護送船団方式は日本的行政の典型と言われ、いつの間にか悪者にされています。しかし本当でしょうか。自国産業を保護するために関税障壁を設けたり、輸出促進のために補助金を給付したりするのは先進国でも行われている話です。韓国での財閥救済も護送船団方式の一種でしょう。しかし日本版護送船団方式が他国の方式と性格が異なる物であるのは間違いのないところです。少し検証してみることにします。
護送船団とは「ターゲットを護りつつ目的地へ送るために編成される船団」を指します。ターゲット、つまり護られるべき非常に大事な船舶は、主として輸送船、戦艦、空母であります。これらを敵の攻撃によって沈められることは大きなダメージでありますから、巡航艦や駆逐艦といった護衛艦で周囲を固めることにより、敵の魚雷攻撃や空爆攻撃からターゲットを護りました。中でも空母の艦載機による機動攻撃に先鞭を付けた日本は、空母・戦艦を核として護衛艦を輪形に配置し、護衛艦を楯として十重二十重に守りを固める輪形陣を編み出し、全方位からの機動攻撃への対策を立てました。
この輪形陣タイプの護送船団方式を産業界へ組織的に導入したのも日本でした。だからこそ日本的行政の典型とされているのです。日本版護送船団の外枠には、地理的障壁(物理的障壁としての外洋)があります。その内側にジャパンスタンダード(日本独特の風土による障壁)があります。さらに参入障壁(国内産業を保護するための様々な規制)、手厚い内部留保制度(多種多様な引当金、積立金など)、強固な同業種間連携(強固な業界団体の存在や株式持合、ときには談合)、忠実なグループ企業群、忠誠心の厚い企業社員、討ち死にを厭わない役員・・・と何重にも及ぶ防壁に護られてきました。護られてきたものは企業組織そのものでした。
現在のところ、情報産業の発展と交通資本の充実で地理的な障壁は縮小しました。強力な外圧と日本企業の相次ぐ破綻などでジャパンスタンダードは揺らいでいます。参入障壁も国内外の圧力で次々に取り除かれています。内部留保も不況の長期化でかなり流失しました。同業種間も協調の時代は去り、競争の時代を迎えています。グループ企業群では力のあるものは離反し、力のないものは足を引っ張り始めています。企業経営者への不信から企業社員の忠誠心も揺らいでいます。難しい立場に晒され始めた役員も・・・その処遇面での優遇が難しく、護りの役には立たなくなり始めています。もはや護送船団の機能が大きく低下しているのです。
護送船団方式はシステム的には優れたものだと考えています。日本の高度成長時代は、護送船団方式がフル稼働してこそ価値がありました。巨大な外国資本と正面対決できるほどに実力を付けたのは護送船団が攻守に重要な役割を果たしてきたためです。ところが肝心のターゲットが護衛されることに甘えと油断を招いたことが、大きく災いしました。組織規模は必要以上に肥大化し、最低限必要な防備を怠り、事もあろうに火遊びにうつつを抜かしました。ある者は積み荷に引火させて艦の横腹に大きな穴を開け、ある者は危ない積み荷を積み込んで大事な積み荷を積み落とし、またある者はメンテナンスを怠って機能障害を発生させました。艦の運航能力は大幅に低下し、船尾は沈み傾き、火災や浸水を食い止めることさえもできていません。極めて愚かなことに外部からの攻撃によらず、自らの不始末が原因でした。
甘えと油断を招いたのは、システムとして完璧だった護送船団方式を過信した日本国行政の責任でもあります。誰もが船団の旗艦と信じた行政の正体は、不慣れな水先案内人に過ぎなかったのです。正しい道筋を示し、その方向へ正しく導いたり、航行に支障を来した艦の修理を命じたり、足並みの揃わない艦を艦列から除いたり、航行不能な艦を沈めたり、という本来の役割を放棄したことに原因があります。業界との癒着、馴れ合い、ご都合主義な方針転換などが累積して、業界に甘えと油断を蔓延させたものだと考えています。護ることだけを重視し、送ることを軽視したことが最大の失敗でしょう。
ついに護送船団の中でも最大級戦艦である大手金融機関が相次いで航行不能に陥り始めています。言うまでもありませんが、一番甘やかされ、一番実力を過信させられていたからです。1997年末に危機に陥った山一證券,拓銀に対して行政が自沈を命じました。ところが沈没時の巨大な渦に巻き込まれて多くの犠牲を出しました。その犠牲の大きさに驚いた行政は、1998年初旬に大胆な援助物資を用意しましたが、どの艦も遠慮気味にしか手を出しませんでした。長銀が危機に陥ると、行政は自艦にワイヤーで結びつけてまで沈むことを回避しようとしました。傾いた船を支えるためにたくさんの浮きを結びつけ、積み荷を積み直し、バランス維持のための注水作業まで行いました。
しかし、いつまでも支え続けられるか疑問です。艦のダメージには大破、中破、小破というランクがあります。大破した艦は自力航行が難しく修復の見込みも失われたレベルで、これを港まで曳航することは大変な勇気が必要です。普通は積み荷と人員を健全な艦に移して艦隊から引き離した上で、大破した艦は魚雷を撃ち込んで仕留めます。そうでなければ、船団全体が外敵の攻撃や世間の荒波を被ってダメージを拡大する可能性があります。
決断がまず必要なのは、現在の船団をどこまで送り届けるか、を決めることであるかも知れません。いつまでも護りに専念している場合では無い状況にまで追い込まれているのです。行政が旗艦としての自覚を持ち、その機能を大幅に回復することが叶うならば、日本版護送船団方式も再評価されて悪者扱いをされなくなるものと思います。
98.11.02
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