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経済の研究No.172
そして魚雷は放たれた

 そごうの公的救済発表から一転して、電撃的な民事再生法適用申請に変わってしまいました。7月12日のことです。取引先や従業員にとっては「寝耳に水」の大転換は、これからの不良財務企業の整理にインパクトを与えることでしょう。今回の公的救済劇には、衆議院選挙という要素が複雑に絡んでいたのも事実で、経済不安や雇用不安を持ち出すことが、与党に不利との判断が働いたと見えます。

■ 残された選択肢
 7月12日の「産経抄(産経新聞1面コラム)」によれば、そごうの多店舗化はバブル時代の「トリプルそごう作戦」と名付けた30店舗展開プロジェクトにより推進されたとのことです。このプロジェクトにより、最盛期には海外店舗を含めて40店舗を越えるまでになり、容易に撤退できない状況が、有利子負債の増大と営業収支の悪化を招き入れました。
 ここまでそごうが膨張した原因は、最大の貸し手であった日本興業銀行にあります。元興銀マンの水島・そごう会長の影響力が、興銀内部にも及んでいたとされ、早期にブレーキを踏むどころか、アクセルを踏みっぱなしの状況を生んでしまったわけです。無難な会社更生法適用申請、ドライな会社精算など初めから選択肢として存在しなかったわけです。
 ところが2001年に第一勧業銀行・富士銀行とともにみずほグループを設立する運びとなり、年内に決着を付けざるを得なくなりました。残された選択肢は、メーン興銀が主導する債権放棄か、民事再生法適用申請か、二者択一だったのです。

■ 作られたシナリオ
 いずれの選択肢を採用するにしても、いきなり流通大手そごうの破綻では、金融界の雄である興銀のメンツに関わります。これまでは不良相手先が少ないことを売り物にしてきただけに、簡単に万歳をさせる選択は無かったでしょう。世論として、そごう破綻やむなしの状況を演出する必要があったと思われます。興銀のメンツは、政府・与党のメンツでもあります。
 これに先だって、信販大手のライフと、ホテル大手の第一ホテルが相次いで破綻しました。両者共にメーンは新生銀行(旧長銀)であり、債権放棄や追加融資を拒否することにより、破綻に追い込まれる形になりました。そごうのサブバンクである新生銀が、ここで債権放棄を呑むはずのないことは、シナリオに織り込み済みだったはずです。つまり、最終的に債権放棄はあり得ないとする計算です。
 それでも債権放棄案は、まず興銀の誠意として示されました。無担保債権の99%を自ら放棄するという提案は、メーンの責任を明確に示すものであり、いきなり精算するよりも世間体が良かったわけです。新生銀を除く全ての金融機関への受けも良いわけです。さすがは興銀、潔いと。しかし予想通りに、新生銀の抵抗で債権放棄案は崩れ、結果的には民事再生法に舵を取ることになります。これでメーンの重い負担は外れ、むしろ思惑通りでしょうか。

■ 瑕疵担保特約
 国有長銀時代、そごうは不良債権の代表格でありましたが、これを精算する引き金を、国有長銀自らが引けませんでした。自行がメーンである、エルカクエイなどは精算しましたが、他行がメーンの企業に引導を渡すのは躊躇されたわけです。また国有である以上、景気を悪化させる行動は取れません。といって、自ら主導して債権放棄案を纏めることもしませんでした。
 結局は傷物債権(つまり不良化した債権)を引き継いだまま、国有長銀を売却せざるを得ない状況に陥りました。それでもリップウッドという引受先が現れたのは、瑕疵担保特約というアメリカ的な特約条件を認めることで可能でした。瑕疵(かし=法律用語で傷の意味)のあることが表面化した場合、その損失を全て公的に保証するというものです。実際には、債権価値が2割以上棄損した場合は、預金保険機構が買い戻すというものです。ライフも第一ホテルも、結局はその担保を預金保険機構が買い取ることになり、機構の整理損は、そのまま国税で埋められます。
 今政界では、「瑕疵担保特約は怪しからん」という議論があるようです。多額の公的資金を注入した旧長銀に、これ以上公的資金をつぎ込む説明が着かない、などと議論しているようです。しかし、そもそも旧長銀を国有化したことや、民間に売却した政治判断が誤っているのであって、売却条件としての瑕疵担保特約は、全く悪くないのです。ここで瑕疵担保特約を見直したり撤回したりすれば、リップルウッドから損害賠償を求められるでしょうし、何より国際社会で笑いものにされるでしょう。
 新生銀は、所定期間(譲渡後3年)以内に問題債権を全て整理したいのが本音です。特約期限が切れてしまったら、債権処理は自らの負担で行うことになります。したがって、積極的に問題企業の破綻を仕掛けてくるのは当然の成り行きです。まだまだ新生銀によって破綻に追い込まれる企業は続くでしょう。ゼネコン問題なども抱えています。

■ もう債権放棄は使えない
 そごうは会社更生法でなく、民事再生法を選択しました。これは、裁判所の完全管理下に置かれる会社更生法よりも、少しは興銀の影響力を残せる民事再生法の方がリーズナブルであるためです。廃止された和議法よりも使いやすく、政治的要望にも応えやすいです。債権のカット率等の調整も、大口債権者である興銀主導で進むのでしょう。
 興銀の融資残高は、1999年11月現在で、3,700億円あります。とくに海外分の860億円が負担になっています。幸いにも、富士銀と勧銀で630億円しかありませんが、みずほグループ全体では4,300億円にも成ります。負債総額1.7兆円の25%を占める計算です。新生銀行分2,100億円と合わせても、まだ民事再生法の適用要件はクリアできません。他の大口である三和=東海=東洋信託連合(1,600億円)、三井中央信託(1,000億円)などとも協調する必要はあるでしょう。
 これ以上債権放棄という不透明な手法は使えなったことが、明確になりました。一行丸抱えの問題企業はほぼ整理が付いていますので、今後複数行が絡む問題企業の精算が中心になりますが、世論が黙っていなくなります。今回のそごう問題で、大口債権放棄の是非が大きく議論されました。破綻させた方がむしろ二次損失の発生もなく、企業再建も現実的になり、存続価値のない企業は精算するという手法が確立すると期待されます。
 すでに勧銀は、最大の懸案であったセゾングループの整理に着手し、金融と不動産で傾いた負の遺産を精算させました。大手各行は、ゼネコン整理が積み残っており、すでに債権放棄に応じた企業を含めて、大整理が行われるものと思われます。

■ むすび
 一私企業の問題で政治が介入する時代は、終わったのでしょう。これからは市場原理にしたがった問題企業の整理が行われるのでしょう。一時的に雇用不安を拡大することになりますが、雇用問題こそ政治により支援すべきであって、無用な延命措置や継ぎ接ぎの経済特例は乱発すべきでないのでしょう。早く景気回復の入口が見えてきて欲しいです。

00.07.29

補足1
 株式会社の私的整理と公的整理は、大きな隔たりがあります。民事再生法は「法的整理の皮を被った私的整理」ですから、整理に当たっての手続きの不透明さが問題になります。和議法に比べれば整理がしやすく成りますが、裏を返せば大口債権者によるし放題がまかり通ります。また水島元会長が行っているとされる私的な債務保証などの問題や、私物化による経営責任追及なども、手心が加えられる余地が大きいため、いろいろと紛糾の種を蒔くかも知れません。
 今回のケースでは、やはり会社更生法の適用申請による公的整理であるべきでなかったかと思います。一時は公的負担まで俎上に上がった以上、客観的で透明で公正な整理が進められることに期待します。そごうは特別顧問に和田・元西武百貨店会長を招聘したそうです(次期社長含みと報道されています)。

00.07.29

補足2
 瑕疵担保特約は、あくまで債権価値が2割以上棄損することで発効する特約です。今回のように、そごう破綻前では棄損していない計算なので、それを預金保険機構が買い取った上で債権放棄に応じるというスキームそのものに無理がありました。見かけ上は二次損失分が計上されないので公的負担額は小さくなりますが、放棄しなかった部分の債権が再びクズに成れば、現時点で精算する場合以上に二次損失が発生するところでした。
 債権放棄に伴うそごう再建スキームは、近いうちに業績が大幅に回復するという甘い絵を描いて作成されたもので、遠からず元利返済の凍結がされる可能性もありました。今回の民事再生法適用申請に伴って、いくつかの関係会社の精算が決まりました。今後も店舗閉鎖は欠かせないため、ドライな処理が必要でしょう。本来なら、会社更生法適用申請の方が好ましいのですが・・。

00.07.29

補足3
 そごうの監査法人は、1997年2月の時点で4,500億円の債務超過であることを指摘していたようです。当時はまだ監査法人の責任が不明確でありましたが、これが非公式な指摘に止まったことが問題の根元であるようです。この指摘は、興銀にも旧長銀にも伝えられていたそうで、その後もそごうの債権分類を引き下げなかった両行の責任は問われるべきかも知れません。旧長銀の旧経営陣に対する責任追及は腰砕けに成ってしまいましたが、興銀の責任追及も無いようですし、政界では金融再生委員長の引退で決着がついたことにしたそうですし・・(実体としては違いますね)。

00.07.30

補足4
 瑕疵担保特約とロス・シェアリングが混同されている記事などもあるようですが、両者は別物であるとのことです。
 前者は、査定の責任が一方的に国にあり、損失は全て国が被るシステムです。もちろん棄損分が総額の2割以内なら新生銀が全額負うわけですが、新生銀はどうせなら2割以上棄損させた方が有利という話になります。
 後者は、二次損失分について一定の割合で新生銀と国が損失(ロス)を分け合う(シェア)というものです。国は応分の責任を負うものの一方的に負うものではありません。この場合、新生銀としても査定に十分関与する義務と責任があり、今回のようなグレーな扱いはあり得なかったでしょう。もっとも、ロス・シェアリング方式ならリップルウッドが引き受けたとは思えませんが・・。
 国有長銀を国の手で精算していた方が、結局は損失を一番最小化できたのではないでしょうか。それよりも国有化しないで破綻させた方が、闇の部分も精算ができて最小限に止められることは以前から指摘してきた通りです。

00.07.30

補足5
 新生銀行は、ライフと第一ホテルの債権を預金保険機構に買い取り請求するそうです。いずれも事実上の破綻のため瑕疵担保特約の要件を満たす模様です。ライフの債権が1,250億円、第一ホテルの債権が550億円、合計で1,800億円に達するそうです。
 しかし一方で新生銀行は、ライフのスポンサーとして名乗りを上げています。負債を綺麗に整理して引き取れば、未整備のカード・信販・消費者金融部門が開拓できるとあって、熱心なラブコールを送っているとも。制度的に不備はないものの、国民感情として非常に納得のできないところではあります。スポンサーには、追加出資を断ったGECも名乗りをあげており、外資のしたたかさが見えます。その他、アイフルやオリックス=スルガ銀行連合も手を挙げています。

00.07.30

補足6
 そういえば、ライフが最後にすがったGECは、新生銀行を買収したリップルウッドのスポンサーの一つです。GECの支援表明によって手を引いた金融機関は少ないと聞きましたが、結果的に期待だけ持たせて出資を引っ込めたGECが、新生銀行と連んでいたと観れなくもありません。だとすると、トイチ金融などと同じなんですけれどね、あくどさが。
 また週刊文春8月10日号によれば、ライフが一転して大幅な債務超過に転落した理由は、監査法人の交代でした。それまで監査を受けていた朝日監査法人は、GECの出資後の訴訟提起を回避するため、米国監査法人のアーサーアンダーセンに協力を求めたそうです。
 監査法人として、これにより6カ月以上の延滞債権を全て損金処理するよう勧告したことにより1,200億円の追加引当金が発生し多額の債務超過に転落した、とあります。事実であれば、ちょっと不自然です。延滞債権には有担保も含まれるし、融資先が破産と確定したわけでもありません。6カ月以上の延滞が当たり前とは言いませんが、あまりにも杓子定規な監査結果です。結果、GECは出資を見送り、今回の破綻となったわけです。
 ライフを買収すれば、6カ月以上の延滞債権を持たず、借入金もなく、それでいて健全債権を多額に抱える超優良信販が誕生することになります。どっかおかしいですね。

00.08.05
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