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前略 中内様(No.08)
まず、隗より始められよ

 近頃でも戦史・戦略研究のブームは尽きません。私と同世代にも三国志や春秋戦国史に興味を示すものが多くおります。そうした者でも、戦略と戦術を混同することが多いようです。戦術上の勝利をいくつ積み上げても、戦略上の勝利を確保できなければ、全く意味を成しません。区々たる戦場での勝利に拘って、大局を見誤ることが多いのは、まさに「木を見て、森を見ず」であるからです。
 また華やかな戦術上の勝利を得るために、好んで奇策を用いる人物も少なくありません。そもそも奇策を用いて勝利を得ることは非常に困難であります。起死回生の奇策などは本来あるはずがなく、戦理・戦略上の裏打ちがない行動は最終的な破綻を招きます。
 本来の戦術は、戦略上での最終的な勝利を得るための方策でありますから、戦術上の失敗が犯されたとしても、戦略が緻密に組み立てられてあれば挽回が可能です。反対に戦術上の勝利を得ることに拘るあまり、当初の戦略を誤らせることこそ回避しなくてはならないことです。そのためには、戦略と戦術は異なる人物によって立案されることが必要です。
 例えば社長が戦略立案を担当するのであれば、部下には戦術の得意な者を揃えれば済みます。また社長が実務派であり、戦術立案が得意であれば、社長のブレーンが戦略を担当すれば済みます。仮に社長が戦略・戦術をともに得意とする場合でも、きちんとした分業をしなければ、いずれかで破綻を来します。

 さて、新社長が誕生されたとします。この方が専ら戦術担当で来られた場合は、側近の多くは戦術が得意な連中で固められるでしょう。ご本人が戦略の重要性をよく理解され、ブレーンからの戦略提案をよく吟味されるのであれば何ら問題がありません。しかし、あまり経験のない戦略を自分一人で手がけようとされる場合や、無能な戦略ブレーンを抱え込んだ場合は、企業の舵取りが上手く行かなくなります。
 今回ご提案したいことは、戦略ブレーンをどのように集めるか、そのブレーン体制をどう維持していくかという問題です。ブレーンは広い分野から集めなくてはなりません。社内の人材はもとより、社外にも人材を求めなくてはいけないでしょう。
 社長本人が若い場合は、同年輩以下のブレーンを外部から求めることは難しいでしょう。どうしても、先輩方を迎えることに成りますが、一般に先輩方は気難しく、理屈っぽいので、お付き合いが大変です。また、無能な押し掛けブレーンも排除せねばなりません。しかしながら、ブレーンを適宜採用し上手に纏める仕事は、非常に大変な作業です。社長本人が取り組むとすれば、本末転倒になります。

 良いブレーンを集め、それを集団として確保するためには、別途人材を採用されるべきでしょう。最低でも性格の異なる二人を揃えるべきかと考えます。一人は、誰にも一目置かれるだけの威厳を持ち、人を見る目がある社内の古株の人材が必要です。もう一人は、社長よりも若く、ブレーンの無理難題を社長に代わって処理するような人材が必要ですが、これは社内の人材では務まらないかと思います。社風に染まると保守的になりますし、勤続年数が長いと人脈に縛られて行動の自由を制約されるためです。

 燕の昭王に対して、郭隗が「隗より始めよ」と伝えた故事はご存じですね。将来的において、より優れた人材が見つかるとしても、もしも社内外の若手で、自らブレーン確保を申し出る者があれば、その者を積極的に登用されることです。その人物の能力が及ばなかったとすれば、その時点で他の者と替えればよく、集まったブレーンで一番優れた者を新たに登用すればよいはずです。

 司馬遷が著した「史記」には同様のエピソードが数多くあります。千里を駆け抜ける馬の遺骸に大金を投じた男の話、かけ算の九九しかできない男が王の師と仰がれる話、などあります。良いブレーンは待つばかりでは得られません。積極的に人材を集めていることが広く知られること、そして集めた人材を非常に大事にすることを知られること、が重要でしょう。さて、ブレーンを軽んじる者には自分よりも能力の低い者しか集まらず、ブレーンと対等に接する者には自分と同程度の能力の者しか集まらず、ブレーンに高く仕える者には自分よりもはるかに優れた能力の者が集まるといいます。やや史実ではありませんが、劉備が諸葛亮を三顧の礼で迎える三国志演義のエピソードなども参考になるのではないでしょうか。

総 括
 結局のところ、中内氏自身が新しい人材を登用し、全権を託する機会はありませんでした。せっかく招聘した鳥羽社長とは、御家騒動まで演じる失態を犯しました。これがヤラセであったのかどうか不明ですが、銀行や投資家の信認を失ったのは間違いなく、結果的に経営陣が総退陣に近い状態に追い込まれたのも仕方がありません。
 かつてダイエーの再生に一役を買った、高木氏が社長で復帰し、当時のメンバーを含んだ新経営陣を構築することに成りました。「昔取った杵柄」が通用するとは思えませんので、新しく若い人材も登用して明確なビジョンを提示し、建設的な提案を取り上げ、人材を大事にする経営に取り組んで欲しいと思います。

01.01.28
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