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雑記帳No.035
ゲーテは、かく語りき

 このネタは何人かの作家さんが書かれておりますので、目新しさはありませんが・・・まあポン太バージョンということで、書いてみましょう。我々は誰かを説得しようと思ったとき、つい先人の言葉を引用して、自分の発言に信用を付けさせようとします。

 しかしですね。中には他人の言葉を引用するのが大好きな人がいます。何かにつけて有名人の名文句を引用し、何となくかしこブリッ子したがるわけで、自分の言葉に自信を持てない人が多用します。例えば、吉田茂いわく、高橋是清いわく、松下幸之助いわく、山本五十六いわくって感じでしょうか。これが、橋本竜太郎いわく、宮沢喜一いわく、となったのでは「敗軍の将、兵を語らず」と説得力がありませんよね。要するに各界で名の売れた人物の口を借りることで、自分の意見を補強しようとするわけです。あるいは相手に反論の余地を与えないということです。

 こうした風潮は最近に始まった話ではありません。ヨーロッパの社交界では「ゲーテは、かく語りき・・」と誰かが話を始めたら、眉にツバして話を聞かなくてはいけないそうです(眉唾は日本のことわざですね;)。ドイツ古典主義を完成させた詩人にして作家で、若きウェルテルの悩み、ファウストなどの著作で知られているゲーテのことです。彼は哲学や自然科学の分野でも業績を上げ、彼が口にしなかった話題はない、といわれるほどの博識家でした。
 このため、ある人がゲーテの言葉を引用したとしても、本当にゲーテの言葉なのか分からない、という話です。同様にアリストテレスが、ソクラテスが、などという引用もありますが、現存する著作物の範囲でしか引用できないので、両者の場合は安全(!?)です。

 件の人物が果たして本当にその言葉を話したかどうかは別としても、どういうニュアンスで話したのか、深い考えを持って話したのか、が問題になります。どんな賢い発言者でも、不用意な発言はするでしょうし、あまり意図せず話すこともあるでしょう。もちろん著作物にも同じことが言えます。これを外部の者が勝手に都合良く引用すると、おかしな話になります。
 例えばゲーテの「もっと光を!」は、どんな意図で発せられたセリフだったでしょうか。あるいは板垣退助が言ったと伝わる「板垣死すとも・・」は、誰が創ったセリフだったでしょうか。しかし、それが件の人物の発言として流布される結果として、どんな言葉だから重要なのではなく、誰が使った言葉だから重要だと誰もが考えてしまっているようですね。だからこそ、他人の言葉を喜んで引用し、もっともらしく解説を付けてしまうと言うことです。
 そうしたことが全て悪いとは言いません。有名人の言葉を引用することで、結果としてお互いの理解が進むのなら良いことです。必要以上に説得に時間を掛けるよりも、呪文のように有名人の口を借りて説得できればお互いに損はないはずです。しかし、有名人が言ってもいない言葉や、有名人の意図とは違う解釈を付けて引用したフリをすることは許されません。まして自分の詭弁や強弁の素材に使うなど以ての外です。悪徳セールスで使う「○○さんも使っておられます」「●×さんがご推薦なんですよ」と騙すのと同じレベルの話ですから。

 ポン太も可能な限り自分の言葉で書いていきたいと思いますが、なかなか補いが着かないことが多いです。やむを得ず、他人の言葉を引用するときは、気を付けていきたいと思っています。従いまして、ヘンだな、と思われた部分はビシバシ指摘して下さい。対応できる内容のモノから対処していきたいと思います。最後に、ゲーテはかく語りき・・「私の言葉を引用する者に、ウソツキはいない」(冗談ですってば)。

98.09.24
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