政治の研究No.174
アメリカン・エゴイズム
米国のブッシュ政権は、是が非でもイラクと戦争をしたいようです。査察問題等をゴリ押ししたものの、他国を説得できる材料が出ませんでした。軍事衛星資料なども公開し、化学・生物兵器の拡散などを訴えかけましたが、軍事評論家でさえ「臆測の範囲内」という厳しいコメントを出しています。米国によるイラク制裁の正当化が、厳しい状況にあるようです。
欧州では、イラク制裁問題から一歩踏み込んで、親米・反米の激しい対立を生じています。米国への対極作りを目指す独・仏両国は、イラク制裁に反対し反米の姿勢を強めています。これに対して、親米を打ち出した英国ブレア首相は、国内の強い突き上げで・・厳しい状況に曝されています。東欧諸国は親米姿勢とされますが、英国の動向次第では反米に転ずる余地が大きいと言われます。政治的な統合を目指すEUが、これを機会に分裂するか、一枚岩となるか、正念場です。
こうした状況にも関わらず、日本国内の関心は薄いです。イラク制裁となれば、自衛隊の派遣をさらに一段階踏み上がる必要を生じます。これを機会に自衛隊の国軍昇格を狙うタカ派の存在が不気味です。イラク制裁の是非について議論するまでもなく、国民も他人事という印象です。英国では世界60カ国、200万人の「イラク攻撃反対デモ」が繰り広げられたそうです。豪州も東南アジア諸国も駆けつけるなか、日本だけ国際世論に取り残されて大丈夫でしょうか。
実際のところ、米国民も多くは反戦派です。回復基調にある経済に大きな打撃を与える可能性が高く、再びアラブ系テロの標的になる懸念があります。突き詰めれば、強い国軍を望む有権者に期待した大統領選対策と、巨額の選挙資金の出し手である軍需・石油産業企業対策という「国際制裁」に程遠い理由のようです。欧州を巻き込んでの強引な開戦準備も、空々しさが目立ちます。
今回のイラク攻撃は、一種の「
踏み絵
」となることでしょう。軍事力においては、他の追随を許さない米国軍です。世界情勢が不穏になれば、活動の舞台が拡がります。世界の警察として、国連の存在など歯牙にも掛けずに暴れ回ります。アフガニスタン問題では、テロ根絶を訴えて成功を収めました。欧州各国は、あまりにも調子よく米国に載せられたことに反省したようです。何よりも国内にイスラム教徒を少なからず抱える地域が多く、米国と同じにテロ事件等に巻き込まれたくないと言う本音も見えます。日本には、その反省が無いようですが・・。
国連の安保理は先行きが十分に見えませんが、仏・露の拒否権発動に耳目が集まっています。米・英連合は安保理で拒否されても開戦すると宣言しています。しかし、国際世論を統一せずに開戦すれば、十分な大義名分が得られません。査察の強化や延長を打ち出す各国を「弱腰」と批判したところで、正義は勝ち取れません。その時、日本は最後まで米・英連合に組みするのでしょうが、アラブ諸国との今後の付き合いが極めて難しくなると懸念されます。ここが一つの思案の為所であるしょう。
近頃の米国は、「
強権国家
」から「
覇権国家
」への路を進んでいます。言ってみれば、リーダーでありながらも同盟国の一員であった「
共和制ローマ
」が、自らの実力を過信して同盟国を膝下に押さえ込もうという「
衆愚制ローマ
」への変貌に似ています。敗者を赦し勝者の列に加えて勢力を強めた共和制ローマは、少数の実力者一族らによる寡頭政治を行って衆愚化しました。衆愚化は、多数の愚か者に因らず、少数の愚か者によって生じます。
覇権国家は、目障りな相手を次々に排除し、さらには対等であったはずの同盟国をも呑み込み、最後は独裁化へと進みます。中国の戦国時代に強国が会盟を開いて「覇者」を名乗ることを競ったように、その後の秦帝国が出現したように、アウグストゥスのローマ帝国がそうであったように、アメリカ帝国が地球を覆い、全てを支配するかも知れません。世界の警察を気取り、世界平和の担い手を演じたのも、はや昔話です。
日本は、その覇権に協力して何を得られるのでしょうか。最初の隷属国として、米国に玩ばれるのがオチとならないことを祈ります。今回のイラク制裁は、限りなく米国のエゴイズムです。そうと知って手を貸すのかどうか、真剣に考える時期を迎えています。
03.02.23
補足1
本日現在、国際社会で孤立しつつあるのは、米・英連合です。欧州ではイラクの姿勢を評価し、査察延長に傾いています。イスラム圏内では、フセイン批判もあるようですが、米国による懲罰制裁には反対です。トルコでは、国会が米国駐留案を否決しました。米国内では、ブッシュ大統領の不支持率が急上昇(ただし、支持率はこれを上回り横ばい)しています。英国内では、現政権の親米路線を批判する声が高まっているそうです。しかし日本国内では、揺るがず米国支持。国内批判の声も小さめです。
安保理は常任・非常任を合わせて15カ国、この2/3の賛成が必要だということです。これまで安保理の判断が大きく割れたことが少ないので、今後の安保理運営に不安が残りそうです。否決されても制裁を行うと宣言する米国は、大義名分の確認のために安保理に図ったという姿勢であって、他の理事国への恫喝を加えています。恫喝に屈したり協調を重視したりすると「思うツボ」ですが、仏や露の拒否権発動は、今後の対立の火種になります。米国が勝手に定めたリミットは、今月17日。紆余曲折があっても、今月中には新たな展開に成るのでしょう。そのとき日本は・・?
03.03.08
補足4
結局、開戦になりましたので、不十分なフォローになりました。別途新しいコラムを書きます。開戦後の米国では、ブッシュ大統領の予想通り、高い国民支持を得ています。依然として、戦争に強い大統領は人気です。ただ、過去空前のデモ集会が開催されたり、いつもは一枚岩のマスコミが政府批判もしています。とくに現地特派員から届く、米兵の不平や不満、政府が隠蔽を試みているイラク民間人の死傷者、操縦ミス等による米英兵の死亡事故なども報告されています。早くも厭戦気分が漂っているようです。
開戦当初は短期決着と言われましたが、今では数ヶ月の長期戦覚悟を政府高官も認めています。英国の慎重論を一蹴した米国も、派遣部隊の大幅増強を始めています。現地では物資不足も報告され、予想ほどにイラク軍の士気が下がっていないことも問題です。反政府に転じると思われたシーア派の拒否反応も読み違えています。シリア・ヨルダンの協力拒否、サウジの長期化懸念の表明、未だに得られる国際世論の支持・・・厳しい様子です。
ところで、日本でも開戦日以来、米国大使館にデモ隊が押し掛けています。平和運動家、宗教家に加えて、右翼も出没しています。日本国政府として、小泉首相は米国支持を打ち出しました。今度は法制化よりも先に自衛隊のイラク派遣を決めています。一蓮托生というよりも、自ら火中の栗を拾っているようで、危険な兆候です。早くに決着しなければ、日本へのテロ攻撃等も心配すべきでしょうか。かなり心配です。
03.03.29