「自分の性格は、自分が一番分かっている」と思ってしまいますが、「一番に分かっていないのが、自分の性格」であるようです。と、実感したのが今回のお話です。ポン太は、明るくて真面目な人間なんだよ〜、信じてくれよ〜(ウソ!)。
自分が何を考えているかは、自分が一番に分かっています。そうでないと困りますが、果たして真理であるかは自信がありません。しかし、自分が日頃考えていることが、そのまま自分の性格では無いです。そこに、自分を分かっているという誤解があるように思います。人間には、無意識の行動がありますから、自分で気づかないうちに行動や発言をしてしまうことが、多々あります。また相手の受け取り方にも因りますが、意図せずに変な行動や失礼な発言をすることもあります。
客観的に性格を捉えるとすると、自分が何を考えているかでなく、周囲の人間がどう見ているかで判断するべきです。自分で明るいつもりでも、他人が暗いと見るなら、実は暗い。思慮深いつもりでも、実は浅はか。始末屋のつもりでも、実は浪費家。ということが多々あります。自分では、自分を主観的に見るために、真実を捉えられないのです。
我々は、願望も持ちます。願望は真実を歪め、誤った主観を形成することがあります。賢いと思われたい願望が、自分が賢いと過信させ、他人にバカと言われることもあります。本当は賢いかも知れませんが、その過信や慢心が他人にはバカに見えることもあります。また、明るいや賢いは相対的な要素もあって、相手やシチュエーション次第で変わってしまうものです。仲間内で褒められても、「井の中の蛙」だったりするわけですよね。
ある程度、自分を客観的に捉えることもできます。努力が必要ですけれど、行動や発言の前後に、相手の立場で自分をチェックすると、ある程度は把握できます。素地の性格では無くなりますが、客観的にコントロールを続ければ、それなりに自分と他人の評価を一致させることが可能です。また親しい知人に、逐一チェックして貰うことも有効です。何を言われても怒らないことが重要ですが、タイプの違う友人複数名にチェックして貰いましょう。
言ってみれば、我々は殻を被っています。他人からは殻の外側と、殻の隙間から覗ける僅かな中身と、しか見えません。それが自分の性格についての他人の評価に成ります。我々は殻の中に居るので、素っ裸でビールを飲んでいても、ギャグ漫画を読んでゲラゲラ笑っていても、他人には感づかれません。黙っていれば、真実は見えないのです。しかし一方で、自分で殻の外側を見ることができません。また、隙間から自分を覗くことも、殻の内側や隙間から外への風景を相手に見せることもできません。
自分は自分をどう思っているか、本当の自分はどんなものか、それを相手に客観的に伝えることは難しいですし、おそらく不可能です。願望を含めて、体裁良く語ることは可能ですが・・。自分の視点と、相手の視点。それにギャップがあればあるほど、自分の性格について悩むことに成ります。
所詮は他人に自分の性格は分からない。そして、自分にも自分の性格は分からない。何となく、ソレっぽいものを捉えることで満足してみませんか? 本当の自分を分かってくれない、自分の中身を分かって欲しい。そんな独りよがりを捨てることで、むしろ前向きで良い性格に変えていけるのではないでしょうか? クヨクヨしても良いことは見つからないはずです。
01.06.17
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