繊維が検出された、被告がアリバイを主張する一連の電話は矛盾が発見された、と決めつけるなど強引に創り出した証拠を検察側が持ち出した点でも、証拠の真偽性が争われました。

 この事件は、当初から山田被告をターゲットに絞った警察捜査に問題があったと見られ、しかも状況証拠だけの起訴では弱いために、自白強要と証言ねつ造を加えたものと見られています。遺族が他に犯人が見つからないから山田被告を犯人であると決めつけ、各所に協力を要請して回ったことも裁判の長期化を生んだ原因です。結局は誰が犯人であったのか藪の中ですが、本当に山田被告が無実であったとすれば、うら若い保母さんが、24年間も犯罪人呼ばわりをされ続け、謳歌すべき青春を奪われたことは、あまりにも残酷です。同被告が受けた精神的苦痛、経済的苦痛は誰によっても補填されないようです(国の落ち度が認められれば、国賠訴訟によって金銭的な救済の余地はあります)。
 被告の家族も数々の苦痛を強いられたことでしょう。しかし山田被告の有ること無いことを記事に書き、被告が鬼のような犯罪者であると書き立てたマスメディアは、何ら責任を取ることはありません。強引な取り調べと捜査を行い状況証拠だけで立件に持ち込んだ警察官や検察官も何の責任を負うこともありません。山田被告は辛くも無罪を勝ち取りましたが、下手をすれば監獄入りだっただけに、冤罪の可能性が高い事件については、警察やマスメディアに慎重な配慮をお願いしたい。

98.11.14

補足2
 徳島事件というのもあります。日本弁護士連合会が冤罪事件の再審を求めて、無罪を勝ち取った事件ですが、死刑囚として入牢していた冨士茂子被告は、すでに6年前に死亡していました。この事件では目撃者とされた少年に対して偽証強要など違法・不当な捜査を行ったことが争点になりました。ほかにも冤罪事件は沢山あります。有名な事件を列挙しても免田事件松川事件三鷹事件帝銀事件狭山事件・・・とありますが、共通することは自白の強要・ねつ造、長期間の不当拘置、証拠のでっち上げ、でした。今回の砒素事件でも同じ様な展開になっていることに注目していただきたいのです。
 ただ最近の傾向として、警察官や裁判官の耳に雑多なゴシップ情報が流入して先入観を植え付けることや、世間の見えない圧力が作用して公正な目を曇らせることもあるようです。もちろん責任は野次馬根性で騒ぎ立てる無責任な第三者(ポン太も含めてです)と、それをあおり立てるマスメディアの存在とがあります。

98.11.14

補足3
 お客さまに教えていただいた知識で書きます。警察は砒素があちこちで検出されたと発表していますが、いずれも鑑定の結果ということになっています。しかし鑑定は専門的な知識に基づいて判断することに過ぎず、お宝鑑定や精神鑑定のように、鑑定者の主観的な判断であります。鑑定でも化学的分析は行いますが、見当を付けて主観的に調べるため、類似反応を認めて誤判定する可能性が高いそうです。本来なら純粋な化学(成分)分析による客観的な判断が行われる必要があり、おかしな前処理をせずに、きちんと採取した試料に基づいた分析を行わなくては証拠能力がないのではないか、という話です。
 初動捜査で青酸反応の誤判定が出たのも鑑定に頼ったことが原因で、手間は掛かりますが精密な化学分析を行っていれば、誤報は避けられたはずです。しかし、化学分析を行うためには一定量の試料が必要ですから、今回のような微量の試料から化学分析を行うのは難しいようです。つまり、証拠能力のあるデータは取れないのです。

98.12.21
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