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雑記帳No.224
ペーパーを、超えたかも

 日々膨張を続けるインターネットには、数多くの情報が氾濫しています。しかし、検索エンジンの普及により、かなりの情報を効率的に収集することが可能になりました。本ページをご覧くださるお客様も、いずれかの検索エンジンを経由されたか、知人のサイトからリンク等でお運びくださったか、されているのでしょう。トップページのアクセスカウンタも、間もなく30万に達しそうです。
 インターネットで収集可能な情報は、多種多様であり、中には電子辞書の検索サービスも含まれるため、常時接続のパソコンがあれば、インターネットの情報だけで結構足りてしまいます。しかし、その情報の精度に問題があることは、お客様もご存じのとおりです。精緻に分析されたものばかりでないため、虚偽の事項を含むこと、寸足らずで誤解を生む可能性の高いこと、情報が古く現状に合わないこと、著作者の主観が大きく影響していること、等々です。

 とはいえ、公開の即時性の効果は大きく、利用価値は非常に高いものです。要するに、収集した情報を選別し、真偽を見極め、多面的に解析することを徹底すれば、問題は少ないかと思います。また、必要に応じて書籍等に当たっておくことも欠かせません。これら情報は、改竄の余地があります。誤記の訂正や補足など良い改竄もありますが、その逆に悪い改竄もあります。書籍や雑誌といった紙媒体と較べると、取扱は慎重にするべきですね。
 なによりも、誰もが自宅に居ながらにして、世界中の情報を閲覧できることは、素晴らしいことです。書籍や雑誌では、同じことを実現できません。日本であれば、国会図書館に相当数の書籍や雑誌が納本されていますが、誰でも簡単にアクセスできるでしょうか? 新刊なら書店で入手できますが、旧刊なら入手困難なものも多いです。しかも、有料であり、かつ日数を要します。

 エジプト文明が「パピルス」を発明して以降、様々な改良が重ねられているものの、「ペーパー」の重要性は変わっていません。かつて「我々人類は、ペーパーに代わる大発明は出せないだろう」と言われたそうです。しかし、インターネット上のコンテンツがペーパーに代わる可能性を有しています。あとは、改竄の余地を無くすために、変更(差分)箇所等が明確になる追補形コンテンツの公開や、電子透かしなど改竄防止の技術が充実してくれることを願います。
 しかし一方で、発信情報の匿名性は担保されるべきだと思います。書籍であってもペンネームで出版された作品は多く、雑誌記事では無記名やペンネームも少なくありません。それらを全て実名公開せよといったことはなく、結果的に良いコンテンツを積み重ねる原動力になったはずです。広く情報を発信するにあたり、その発信者が特定されることによるリスクは、過去にも書いたように多くあります。妬みや嫉み、嫌がらせやストーカー行為、ときには傷害事件などに発展することもあります。

 インターネットは、その情報インパクトが大きいと言われます。接続できる環境さえあれば、小学生でも情報発信可能です。著名なサイトの掲示板等で紹介される(自作自演もあるが)ことで、日本中あるいは世界中の注目を集めることが可能です。確かに、悪意ある情報が発信されて、世間の注目を集めると大変な話になります(でも結局は、怪文書の頒布と同じ)。しかし、大多数を占める善意の情報を、それによって制限するのは、いかがなものでしょう? ときに事実を伝えていても、それを揉み消したい人物は「悪意ある誤報」として片付けたいでしょう。
 インターネットは、ペーパーを超えるかも知れません。しかし、そのためには、匿名性の担保が護持されるべきと考えます。いくら匿名性が担保されると言っても、足跡を全く残さずに情報を発信することはできません。それが民事事件や刑事事件に発展したならば、いくらでも発信者を追跡することが可能です。そうした事件に繋がらない多くの情報についてまで、無用の義務を課されませんことを、願っています。

03.01.13
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