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政治の研究No.94
週刊文春のWHY?

 メジャーなメディアでは1度成らず取り上げられた「東芝のアフターサービスについて」というHPはご存じですね。当HPでも経済の研究第120回クレーム処理は難しい?」でご紹介させていただいています。
 すでにアクセス数は800万を越えており、多くの国民の関心を集めています。集めている理由は、ネットの特性を活かして個人(以下、週刊文春の記載に従い「T氏」とする)が大企業に形式的な詫びを入れさせるまで追い込んだこと、いつまでも大企業側が面子に拘り実質的な反省をみせないこと、の二つだと考えています。
 取り上げたメディアの多くは、T氏の側に好意的でした。事実誤認があったり、一部コメントには不適切な表現も見られましたが、前代未聞のことですから仕方のないことかも知れません。ただ東芝側にしては面白くないでしょう。以前から懸念していたことは、T氏について徹底的に低俗な記事を書かせて自分たちは被害者であるというポーズを強調するであろうことです。日頃から懇意にしている記者は何人もあるであろう東芝のこと、太鼓もち記事、提灯記事が出るのも当然でしょうか。

 そうしたなか、週刊東洋経済が東芝側の一方的な見解のみを掲載してT氏から問題を指摘されました。ある意味で中立であるべき経済誌にしては不手際でしたが、それでも辛うじて一線を踏み越えてはいないと感じています。
 しかし問題は、週刊文春8月26日号の「東芝に謝罪させた男は、名うての苦情屋だった」とする特集記事です。グラビアページを除けば事実上のトップ扱いの上、5頁に渡るものですが、当人への取材もせず、了解も得ることなくぶった切りの記事であります。プチメディアとしては見過ごせないので、以下問題点を指摘することにします。

 まず特集記事の背景です。「常識的なやりとりを踏まえないで、なぜいきなり企業トップに”直訴”する手法をとるのか、一度謝罪した東芝にこれ以上何を求めるのか」と書かれています。今回の記事の目的はまさにコレに尽きるのでしょう。まず「常識的なやりとりを踏まえないで…」という点は読者の方もお気づきのように明白な誤認ですね。常識的なルートの対応が不味かったからこそ、トップへ接触を求めたのです(実際はトップへの接触も非常識なルートへ回される結果に終わったようですが)。つぎに「一度謝罪した…」という点も違いますね。あの会見や東芝HPでの反論を見れば分かりますように、メディアの圧力に負けて仕方なく頭を下げたという姿勢しか示していません。
 東芝には暴言という動かし難い事実があります。また場当たり的な反論を重ね(いずれもT氏に論破されています)、依然としてT氏との過去のやりとりを正確に把握していません(大企業としては信じられない情報管理の甘さですが)。そして個人攻撃・・・と成ったわけです。この個人攻撃記事は、後に述べるように明かな中傷記事です。フリーライターが書いたのなら知らず、編集部自ら取材して記事に仕上げたものです。
 メディアには表現の自由が認められていますが、度々物議を醸すように、越えては成らないプライバシー問題に触れていることがあります。これまでの判例では、公器である企業や公人である政治家やタレントに関するものはやむを得ないとしています。今回のT氏は、いくら有名になったと言いながらも明かな私人です(これが「善意の一消費者」がとる行動なのだろうか、と記事を結んでいるので、私人であることを自覚しているのです)。私人の個人情報をこっそり入手して無許可で掲載し、しかも人格批判をしています。どう考えても常識を逸脱した記事です。

 つぎに特集記事に使われているプライバシー情報です。これは九州の大手家電「ベスト電器」がソースだというT氏に関する売買履歴です。何月何日に何をいくらで買ったかという情報ですが、これが真正の情報で有ればどこから入手したかという問題があります。販売店から不正に入手したので有れば編集部のモラル欠如、メーカーの圧力に負けて積極的にリークしたのなら販売店のモラル欠如、が問われるでしょう。T氏が一消費者としてどうこうと批判している立場にないことを自覚すべきです。
 一方で(T氏からの問い合わせに対して)販売店は「返品記録についてはデータが残っていない」と回答したとも同じ記事で紹介しています。とすれば文春が不正に入手した情報はガセだと言い切っているようなものではないでしょうか。また大手電機メーカー広報担当者のコメントとして「各メーカーの広報担当者が集まる機会があったんですが、みんなTさんを知っています」と紹介していますが、よくあるニュースソースを伏せる形で都合のいいコメントを書いています。「みんな」とは何社のメーカーが該当するのか、大手電機メーカー広報担当者とは実在するのか、全く見えてきません(ベスト電器は実名で書いているのに変ですね。まあ、個人中傷にはよく使われる手法ですが・・・)。
 それで中身ですが、真偽の分からない返品記録を引いて、T氏は過去「235万円」分(メディアはこういう本当らしい数字が好きです。「およそ200万円以上」と書くよりも真実っぽく伝わりますね)もの返品を強要しており、彼はクレーム常習者だと断定しています。しかし返品を受けるのは販売店の判断で、それを外部がとやかく言う問題ではありません。「返品ができる権利」は消費者に認められた権利で、流通業界では積極的に返品を受けることで信用を得ようとまでしている現実があるのを、記者は知らないのでしょうか。多額の返品をしたのが事実だとしても、クレーム常習者だと言い切るのはいかがなものでしょうか。
 またタイトルには「苦情屋」と書きながら、本文では「クレーム常習者」と言い換えています。両者は似ていますが別物です。苦情屋は、苦情を商売にする者という意味で、何らかの金品を余分に得ることを目的として活動しています。対するクレーム常習者は、単に人よりもクレームが多いというだけで、理屈っぽいと言うことです。「常習者」という表現は適切でないと思いますが、クレームをつけるという行為や返品をするという行為だけなら、確実に苦情屋と言えないでしょう。

 まあともかく。今回の週刊文春の記事は、上述の「235万円」あったとする返品記録を除いては全く中身のない記事です。しかもその235万円の出所が怪しいですし、仮に正しいとしてもT氏は「善意の一消費者」でなかったとする結論には成らない論理飛躍のある中身です。これが天下の週刊文春編集部の取材記事だとは情けない限りです。
 週刊文春は、私が唯一定期購読している一般誌です。これまでもいい加減なゴシップ記事は多く見ましたが、それでもパワーのある取材力を活かしたいい記事をたくさん書いています。コラムなどの主張も筋が通っていて格好がいいと感じています。これまでゴシップ記事は、フリーライターが書く読者ウケしそうな記事だけを掲載しているのだと思っていました。しかし、編集部自ら事実認定のいい加減なゴシップ記事を書くのだとすると残念です。

 週刊文春に言いたい。なぜ読者の信頼を失ってまで、自らいい加減なゴシップ記事を書くのでしょうか。ゴシップでないと言い切るので有れば、返品記録の入手先と入手手段を明かにし、大手電機メーカー広報担当者の所属と彼の言う「みんな」の範囲を明示するべきです。また私人に対する個人批判を行った意図を明確にし、東芝の要望に従って書かされた特集記事ではないことについて読者が納得できる理由を開示するべきです。
 最後に「(T氏が取材により)根も葉もないことを元に「事実を掴んでいます」と強圧的な取材を受け、非常に精神的な苦痛を受けたそうで」などと揶揄していることに言及します。自分たちは取材する立場だから気付かないのでしょうが、震災で身内を亡くした際の私の経験からすれば、記者諸君の取材にはいつも強圧的な姿勢を感じています。
 そもそも記者という人種は、書きたい結論を決めてから取材に来るので、どうしても都合のいい発言を引き出したり、都合のいい解釈を押し付けようとします。誰もが精神的な苦痛を感じていることを理解して欲しいです。まして取材に応じるのが当然と考えているのは、明かな思い上がりです。自分を中傷しようとする記者の取材に応じる必要がどこにあるでしょうか。
 ゴシップ記事を掲載するような新聞や雑誌の情報を完全に信じる読者は居ませんよ。ゴシップ誌はただ面白ければ読まれるのです。ゴシップに埋まる雑誌は自らの格を下げ、自らの信用度を下げ、そこで働く記者達への評価も下げるばかりです。週刊文春の編集部には本道に立ち戻った公正な記事掲載を期待します。今回の特集記事については何らかの謝罪や訂正があってしかるべき、と考えています。

99.08.18

補足1
 週刊文春の特集記事は、アクセス数の八百万件を、大新聞の発行部数にも匹敵すると説明しています。これは明かな誤認ですね。記事の言う八百万件は、大新聞の場合は契約部数(または発行部数)であり、延べ読者数を示すアクセス数ではありません。件のHPは情報更新に余念がなく気持ちがいいほど明瞭な発言を乗せているためリピーターが多いようです(私は2日おきに見ています)から、厳密な読者数は数十万のオーダーに留まるでしょう(それでも快挙です)。
 リピーターが多いのは、それだけコンテンツに魅力があるからです。そして真実が何か見えていることと、共感を覚える点が多いことも理由です。多少の中傷記事でHP読者の心証が変わるとは思えませんね。むしろ週刊文春の編集部へ冷めた目が向けられるだけでしょう。

99.08.20

補足2
 週刊文春はネット上での厳しいコメントにもめげず、第2弾を発表しました。その一方でT氏側も週刊文春への反撃を始めるようで心強く感じています。一応は、第95回ネットの匿名性について」、第96回濡れ衣は晴らせない」も書きましたので、お読み下されば幸いです。引き続きコメントも下さいね。

99.08.27
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