政治の研究No.150
借刀殺人のケーススタディ
米国テロ後の行方ですが、とりあえずアフガニスタンのタリバーン政権を崩壊させることに成功しました。今回の米国テロ報復の目的は、強い米国政府の復活と、タリバーン政権の崩壊を望んだ米国内一派による策謀の結果だと思うのですが、ここまで来てしまうと議論も無意味です。未だに、米国テロの主犯をビンラーディン一派と断定した証拠は開示されませんし、ビンラーディンを匿ったという理由だけで、アフガニスタン一国を戦禍に巻き込んだ大義名分もありません。
さて、孫子の兵法「
三十六計
」の一つに、「
借刀殺人
」があります。読み下すと、「刀を借りて、人を殺める」と成ります。自らの手を汚さずに敵の勢力を削ぐ計略であります。中国の春秋戦国時代においては、大小の事例を見出すことができます。また、皆様がご存じの「三国志演義」にも多くの事例を見出すことができます。
イラクやリビア、キューバなどでは、結局政権崩壊に追い込めなかった米国軍ですが、今回のアフガニスタンでは政権崩壊を達成しそうです。その違いは、国内に存在した反政府勢力を巧く活用できたことにあります。空爆をどれだけ継続したとしても、国土を全て焼き尽くせませんし、無差別に無辜の国民を殺戮し続けることには世論の反対もあります。よって「北部同盟」と呼ばれる反政府勢力を支援して、彼らにタリバーン勢力を一掃させる方法を採りました。
武器を支援することは、米国の代理として戦争を遂行させることであります。つまり「北部同盟」を米国の武器として借りたわけで、これが「借刀殺人」であります。米国政府も、孫子の兵法を実践してみせたことに成ります。
とはいえ、今回の「借刀殺人」が成功であったかどうか定かでありません。「タリバーン政権を崩壊させる」という戦略目標は達成されますが、これが米国テロに対する報復として無意味であることは明かです。主犯と断定したビンラーディンは捕縛されず、他のテロ組織の細胞を世界各国に撒き散らしただけです。加えて、他のイスラム原理主義勢力や、あるいは穏健勢力の一部にも、反米意識を植え付けました。結局は新たなテロ事件を引き起こすだけかも知れないのです。
これに加えて、すでに新聞が報道していますように、アフガニスタンを「解放」する「北部同盟」なる組織は、国内の1割も占められない反政府組織であり、彼らがアフガニスタンの新政権を作ることは危険です。今後はタリバーンが反政府組織となり、これを抹殺するという口実で多くの国民が殺害されるでしょう。加えて、軍事政権による独裁は、今後も内紛等のリスクを生じます。
欧米諸国は、アフガニスタンにおける王権の復活を目論んでいます。近代に成立した王家ではありますが、亡命中の元国王を擁立し、親米親英政権の誕生を望んでいるわけです。しかし、すでに北部同盟は盟約を無視して首都を占領し、さらに全土制圧を目指しています。その後に、元国王による新政権樹立が実現できるとは考えにくいのですが、今度は元国王派をけしかけて「借刀殺人」を繰り返すのかどうか。
大国のエゴで多くの国民が殺され、あるいは流浪します。孫子の兵法を活用したケーススタディではありますが、今回のケースは、失敗例ということに成ると思います。
01.11.18
補足1
「借刀殺人」の計略は、自分と敵対するAがあり、敵対していないBがあるときに、Bの力を借りてAを倒し、結果的に自分が得をするところに、妙があります。Aが倒れるだけでも利益がありますが、Bも疲弊させるか現状維持であることに利点があります。BがAを呑み込んで強大化することは、本意ではないのです。
今回のケーススタディでは、タリバーンがAで、北部同盟がBです。大量の武器を支援してBに勝たせるまでは良いですが、単純にBがAを呑み込んでしまえば、米国には何の利益もありません。Bが古くからの同盟者であれば別ですが、Bも潜在敵という状態ですから、計略の成否はBにAを呑み込ませないことに掛かっています。
より厄介な敵であるAを排除すれば利益がありますが、Bがより厄介にならない保証が得られませんから。結論はどうなりますでしょう。計略が失敗に終われば、アフガニスタンで失われた国民の命は、無駄に費やされてしまったことに成ります。
01.11.18
補足2
国際的な支援が一巡し、暫定行政機構による自治が期待されるアフガニスタン。正式政権への移行を前にして、有力部族間の武力対立が鮮明になっているそうです。1月末には大規模な軍事衝突もあり、旧タリバーン勢力も息を吹き返すなど、混沌とした空気が漂っているようです。諸外国による治安部隊派遣にも限度があり、内乱介入による長期泥沼化を避けたい各国は、見て見ぬふりをするしか無いようです。
結局は、鍋の中をかき回しただけ、で終わるかも知れません。多くの死傷者を出し、政権や産業にも打撃を与えただけに終わるアフガニスタン紛争とは、何者なのでしょう。
02.05.19