前回へ  ホームへ  次回へ
K君の私的曲紹介(第3回)
カノン と ジーグ
■作 曲 家 J.Pachelbel (1653-1706)
■作品番号 Op.3
■作 曲 年 調査中
■作 品 名 3声ヴァイオリンのカノンとジーグ ニ長調
■編  成 交響曲、弦3部、通奏低音

 一番最初に「あまり一般に知られていない曲が多くなるかも知れません」と言っておきながら、「バロック名曲選」には必ず顔を出す超有名曲、そう、あの「パッヘルベルのカノン」が早くも登場である。ここで何故これを採り上げるのか。目的は二つ、カノンの演奏速度について書いてみたいのと、本来カノンとセットになっているジーグの宣伝である。
 では一つ目の話題から。パッヘルベルのカノンには多くの編曲版が存在し、またそれらがBGMとしてもよく使われているため、今や日本中、いや世界中に遍く知れ渡っていると言っても過言ではないだろう。日本における普及の立て役者はおそらくイ・ムジチ合奏団、パイヤール室内管弦楽団あたりであろうか。ムード音楽としての魅力を意識しているのか、たっぷりと歌い上げる演奏は、十分に「聴かせる」演奏である。これら現代楽器による演奏は非常にテンポがゆったりしていて、最も遅い団体ではおよそ1分間に四分音符40拍位である。このタイプの演奏が巷で最もよく耳にするものであり、筆者もあるときまでこれがカノンの正しい姿であると信じていた。
 ところが、である。ムジカ・アンティクワ・ケルンという古楽器団体の演奏に出会ってしまったのである。演奏速度は四分音符80拍弱。正直言って最初はおかしくてしようがなかった。しかし次第にこの溌剌とした疾走するカノンも良いではないか、笑い飛ばせるような代物ではないぞ、と思えてきた。
 そのときまでは「常識」に従い、自分たちで演奏するときでも楽譜の速度指定を見ずにやってきていた。しかし「常識」を打ち砕かれてしまったので、手持ち楽譜の速度指定を初めて見てみることにした。すると原曲通りの楽譜には56、編曲版には63と記されていた。??? ますます混迷は深まるばかりである。
 しかしカノンとはもともと厳格な模倣をテーマにした曲であるから、そうであるべき演奏速度というものは存在しないのかもしれない。今回このことを採り上げたのは、早い方が良いと主張するためではなく、固定観念に縛らわれていてはつまりませんよね、と言ってみたかったのである。おそらく「遅い」カノンだけしか聴いたことがない、という人が大多数であろうが(「速い」のだけしかない、という人は相当なバロック・古楽器マニアとお見受けする)、そういう向きには是非一度、「速い」カノンをおすすめしたい。
 筆者は一度速いカノンを演奏してみたいと思っているのだが、未だ実現していない。カノンを演奏するとき、チェロ担当の筆者に与えられる役割は知る人ぞ知る、2小節単位の単調な28回の繰り返し(音楽用語ではバッソ・オスティナート(執拗なバス)という)である。四分音符でレ・ラ・シ・#ファ・ソ・レ・ソ・ラとやるだけ(楽譜が読めない人でも、たちどころに覚えられる!)。従ってチェロは速かろうが遅かろうが演奏上困ることはない。しかしヴァイオリンには36分音符というものが出てくる。これは四分音符80拍の速度でやると1秒間に音符を10個弾くという勘定になるから、相当に大変である。プロならともかく、現代楽器をもったアマチュアが弾くには無理な数字である。
 二つ目の話題へ移ろう。ジーグと出会ったのもやはりムジカ・アンティクワ・ケルンの演奏による。これぞバロックだ、というのが第一印象であった。イギリス発祥の速い舞曲であるジーグをフーガ風に構成してあり、鄙びた和音の響きが古楽器の使用によって一層味わいを深めている。
 不勉強なので何故カノンとジーグがセットになっているのか、また何故ジーグは演奏されなくなり、カノンだけが演奏されるようになったのかは定かではない。ともかくジーグは切り捨てられ、忘れられてしまったのである。しかし決してジーグは駄作ではないと思う。わずか20小節、2分弱の曲であるが、一聴に値しよう。

 この曲、正確には「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ」という。曲名から判るようにヴィオラパートがないことや、演奏上、割に問題点がある(両曲ともヴァイオリン3パートの間に技量、奏法、解釈の相違があると出来が格段に落ちる、或いは通奏低音、特にカノンのオスティナートは音程をはずすと曲全体が非常にみっともなくなる)ことから、演奏曲目としてこの曲を採り上げることは、周りを見る限り敬遠されがちなようである。しかしこの2曲は今後ぜひセットでいろいろなところで採り上げてほしいし、また自分としても採り上げていきたい曲である。曲の構成が単純であるために最も基礎的なアンサンブル力が試される曲であり、この曲を完成度高く演奏できるグループは相当の力量があると言えよう。

 さてもう一度、カノンに目を向けてみよう。この曲では3つのヴァイオリンパートが2小節ずつずれて全く同じことを演奏し、通奏低音は2小節単位で執拗に全く同じ音型を繰り返し続ける。筆者は作曲法を勉強したことがないので、このような書法が難しいものなのか、或いは逆に機械的な作業のみでできあがってしまうものなのかは判らない。しかし全曲を通してどこにも耳障りな箇所が現れないというのは、やはりこのカノンが傑出した作品であるということなのだろう。
 パッヘルベルのカノンは屈指の名曲である、と最後に声を大にして主張したい。そしてもう一言、その陰にひっそりと寄り添うジーグも良い曲ですよ、と付け加えておこう。

前回へ  ホームへ  次回へ