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政治の研究No.44
地方首長制度の誤解

 「都道府県知事と国会議員とどちらが偉いのか」と知人に聞かれました。「偉いって何?」と聞き返すところですが、相手は真剣だったので「都道府県知事だろう」と応えると驚いていました。う〜む、何故なんでしょうかねぇ。たしかに中央と地方という構図を考えると中央の方が偉い気がしますが、一議員と一国一城の主では比較に成らないと思います。市会議員が県会議員を経て国会議員に成ったりするからでしょうか?市長経験者や知事経験者の国会議員もいますねぇ。

 国会議員は順調に当選回数を重ねていけば国務大臣になり、いずれは内閣総理大臣と成れる可能性があります。あくまで与党で有ればの話ですが、いくら能力次第とはいえ内閣総理大臣まで登り詰めるのは大変なことです。そうは言っても地元さえ踏み固めておけば良いのですから、国務大臣に成るぐらいなら楽かも知れません。しかも衆議院選挙では小選挙区制が導入されましたが、これまでの中選挙区制では、トップ当選でなくとも議員に成れました。今では、自分の所属政党の頑張次第りで、比例選挙区に乗り換えて当選するが可能になりました。
 しかし知事ともなれば獲得すべき得票数もケタ違いですし、トップ当選しかあり得ません。単独政党の支持だけでは安定した地盤を維持することは困難です。結果として複数政党の支持を獲得して強力な支持基盤を確保しなくては成りません。それだけに当選後の権限は絶大です。政府への働きかけでは国会議員に頭を下げることもあるでしょうが、地元での実力は国会議員を大きく凌ぎます。ときには内閣総理大臣よりも優位に立つことがあります。有権者の直接選挙で選ばれた立場という強みがあるためです。

 それでも知事よりも国会議員を志向する政治家が多かったことは事実です。まず国会議員は長く務めるだけなら、務め続けることができます。地元組織さえ固めておけばまず安泰だからです。上手くいけば子供に禅譲させることも可能なほどです。しかも議員を続けると金銭的な旨味も多かったという理由もあります。地元の陳情などを受けて中央官庁へ働きかけたりする見返りに金銭を授受することはギリギリ職権の範囲ですし、政治団体を介して政治献金を集め一部を私用に使うことも平気でした。族議員になれば企業のヤミ献金を受け取る機会も増えました。実入りという点では絶大だったのです。これが国会議員を志向する政治家が多い本当の理由だと思います。
 ところが献金に関しては厳しい制約が付くようになりました。近頃は国税庁の目も厳しくなりましたし、政局混乱や景気低迷で献金額が大幅に減少してきています。当初は金が掛からなくなると言われた小選挙区制が、むしろ金の掛かる選挙であることに気付いて狼狽えている国会議員も増えているようです。特に地元で広く浅く得票を集めていた議員は大変であるようです。一旦当選すれば安定政権を築きやすい地方自治体の首長に、冷静に考えた彼らの目が向かうのは当然の成り行きかも知れません。

 知事と都道府県会議員の主従関係は非常に強いものです。なぜなら非主流に転落した議員は、都道府県政に何の関与もすることができず、当然に実績を上げる機会を得られないためです。国会議員で有れば野党議員でも中央官庁や地方自治体にそれなりの影響力を及ぼすことができます。しかし地方議員では当該自治体に対して多少の影響力しか揮えません。まして非主流で有ればまず意味を成しません。また議会での発言の機会も十分には与えられません。首長を弾劾するなど以ての外です。このため地方議会では総与党体制が築かれやすく、政権が長期化する傾向を見せています。首長は当然ながら傘下の市町村への影響力を強めようとしますし、それに付随する議員達がシンパに加わるわけですし、結果として強力な地盤が確立されてしまいます。
 域内に大きな政令指定都市を抱えている都道府県は別ですが、その多くでは動かす予算も莫大なものです。それは一国会議員の比ではありません。それに群がり集まる取り巻き達も大きな勢力になります。このため茨城や宮城では物議を醸したことがありました。近頃では北海道でも疑惑があります。絶対権力を手に入れて、お山の大将を気取ってしまい、おかしなことに成るのでしょうか。
 とはいえ国会議員が都府県の知事を目指す例が増えました。現在の東京と大阪はそうですし、岡山と長崎でもチャレンジされました。とくに岡山と長崎の場合は中央政局で追いつめられた議員が、県知事の旨味に気が付いて挑戦したものでした。まあ、この事実だけを以て都道府県知事の方が国会議員よりも偉いという根拠には成らないでしょう。熊本や滋賀の県知事が国会議員になり自ら政党を率いた例もありますし、近頃では北海道知事から鳴り物入りで国会議員に転じた人もいます。高知県知事にも噂がチラホラあるようですから、一概には言えませんね。しかし知事から国会議員に転じる人は大物の扱いを受けていますから、やはり並の国会議員よりは知事の方が偉いという根拠になるでしょうか。

 長くなりましたが、今回の結論です。国会議員と知事を比べた場合、地元に密着しているという以上に、その権限の強大さと腐敗する可能性の大きさとに注意が必要だと思います。国会議員は中央で活躍する分だけ地元有権者のチェックが働きにくいことはありますが、知事の活躍ぶりは比較的容易にチェックできるはずです。それだけに知事選挙では安直な選択は止めるよう心がけて下さい。知事の任期が一期延びるごとに権限は一層強化されています。それだけ不正を働く余地が大きくなり、有権者を省みなくなる可能性が高くなります。知事選挙では冷静に候補を評価し、より望ましい選択をしましょう。そのためには少しだけ誤解を緩めていただけると幸いです。政令指定都市にお住まいの方は、知事以上に市長の動向にも気を付けて下さい。ポン太からのお願いです。

98.11.01

補足1
 県知事選挙では現職の強みが大きすぎるような気がします。何もしないで安穏と任期を全うした知事ほど、長期政権を築いている印象を受けます。革新候補を選択するのはかなりの冒険です。私としても、現職に余程の失点がない限りは革新を選ぶことはしないでしょう。現実問題から考えて、初当選の革新候補が議会や役所を掌握し大胆な改革をできるとは思えません。しかし現職のあり方に大きな問題が有る場合は、一期限りで革新候補に賭けてみるのも良いかな、と思います。その革新候補が落選したとしても、現職には大きな批判を突きつけることになり、少なからず反省を促すことができると思うからです。ですから投票放棄はせず、現職が気に入らなければ革新候補に、現職に満足していれば現職候補に(こっちは当然ですね)投票するために足を運んでみてはどうでしょう。ちなみに先日のH県知事選挙では不平不満の声は大きくても投票率は40%台だったそうです。

98.11.01
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