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経済の研究No.160
ガンバレ、監査役!

 日本企業には、監査役と呼ばれるポストがあります。なにかを監査する役割だというのは分かりますが、あまり表に出てこない存在であるだけに、謎が多いです。監査役とは任期3年の役員であり、代表取締役を含む全ての取締役の職務執行を監視する役職で、実は最強の権限を委ねられた機関だと言うと、疑問に感じられるでしょうか? いま最も注目されている役職なのです。

■ 監査役の役割と実態
 監査役の設置は、現行商法に明確に規定されています。経営者の職務執行を監視するとともに、業務監査および会計監査において絶対的な権限を有しています。監査役が求めるなら、全ての取締役が職務執行の内容について報告する義務を負い、あらゆる情報を開示する責任が生じます。その権限の根元は株主総会の総意にあり、監査役の任期は3年で、取締役(2年)よりも長いのが特長です。しかも代表取締役には、監査役を不当に解任する権限がありません。
 ところが不正の発見された企業や、経営危機・破綻に及んだ企業で、監査役が大活躍したという話を聞きません。役員会議にも出席し、社内にいくつもアンテナを張り巡らす権限を持った監査役が、経営者の職務執行に問題を感じないと言うのは理解できない話です。実は監査役の権限は、立法当初の趣旨が歪められており、とくに大企業において著しく減殺されているという事情があります。
 一つは公認会計士や監査法人の存在です。1974年の商法改正により、資本金5億円以上または負債総額200億円以上の大企業は、公認会計士または監査法人による監査を義務づけられています。公認会計士は会計監査のプロという位置づけであるため、会計監査のプロではない監査役は、公認会計士またはその集団である監査法人の監査結果を追認する機関に成っています。
 二つは監査役選出のプロセスです。監査役は、取締役と同様に社内登用者が席を占めます。株主総会で選出されるものの、監査役候補は取締役会が決定しているため、事実上監査役の人事権は代表取締役に握られています。そのため業務監査についても権限を奮う機会がありません。取締役に成れない人物の処遇ポストと化し、無事に任期を務めれば子会社転出などの旨味を与えることで、事実上骨抜きにされているのです。

■ 監査役への期待
 監査役が本来の役割を放棄していることは、由々しい問題です。大企業では、3人以上の監査役を置くことを義務づけていますが、決算報告書にハンコを押すだけの仕事で役員報酬を得ているのだとすると、株主の利益を大きく損ねていると言わざるを得ません。現実には、監査役に個室は与えられず、監査役室に監査役全員が詰めてあって、数名のスタッフのみというのが一般的です。これでは監査役が正常に機能するとも思えません。
 まず商法を改正して、監査役の権限を強化するべきです。現在のところ株主総会は翼賛化したものが多く、取締役会も十全に機能していません。どうしても代表取締役以下数名の役員で企業運営が図られ、大きな経営ミスを犯しがちです。顕在化している企業不正の大部分は、監査役が正常に機能していれば防止できたであろうと思います。たしかに現行法の枠組みで権限強化することも可能ですが、そういう半端な取り組みに経営者が積極的になるとは思えませんから、法改正での対応を期待します。
 監査役の権限強化は、主に業務監査の強化に繋がります。社内のチェック機構として、総務部や検査部・監査部などがありますが、いずれも取締役会の指揮下にありますので、これらに代わって、あるいはこれらを統括して、経営者を監査して欲しいと思います。加えて、スタッフの充実と資金の確保ですね。監査には十分なスタッフと、それを支える資金が必要です。現実には監査役の予算という枠がないので、スタッフも資金も得られないと考えがちですが、むしろ適正である限りスタッフも資金も必要なだけ使えるという解釈が正しいようです。予算はなくとも、株主総会で必要経費の追認を受けるのが相当であるためです。
 スタッフと資金があれば、監査役当人が会計や業務に素人であっても、十分に監査を行うことができます。極端な話として、有能な監査役を社外から迎えることも可能であるわけで、わざわざ法改正をしてまで公認会計士や監査法人と契約する必要がないと思われます。

■ 監査役がヒーロー
 監査役が大活躍したという実話は耳にしませんが、すでに監査役を主人公に据えた小説や漫画があります。現行商法の枠内で、ここまで監査役は頑張れるのだという話でありまして、かなり楽しめる内容です。
 小説では、牛島信の著書「株主代表訴訟」(幻冬舎・刊)が秀逸です。赤木屋という老舗百貨店の乗っ取りを策した外国企業とその代理人が、赤木屋の監査役を嗾けて社長の不正を暴き立てるという筋立てです。社長に弓引くことを躊躇する監査役を、株主代表訴訟という武器で脅したり宥めたりする弁護士の腕が冴え、その過程で監査役の権限が論じられていきます。結局、監査役もその気になってスタッフを集め、不正を暴き出し、社長の退任へと追い込みますが・・・というものです。牛島氏には「株主総会」という奇抜な作品もあります。
 漫画では、周良貨原作・能田茂作画の「監査役 野崎周平」(集英社・刊)が秀逸です。これは主人公の野崎が務める下位都銀を舞台に、支店長から監査役に大抜擢された野崎が、役員上層部の不正を暴き立てていくという筋立てです。現在もコミック誌に連載中ですが、正義一徹の人・野崎の行動が冴えます。ただし、監査役の権限を大いに奮って・・・ではないので、理想的な監査役出現を待ち望む作品となるのでしょうか。
 それでも監査役の重要性が認められ始めたと言うことです。監査法人は所詮、外部の存在です。株主から不適正なコメントに対する損害賠償訴訟を起こされるようになったことで、監査法人は企業決算に厳しいコメントを付すように成りました。企業決算にクレームを付けて、最終的に破綻に追い込む例も出てきています。それならば、企業の内側に在る監査役を大いに活用して、常日頃から経営者に対する監査を強めておく方が得策です。経営者も、時にはヒーローとして歓迎するべきです。優れた業績を残した監査役を、経営トップに迎え入れる選択も必要かも知れません。

■ むすび
 何はともあれ、株主が監査役の必要性を強く認識するべきです。自分たちには決算報告を信じて、経営者に経営を任せるしか選択肢がありません。本来は株主総会で入念なチェックを行うべきですが、監査のプロでもない株主が役割を果たすことは不可能です。そうであるならば、監査役を株主が独自に選出し、監査役に強力な権限を与える代わりに、経営者に対するチェックを代行させ、常に健全な業務執行が行われるよう監督させるべきです。
 もちろん商法の改正は必要でしょうが、まず監査役本人の意識も変わって行かなくてはダメでしょう。社内登用者で在れば、自分たちが永年勤めた企業を一部の経営者が私物化することを阻止するよう動くべきです。社外登用者で在っても、株主から与えられた権限の重みを意識し、大いに能力を奮って欲しいものです。経営者も監査役に事実を伏せるのでなく、業務執行の適正なチェックを受けて公正な舵取りを行うよう、洗いざらいオープンにしていく意識を持つべきでしょう。何はともあれ、
ガンバレ、監査役! 日本企業の未来は貴方達の働きに掛かっています!

00.02.20

補足1
 米国には監査役に相当するポストがありません。取締役のうちから監査委員が選出され、経営監査を行います。彼らはまさしく株主から監査権限を与えられた存在ですが、必ずしも強力な権限を与えられたものでも無いようです。とくに会計監査に関しては、監査法人に権限が与えられており、彼らの提示するフェアな監査結果を株主や投資家が参考にするようです。
 ただ米国では監査法人の寡占化が進んでいる様子で、通称ビッグ・ファイブと呼ばれる5大グループが支配的です。日本では最近相次いで監査法人の合併が進んでいますが、その背後ではビッグ・ファイブによる系列化が進められているとのことです。監査法人が寡占化していくことは、例えば自社に不利な情報を他社に流されたり相場に利用されたりするリスクがあることを意味します。米国では監査法人スタッフによる情報リークや株式売買などが問題化しているとも報道されています。
 そういう意味では、監査役は身内の機関であり、株主利益の代弁者たり得ます。監査役の厳しい監査をクリアした情報を監査法人がチェックするようなシステムであれば、監査法人の寡占化もさほど問題は無いはずです。社内登用・社外登用を問わず、信用のおける人材に大きな権限を与える方がお得だと思うのですけれど、どうでしょうか。

00.02.20

補足2
 商柾|ン太流に書き換えますと、「監査役は、取締役の職務の執行を監査する。監査役は、いつでも取締役および支配人、その他の使用人に対して営業の報告を求めることができ、会社の業務及び財産の状況を知ることができる」と成ります。

00.02.23

補足3
 監査役に対する世間の評価が変わってきているようです。仕事をしない監査役は、無駄という意識が浸透すると共に、監査役を活性化させて企業イメージを向上させる傾向もあるようです。本来の経営を監視する機構を不全に追い込んだ結果が、現在の不況の元凶という考えが一般的になり、お飾りにしている企業は不人気に成りつつあります。
 企業グループでは、経営陣が集まって定例会を催すのが一般的です。これまでは懇親会的なものも多かったのですが、さすがに危機感を持ってグループ戦略を真面目に論じる傾向にあるようです。さらに監査役に拡大しようと言う試みを、伊藤忠商事グループが導入するそうです。当面は主要企業が対象で年3回ということですが、経営陣がグループ戦略を練るなら、監査もグループ規模で必要になるため、こうした企業が増えてくることは有益だと思います。
 必要なことは、監査役本人が経営や経理を十分に学習して自分の考えを持つことであり、経営陣や従業員・株主に対して積極的にアプローチする努力を行うことです。自らお飾りでないことを主張し、企業活性化の重要なキーマンであることを意識すれば、自ずと監査役の地位も高まっていくでしょう。「企業の盲腸」だなんて言われないよう、頑張って頂きたいと思います。

01.06.30
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