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経済の研究No.158
イトーヨーカ堂BANK

 昨年から話題ばかり先行していました、イトーヨーカ堂BANK(以下、IYB)の概要が固まったようです。本件に関係したコラムは、第143回コンビニ・バンキング」に書きましたので、今回は背景や経緯を掘り起こして、論じてみたいと思います。

■ 金融は宿願だった?
 大手流通グループは、相次いで金融業に進出しました。その多くはクレジットカード事業ですが、生保・損保・消費者金融など幅広い商品を持っているところもあります。最大手は、セゾン系のクレディ・セゾンです。西武百貨店・西友・パルコなど「セゾンカード」のブランドでバラバラに展開していたカード事業を一本化し、加盟店の積極的拡大と脱グループ化の成功で、超優良企業に成長しています。
 二番手は、ダイエーOMCです。グループ内での事業展開を核にして、会員増・扱い金額増を達成し、クレディ・セゾンを急追しています。ただし、バブル期に不透明な不動産融資事業を手掛けたことから、2,000億円近い不良債権を抱えていました。現在のところ不良債権処理も一巡し、薄くなった自己資本、頼りにならない親会社、という厳しい環境下で頑張っているようです。三番手は、イオンクレジットでしょうか。全国店舗網を急拡大しているジャスコグループのカード事業を一手に引き受け、大化けしています。現在はアジア圏を中心に海外進出にも積極的で、株式上場も果たして急成長しています。続くのは、マイカルカードですね。
 これら流通系カード事業の躍進を後目に、提携カードしか発行してこなかったイトーヨーカ堂は、電子商取引など収益事業への参入を急いできました。これまで小売り本業への集中を唱っていたものの、1981年には社内に金融プロジェクトチームを作ってまで、進出の機会を窺ってきたのだそうです。そして、突然にIYB構想をブチ上げたのでした。

■ IYBは、二転三転
 当初は複数の銀行を巻き込んで共同ATM網を構築したいということでした。しかし手数料問題で都銀以下の激しい抵抗を受け、路線転換を強いられました。実際のところ、共同ATM構想が纏まっていれば、これほどの注目を受けることは無かったと思います。イトーヨーカ堂は、既存金融機関から抵抗されたことを受けて、独自銀行であるIYB設立を決意することになりました。
 銀行免許が取得できれば、独自銀行を作ることが可能になります。当初は、友好関係にあるソフトバンクと共同で、日債銀の買収に名乗りを上げました。しかし、十分な検討を重ねないままに手を挙げたため、買収参加の意志を取り下げました。日債銀子会社の信託銀行取得にも色気を出しましたが、これも実現しませんでした。だからといって、破綻地銀を引き受けるのはリスクが大きい話でした。

 結論として、新規に銀行免許を取得する道を選択しました。金融監督庁に提出した事業計画によれば、決済サービスに限定したナローバンク(狭義の銀行)を目指しているようです。イトーヨーカ堂グループには、イトーヨーカ堂・ヨークベニマルなどのスーパー、セブン=イレブンなどのコンビニ、デニーズなどの外食店があり、7,000店舗を超えるネットワークが構築可能です。
 たしかに初期投資は少な目で、多くの利用客が見込めそうですが、収益源が手数料に限定されるため、どこまで成果を生み出せるかは微妙な様子です。また金融監督庁は、自らのコントロールが利かないイトーヨーカ堂に、先行き不透明な銀行経営をさせることを懸念しており、お目付役としての都銀提携、より確実な収益見通しの提示など求めてくる可能性が高く、無事にIYB設立となるかは分かりません。

■ フランチャイズの問題
 ATM拠点が7,000カ所となれば、利用者には確かに便利です。しかし果たして7,000店舗全てに設置して、適正な利潤が得られるのか微妙です。とくに大半の拠点を占めるセブン=イレブンは、ドミナント出店と名付けて狭い商圏を覆い尽くすような集中出店を実現しています。コンビニの商圏としては適正でも、ATMの商圏として適正であるとは言えません。事業計画では1拠点あたり1日95件の利用を見込んでいますが、他行預金の引出や送金など手数料の稼げる利用ばかりではないため、先行き不透明です。
 セブン=イレブンは、フランチャイズ店舗です。現状では他社チェーンを圧倒的に引き離す大きな日販を誇っています。これまでは店舗オーナーにも利潤を与え、自社本部も収益を上げてきました。本部の意向はある程度徹底させることができますが、オーナーの利益にならないこと、オーナー間の不公平を生むこと、は許されません。ATMが果たして店舗に利益をもたらし、オーナーを潤すことができるのか、を問われます。
 ATMの商圏を工夫しようとATMの間引きを行ったとして、ATMの有無とコンビニ店舗の収益の関係が見えません。ATMを設置することで来店客数が増え、売上げ増に繋がるとすると、ATMを設置されない店舗から不満が出ます。逆にATMを設置しても売上げ増に貢献せず、むしろ煩わしさが増えるとすると、ATM撤去を求めるオーナーも出てきます。あくまでフランチャイズですから、リスクは極小化しておくべきです。

■ どうやって儲けるのか?
 決済サービスだけで、本当に儲かるのでしょうか? たしかに銀行の決済手数料は高めの水準にあり、旨味があると思います。しかし、電子商取引が普及してくる中で、いつまでも高い決済手数料が取れるとは思えません。単なる送金・代行収納では付加価値が少ないためです。銀行はいずれ顧客手数料収入への依存から脱却する必要が生じます。ATMの時間外手数料や他行手数料は、サービスの差別化のために大幅な値下げが始まっています。決済手数料も値引き競争が始まれば、旨味は消えて無くなるでしょう。
 コンビニでは、公共料金ほかの収納を代行して多額のキャッシュフローと手数料を手に入れています。これをATMに取り込めれば収益源として育つ可能性がありますが、収納代行はコンビニの収益であるので、IYBが簡単に奪い取れるものでもないはずです。またカウンターで伝票と現金を渡すだけで決済でき、銀行のように待たされない利便性が受けているわけで、果たしてATMでの面倒な操作を利用客が応じてくれるかに、疑問を感じます。
 このほか決済用にプールされる資金の運用でも稼ぐようですが、資金運用は国債等の高格付け債券に限定されるようなので、せいぜい1%の利回りしか確保できません。利息の全く付かない決済口座に、個人が多額の資金をプールするとは思えませんので、あまり収益には貢献しないと思われます。

■ 鍵は、電子商取引
 現在の決済サービスでの利用が多く望めないとするならば、自ら決済サービスの需要を掘り起こすしかありません。IYBのみでの決済が可能となるよう、大手の電子商取引サービスを囲い込む必要がありますが、大手がIYBのみの優遇にいい顔をするとも思えません。自ら新サービスを立ち上げて行くことは、コンテンツが不足するでしょうし、何よりも有店舗サービスであるコンビニと競合する部分もあります。
 もちろん手数料を大幅に引き下げて、開設口座数を増やしつつ利用金額も膨らませる戦略がありますが、手数料収入が少なくなれば、それだけ初期投資の回収が遅れるとともに、新規サービスへの対応などでも出遅れます。また繰り返しになりますが、コンビニ利用客や電子商取引を志向する個人客は、あまり手数料に拘らないと思います。安さよりも速さ、量よりも質を求めているはずです。そこの対応を間違えると、すでに構想を発表している電子商取引サービスとの共倒れにも成りかねません。
 これからは電子マネーの時代であります。電子商取引が普及すれば、電子マネーの普及に弾みがつくでしょう。それでなくとも、クレジットカード・デビットカード・デジタルキャッシュと豊富な決済手段があります。果たして時代の先端を行くべきコンビニが、いつまでも紙幣決済に拘るのは得策なのでしょうか? 大量のATMを新設する以上は、無駄な投資にしてしまわぬよう、工夫を尽くして欲しいです。

■ むすび
 今回のIYBは、これまでの堅実なイトーヨーカ堂のイメージを大きく変えるかも知れません。多分に博打的な要素が含まれていると思います。

00.02.20

補足1
 IYBには資本出資のほか、1,000億円程度の預金を行うということです。既存銀行に比べると余りにも小さい資産になりますが、ナローバンクに徹する限りはハードウェア関連の費用だけですから、大丈夫でしょう。IYBは利用者の決済口座に400億円程度の資金がプールされると弾いていますが、現在の事業計画では無金利という設定だと思われます。いずれにせよ、運用で得られる利益は微々たるものに成りそうです。
 つぎにイトーヨーカ堂は、グループとして取引先の決済口座をIYBに一本化させる計画を練っているとも言われています。事実だとすると、少し危険ですね。仮にIYBかイトーヨーカ堂が破綻した場合、IYBの決済機能は停止し、共倒れの危険があります。取引先の連鎖倒産も避けられない可能性があります。せっかくのファイアーウォールですから、決済口座の一本化は避けて欲しいと思います。

00.02.20

補足2
 収益源の一つとして有効であるのは、ATMの消費者金融への開放でしょう。消費者金融は、自社ATMのほか提携ATMの拡大に躍起です。一つは郵貯ATMですが、立地上便利とは言い難いATMが多々あります。そういう意味でIYBの7,000台というATMは魅力でしょう。消費者金融相手なら高い手数料も取れますし、返済にも対応できるなら消費者金融とのニーズも満たすはずです。
 IYBとして融資サービスを否定する以上、それに代わるサービスを提供することで補完が必要でしょうね。クレジットカード事業も提携のままでしょうから、やはり消費者金融との提携は欠かせないのでは、ないでしょうか。しかし、庶民のATMで消費者金融の片棒を担ぐのも、イメージ悪化には影響するかも知れません。判断の難しいところであります。

00.02.20

補足3
 IYBは、金融当局の認可も得て立ち上がり始めます。コンビニATMは、先行するローソンとイーネット連合の動きが急ですが、ここへ来て銀行側の不満も増えているそうです。
 まずは、立地です。銀行側が望んだ店だけに出店できるのではなく、チェーン全てを公平に扱うというFC契約のため、不採算と分かっている店舗にも設置させられそうだという問題があります。とくに地方都市の店舗に都銀利用ATMがある必要がどこまであるかを問われています。
 次に、ブランドです。やはり自行の看板の有無に拘っているようで、am/pmとさくら銀行の蜜月関係は良好なようですが、他のコンビニでは銀行の看板に難色を示していることがあって、意識の摺り合わせが難しいようです。
 そして、手数料です。コンビニ側に主導権を握らせるのは危険との認識にあって、都銀側が手数料決定のイニシアティブに拘っているようです。銀行間での足並みの乱れもあるようで、激しいバトルが繰り広げられているとか。
 最後に、拠点としての安定性です。ある日店舗が廃業したり移転したりするリスクが大きく、自前ATM網を簡単には廃止できない問題が指摘されています。ブランドへの拘りや、連合からの離脱などもあり得るため、その調整が最大のネックです。一方で店舗に利益を落とさない場合のFCオーナーの抵抗も見え始めており、本部と店舗の駆け引きも起きそうです。

00.05.05

補足4
 金融当局との激しい駆け引きが続いたIYBは、ようやく銀行参入が固まりました。金融再生委員会と金融監督庁が課した「親会社に頼らない確実な収益源確保」を解決するため、当初は首都圏の3,000店舗に構想を縮小したほか、個人ローンも不本意ながら導入することとなった。これにより銀行業の免許要件である「3年度以内の黒字化」を目指すということです。安い手数料、24時間営業を武器にどこまで顧客を取り込めるか楽しみですが、加盟店の反応は様々だとか・・・。

00.06.25

補足5
 IYBの行名は「IYバンク」で調整しているとのことです。2000年度中に東京三菱銀行・さくら銀行・三和銀行などの出資も受け入れ、IYグループの出資比率は20%程度に抑える意向と報道されています。既存の都銀の出資を仰ぐことで経営面での不安を払拭するとともに、軋轢を最小限にとどめたいというところでしょうか。当初の理念よりは大きく後退してしまいましたが、安定度は大きく増した印象ですね。

00.06.25

補足6
 シティバンクがIYBとの提携を発表しました。預金残高が100万円以上ある顧客に限り、無料で24時間いつでも現金の出し入れを可能にするそうです。国内拠点が少ないシティバンクとしては、IYBの拠点数に魅力を感じているとのことです。郵便貯金ATMとの提携も、シティバンクが一番に名乗りを上げており、積極的な提携戦略の一貫です。
 また生保では、日本生命と住友生命が提携を発表しました。これまでも、カード会社CDや郵便貯金ATMとの提携を進めていますが、銀行とは疎遠であり、今回のIYBとの提携は大きな前進だとされています。疎遠になっている理由は、銀行が保険商品を窓口販売し始めたことと関係があるそうです。

01.01.07

補足7
#Nにも開業するかと思われたIYバンクでしたが、数々の障壁をクリアしている間に2001年までずれ込みました。色々と揉まれたお陰で現実路線の銀行になりましたが、ネット専業銀行の登場などで新鮮味が失われた感があります。ひとまず予備免許が交付されたことを受けて、5月中の開業を目指すそうです。
 店舗数は開業後1年で3,650台、5年以内に7,150台ということです。しかし、親会社のイトーヨーカ堂の業績に急ブレーキが掛かったこと、競合中のローソンが10月に銀行ATMに参入すること、am/pmが三井住友銀行系ATMを中心に大量展開済みであることを見ると、コンビニATMのオーバーストアのリスクが高いです。
 都銀ネットワークのBANCSにも加盟したそうですが、手数料面での不利が否めず、構想当初に示された手数料の大幅引き下げ(あるいは無料化)の実現は難しそうです。さて、顧客はどれだけ獲得できるでしょうか。お手並みを拝見です。

01.04.22

補足8
 始動しました。今後は計画通りの黒字を確保していけるかどうかが課題です。
 今後はソニーバンクの参入など異業種参入が活発化してきます。設立を優先したために、親会社の責任問題は明確に成っていません。銀行の経営方針に重大な影響を与える水準は34%の持株比率ですが、今回は20%以上に定義されています。しかも複数の親会社が存在した場合は合計で20%なので、有事の責任問題が曖昧です。ネットバンキングなど仮想銀行も増える中で、本人確認の不徹底によるマネーロンダリング等の課題も、十分にクリアできていません。今後詳細を検討していく必要がありそうです。

01.06.03

補足9
 せっかく稼働を始めたIYバンクのATMですが、稼働率が芳しくないようです。9がつ現在の設置台数は1,575台にもなりましたが、毎日の平均利用件数は20件足らずだそうです。採算ラインは70件程度であり、目標はまだまだ遠いです。なによりも大部分を占めるセブンイレブン内での認知度が低い上に、IYが「イトーヨーカ堂」を指し、かつ「セブン−イレブン」の親会社との認識もないことが問題であるそうです。自行はともかく他行の利用手数料が高額で、認知されても利用が進むかどうかは未知数だと言われます。
 ローソンも遅ればせながらコンビニATMに参入しました。先行した他社との競合も激しくなる中で、認知度不足と手数料の問題は、採算性の課題を含めて厳しいハードルになりそうです。

01.12.31

補足10
 これまで提携カードしか発行してこなかったイトーヨーカ堂ですが、BANKの梃子入れもあり、オリジナル・ハウスカードをリリースします。名前は「アイワイカード」で、「アイワイ」と「イトーヨーカ堂」の関係も強めていきたいようです。本カードの導入に先立って、ポイントカードサービスを展開していましたが、統合されるようです。
 募集は2月6日から。ポイントカードを持ち歩き、提示する手間の割にポイント還元率が良くなかったのですが、決裁と同時にポイントが溜まる方式であれば、使い勝手も向上し、相乗効果が得られることでしょう。

02.03.10
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