アリーナで演劇を

さいたまスーパーアリーナ開館記念のイベント「NINAGAWA 火の鳥」に行ってきました。手塚治虫先生の代表作の一つであります原作とは、かなり味わいの違ったステージでした。何しろ3万人以上入っている(と推定)のアリーナでの、一大イベント・・・圧巻でした。

スペクタクル

実に派手な演出がありました。大きな火を吹き上げる筒が20本近く、巨大なプロペラの付いた台車、蛍光発色の巨大な時計、キャストを乗せてステージをかけずり回る2基のリフト(消防のはしご車のようなもの)、駆け回るバイク、何度も客席をなめる火の鳥ライト・・・。

巨大なアリーナでは、俳優の表情は見えません。その細かな動作も、はっきり言って無意味です。かなりオーバーなアクションをし、ときに数で圧倒しなくては、観客にはイメージが伝わらない。それを知ってのNINAGAWAの演出は、凄いと思いました。これから観に行かれる方には、お楽しみ。

何しろキャストが多いです。プログラムで数えると99名ですが・・同時にどれぐらい登場していたのか。何度も客席通路に展開したり、ステージを所狭しと動き回ったり・・大変だったようです。

原作とは違う

手塚先生の原作ということですが、基本的なプロットが似ているというレベルでした。本物の火の鳥は登場しませんし、主人公は現代に転生します。たしかに底流に在るのは手塚版「火の鳥」ですが、全くのNINAGAWA版でした。解釈はそれぞれですし、それ故に演出家の名前がタイトルに付いているのでしょうが、手塚先生が客寄せに使われた感があります。

超古代にノアの箱船に乗れなかった男女。古代日本に転生し、そこで火の鳥を受け継ぐ王女と、それを奪って永遠の生命を手に入れたい侵略国の国王として出会う。国王は王女の愛を拒否して殺し、そこで浴びた血潮によって、求めるモノを得た。しかし、それは永遠の孤独として・・。最後は現代に再転生した王女と、お定まりで大団円。100分のすっきりした味わいでした。

音楽家と俳優の違い

王女には、SPEEDのボーカルだった今井。国王には、リュシフェルのMAKOTO(ポン太は知らない)。前者は透明感のある美しい声(ときどき声が裏返っていましたが)、後者は力強い張りのある声。残念ながら、二人のデュオは不協和音を感じましたが、ソロ基調では本当に素晴らしかったです。

二人ともリフトに乗せられて、ぶんぶん客席上を振り回されますが、真っ暗な空間にライトで浮かび上がらせられたイメージはよく映えます。歌を歌っていれば存在感があり目を惹くものの、俳優としての貫禄はないので、演技ではライトを浴びていても存在感が薄いです。とくに今井。

一方で、火の鳥の使者を演じたいかりやは、立っていても存在感がありました。TV主体でも俳優は俳優の貫禄でしょう。また、たぶん大門だと思いますが、ハゲのオカマを演じた人物が、ワンシーンで存在感を出していました。全体に明るいステージで、ただ動き回り騒ぐだけなのに、くっきり浮かび上がる演技は素晴らしいです。音楽家と俳優の違いなのか、年の功の違いなのか、よく分かりませんが。

何はともあれ、面白い経験でした。アリーナ形式の演劇という、不思議な初体験をさせていただきました(自分で演じた経験はありますけれど)。それにしても、客席間通路が複雑で、狭い狭い客席でした。ちょっと詰め込みすぎな、アリーナの設計・・。