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政治の研究No.182
ち っ ぽ け な 戦 争

 イラク戦争の目処が立ったことで、米国内のメディアは、楽観一色に成っているそうです。この戦争では、数百人規模のジャーナリストが従軍し、数多くの情報を世界各国に発信しました。このため、民間人の被害や、米軍精鋭のお粗末さや、イラク国内の反米感情なども隠さず伝えられました。リアルタイムに伝わる戦争は、あまりに非現実的で無感動でした。ある米国メディアは、「Tiny War」だとか「Pocket War」だとか言っていました。もちろん短期決着と、米英連合軍の死者の少なさを言ったものです。
 「AERA」の2003/04/07号によれば、朝鮮戦争・ベトナム戦争での米軍戦死者は、各5万人強だったそうです。しかし、湾岸戦争で146人、アフガン戦争で41人、ソマリア内戦で18人とされています。今回のイラク戦争は、地上戦も展開され、自爆テロなどもあったため、湾岸戦争を上回るのは確実でしょう。しかし、当初数千人と言われたほどになく、200人未満に収まるでしょう。

 しかし、本当に「ちっぽけな戦争」だったのでしょうか? 米軍は当初派遣と同規模の増援を送りましたし、バグダッドなどに投下した爆弾は、極めて膨大なものでした。確かにハイテク兵器も使われましたが、勝敗を決したのは圧倒的な物量でした。物量によって人的被害を最小限に抑えることに成功しただけのことです。
 他方で、イラクの数個師団を無力化しています。総軍42万人といわれ、多数の民兵も参加していました。全軍が投入されたわけでも無いので、仮に20万人が参加したとして・・・その無力化に至るまで何万人が死傷したのでしょうか? イラク兵の多くの士気が低かったとしても、2〜3割を死傷させなくては、無力化は無理でしょう。米国が期待したほどに投降兵も多くなかったことを考え合わせると、気が遠くなります。

 また、バグダッドに投下された多数の爆弾は、政府要人や軍人だけを狙って爆発したわけではありません。事前通告なしに投下された爆弾の多くは、多くの政府系職員や非戦闘員を殺傷したはずです。「誤爆」と言い逃れをしている多くの事例でも、民間人を殺傷しています。火災や停電やパニックで死んだ人も少なくないでしょうし、市民暴動で巻き添えになった死傷者も米軍に起因するでしょう。十万人を超えた犠牲者が出ていても不思議では無いです。
 米国の大義名分は、イラクが大量破壊兵器を隠匿しているというものでした。核兵器は、保有していないと見られます。サリン他の化学兵器、ボツリヌス菌や炭疽菌他の生物兵器は、廃棄量が少なく相当量を保有しているというのが、米国側の見解でした。しかし、現在のところ「発見」されていませんし、すでに灰燼に帰しているかも知れません。今後は分かりませんが、実戦に使用されなかったのは確実です。生物兵器や細菌兵器に対して防護手段がありますが、ミサイルや爆弾に対しては有効な防護手段がありません。いずれが大量の人間を殺傷したかは、明かです。
 米国は、今回の戦争でも多くの新兵器を試用したと見られます。旧来から殺傷能力が高いとされるクラスター爆弾や、対戦車兵器に有効な弱ウラン弾を使用していたとも伝わっています。結局は、米国が保有・使用すれば「正義の鉄槌」で、他国が保有・使用すれば「悪魔のテロ兵器」となるようです。実に危険な発想です。

 戦後処理のドサクサで、イラク側の死傷者数は誤魔化されるでしょう。正しく集計されないでしょうし、フセイン大統領による暗殺だの、対米謀略による犠牲者だの、と言われるだけです。ミサイルの誤爆で死傷が出たことを報道された際に、「それもこれもフセインの責任!」と言った米国首脳があったそうです。あまりにも非常識な考え方でしょう。しかし「誤爆」とは無責任な表現です。正しくは「誤認による爆撃」、あるいは「照準等を外した誤射」であるべきです。「誤爆」は爆発すべきでない場所・時間で爆発してしまったことであって、対象を誤って爆破・爆殺したことは含まれません。
 しかし、数多く従軍したジャーナリストは、かなり暴走しているようです。事実報道よりも臆測報道が多く、開戦当初から混乱が生じていました。多くが命知らずのフリールポライターということもあり、地味な事実報道よりも派手な臆測報道を好んだとも見えます。そうした現地ジャーナリストの情報が、ネットニュースなどで事実報道された結果、ますます混迷を極めました。「バスラで反政府蜂起」、「イラク将兵が師団ごと投降」、「大量の化学兵器を発見」、「ナシリヤが即日陥落」など非道いニュースが流れました。

 その一方で、映像の流出には米軍が規制を加えたそうです。戦争の悲惨さをダイレクトに伝えるもの、とくにイラク国民が死傷しているシーンなどの流出を抑えました。事実を伝えようとする従軍記者もあったでしょうが、それは米国内やアラブ諸国内の反戦ムードを高める懸念から抑圧したわけです。結果的に、米国内では米軍の勇ましいイメージ、イラクが悪であるイメージだけが喧伝されて、国民は「ちっぽけな戦争」という意識しか持ち得なかったのだと思います。
 景気のよい報道に歓声が沸き、戦争の本質を見失わせる原因になっています。米国の学生たち(中学生か高校生かは不明)に世界地図を書かせて、国際感覚を試すテストがあったそうです。その多くは、中央に大きな合衆国を書き、周辺に小さい諸外国を書いたそうです。日本やイギリスなどの国名を知っていても、イラクや北朝鮮は知らないとか。それが意味するものは、米国では、世界地理や世界史は重要視していないということです。その国の所在や規模や歴史を知らない国民が多い中で、その国での悲惨さを訴えても意味が無いでしょう。

 TV映像でしか、イラク戦争を知らない米国民。同じことは、日本国民にも言えることも知れませんが、もっとイラクやアラブ社会を丁寧に解説した、報道番組作りもして欲しいです。米国発表をそのまま報告したり、出所不明の流言を垂れ流したり、現地ジャーナリストの未確認戦果をトップニュースにしたり、いい加減が目立ちました。加えて、フセイン大統領を悪人と決めつける報道も多すぎました。これを日本に置き換えてみると、どうなるか。世界が天皇を悪人だと糾弾したり、小泉首相をテロの親玉と呼んだりしたら、我々はどういう事態を迎えるか・・?
 イラク国民の多くは、独裁者が居なくなったことを喜んだそうですが、その後の展望に不安を覚えているようです。米国の息がかかった指導者が、軍事力を背景に独裁をすれば、フセイン体制よりも不幸になります。かといって、直ちに民主制国家へ移行することも不可能です。世界には多くの知恵者がありますが、ベストな解は見つかっていません。しかし少なくとも、ブッシュ大統領には現地視察を行い、イラク国民の生の声を聞き、戦後処理の判断を下して頂きたい。取り巻きをフィルターとして届けられる情報は、極めて劣悪でしょう。その誤った情報に振り回されることは、あまりにも罪の深い行為です。

03.04.13
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