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経済の研究No.168
バイイング=パワー

 日本の流通企業の掛け声と言っても良かったのが、バイイング=パワーです。規模の原理を夢見て、体力以上の巨額資金を調達し、大胆な店舗拡大を図ってきたのも、全てはこのパワーを得ることのメリットが強調され過ぎたためでもありました。しかし無謀な規模拡大のみを図った流通各社は・・・。

■ 購買力という力
 消費者の1人1人の声に対して、かつてのメーカーは耳を貸しませんでした。大量生産による大量販売、利益至上主義で、まずメーカーありきの考え方が支配的であったためです。消費者がその声をメーカーに伝えるとともに、その声を反映させるよう強制する力が購買力(バイイング=パワー)です。
 メーカーの生産量あるいは販売量の一定割合を、消費者の集合体が占めることにより、その集合体はメーカーに対して一定の発言権を有し、商品やサービスに消費者の声を反映させることが可能になります。質は当然のこと価格についても消費者主導で改善させることになります。
 その典型が、共同購入制度であり、その組織体の一つが生活協同組合であります。生活協同組合は、組合員から出資金を集めて商品を一括購入し、それによるコスト削減を実現して値引き交渉を進めるとともに、組合員の意見を纏めてメーカーに改善を求めてきました。時には新商品の提案を行ったり、オリジナルブランドを作らせたり、と活動してきました。

■ 変容する購買力
 やがて生活協同組合は、店舗を構えるようになり、複数の店舗を展開してチェーン化を進めました。組合員は順調に増え続け、売上げ規模は年々増大していきました。しかし、それは組合員の変質をもたらして、生活協同組合自身の変容をも生みました。組合員は生活協同組合の成員としての意志を失い、生活協同組合は組合員の存在や設立当初の理念を失いました。
 生活協同組合は利益を第一の目標に掲げ、高級で大型の店舗を展開し、必要外の事業にも手を染め、一部役員による経営私物化を許した者もありました。組合員以外にも店舗利用の余地を残し、組合員の声を吸い上げるよりも組合の決定を押し売りし、無謀な拡大路線を歩む者も増えました。そして、経営破綻する組合が相次ぎました。
 同様のことは、スーパーマーケットにも言えます。不特定多数の顧客を相手にすることや、企業として利潤を追求することは生活協同組合と違っていますが、消費者の味方を標榜し、「より良いモノをより安く」をキャッチフレーズにして、規模の拡大を続け、大きな購買力を備えました。激しい競争を繰り広げ、弱小を淘汰して巨大流通が相次ぎ出現しました。しかし、生活協同組合以上に変容が進み、いつしか消費者の支持を失っていきました。

■ 購買力への過信
 巨大な購買力を持ちながら、その購買力を消費者のために使わなくなったこと、が今日の消費不況の元凶であると考えます。単に規模を拡大してきたことの失敗や、流通スタイルの変化だけを、犯人にするわけには行きません。規模の積極的な拡大が成功に繋がることは、米国企業で売上高第三位を誇る巨大流通・ウォルマートが証明しています。流通スタイルの変化があったにせよ、その変化に対応した社もある以上、経営者の判断ミス以上の何物でもありません。
 ウォルマートは、何故に成功しているか? ウォルマートは巨大な商品調達力(=購買力)を背景にして販売価格の継続的な引き下げを実現し、通年での値引き相当額を1999年1月期の60億ドルから100億ドル(売上高の実に6%!)にも拡大しています。その値引き努力が評価されて来店客数の増加、客単価の増加を生み出して、純利益も10期連続で伸びています。利益は在庫回転率の改善や販売効率向上で稼ぎ出して、消費者への負担を強いていません。独自商品の開発にも余念がなく、規模は大きくなっても消費者重視の姿勢を捨てていません。
 対して、日本の流通企業はどうでしょう。イトーヨーカ堂を除外すると、流通大手はいずれも小売り本業以外に多額の投資を行い、そして焦げ付かせました。不動産や株式に手を染め、その失敗のツケを消費者に負わせるという愚を犯しました。店舗の魅力を保つための商品開発費や店舗改装費を潤沢に用意せず、莫大な借入金を原資にした無用な拡大路線を歩んできました。手元に溢れる巨額の回転資金を、メーカーがひれ伏す購買力を、己自身の力と過信したことが、原因だと考えます。

■ 初心に帰るべき
 元気な小売りもあります。独自商品(プライベートブランド:PB)での店舗展開を強化し、常に「より良い商品をより安く」提供する姿勢を捨てていない小売りが成長を続けいます。無印良品やユニクロが元気である理由は、明白です。店舗は簡素でも効率的で、商品もシンプルですが多様で押しつけがなく、同じ商品なのに年々割安感が増していく、そういう経営が消費者に支持されています。
 かつては流通大手も独自商品の開発に熱心でした。無印良品はそもそもセゾンのPBでしたし、キャプテンクックなどダイエーも熱心な取り組みを見せていた時期がありました。前者はPBを浸透させることに成功しましたが、後者は既製メーカー商品(ナショナルブランド:NB)にヒザを屈しました。PBがNBに負けたのではなく、PBへの努力不足がNBに負けたのです。
 あるいはコンビニの躍進も指摘されています。ついにセブン=イレブンの売上高がダイエーを逆転したそうです。コンビニの売上げが総合スーパーの売上げを抜くという現象は、少し意外の感があります。何といっても、コンビニの基本は定価販売であるためです。店舗数が圧倒的に違いますが、それ故に商品の絞り込みが進んで、個別商品の購買力が拡大し、その購買力を背景にメーカーに商品改善努力を強いています。利便性の最大効率化を実現していることも見逃せません。
 しかしコンビニが「より安く」を実現できないことは間違いありません。NBのPBにより置き換えや、ビールなどの定価販売廃止なども進んでいますが、体質的に安さの追求はできません。また半端な品揃えでは売上げに貢献しない食品や、小規模店舗に適さない大型・高額・低回転商品でも同様です。

■ むすび
 総合スーパーにこそ、購買力を背景とした巻き返しが可能です。生活協同組合も同様ですが、初心に帰って、消費者の存在に最大価値を置き、小売り本業に専念をしていくことが必要だと思います。
 バブルの時代、流通業界を襲った狂乱のダメージは、容易に回復できないのでしょうか。黙っていても伸びた時代、何を作っても売れた時代、何を始めても儲かった時代・・・そろそろ夢から醒めて、購買力を背景とした消費者のための経営に立ち戻って欲しいと願っています。

00.05.20

補足1
 ウォルマートは、食品事業の拡大に軸足を移して、積極的な売上げ拡大を実現しているようです。また欧州に進出して積極的なM&Aを展開しており、不効率な経営を続ける流通企業を効率化するなどの手法で、一層強力な購買力を確保しつつあります。ウォルマートは対象を米国から欧州・アジアへ拡大することで、経営基盤のグローバル化を進めており、局地的不況の影響を受けにくい体質を確保しつつあります。
 日本国内の流通各社は、その規模ゆえにM&Aの対象と成り得ませんでしたが、今後本業悪化に伴う事業整理が続くならば、外資によって格好の買収対象になる可能性が高いです。現実に会社更生法適用を申請した長崎屋は外資に買収されることが決まり、長崎屋に続く中堅流通が増えるものと予測されています。不調の大手も、その列に並ぶ可能性を否定できません。

00.05.20

補足2
 ウォルマートは、西友の経営権取得に動きました。経営不安を抱えていた西友への支援に対し、ウォルマートは今春に「新株予約権」を取得していました。このうち、12月27日に期限を迎えるの第一回分を無事行使しました(行使価格は、同日終値を23%下回る270円)。事業展開の可能性を図りつつですが、西友としては、二つ目のハードルを乗り越えたことになります。
 持株比率を6.1%から33.4%としました。引き続き2005年末までに50.1%へ、2007年末までに66.7%へと段階的に引き上げることが可能になっています。今後の出資比率の引き上げは、西友の努力次第という姿勢を崩さず、未だ白紙のようです。ウォルマートの商品調達網や、生産在庫の一元管理システム等を導入して、どこまで期待に応えられるかが、西友の試練です。

 世界で最大のバイイング=パワーを握るウォルマートの陣営に加わったことで、他の国内スーパーとどう太刀打ちするのか興味があります。今回の増資と同時に、西友はウォルマートの商標やソフトウェアの使用権を得ました。合わせて経営管理ノウハウの提供も受けることになるそうです。また520億円強の増資資金は店舗改装の原資とし、競争力強化に活用する方向だそうです。

02.12.29
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