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経済の研究No.146
自由競争を拒む、航空業界

 航空業界がCF券問題で揺れています。CF券とは、航空会社がお得意先にばらまく割引優待券の総称です。その利用条件や割引条件は多種多様のようですが、概ね正規運賃の25〜50%引きだということです。以前から航空業界での悪慣行として指摘されていましたが、最近は不特定多数に大量にばらまいていた事実が取り上げられ、問題が表面化しました。それは、新規参入を阻んでいる大手三社に、厳しいNOを突きつけた形に成りました。

■ CF券は常識
 CF券がクローズアップされたのは、日本航空(以下、JAL)の完全民営化に取り組んでいた中曽根内閣当時です。JALでは激しい労使闘争に嫌気がさして、御用組合の第二組合を新設し、過激な第一組合の封じ込めと切り崩しを実施しました。第二組合が多数を占めることに成りましたが、結果として勤務実態の悪化、給与を除く待遇の悪化に拍車が掛かりました(ここでいう組合は、乗務員組合)。
 当時の第二組合の幹部が、活動の資金源としたのが・・・大量のCF券でした。それまでは非公式に親密企業や公的機関に撒いていたCF券を、組合幹部に大量供与したことが後に発覚しています。CF券は、当時市場規模の小さかったチケット屋などに横流しされ、現金化されました。幹部はその資金で第一組合員の切り崩しに成功し、その後も自己資金化して悪行を尽くしたと言われています(この部分は明るみに出ていませんが、複数の経済小説のプロットに使われています。たぶんノン・フィクションです)。
 株主に対して配布される株主優待券とは違い、CF券の存在はあくまで非公式です。チケット屋の店頭で売られるものではなく、「格安航空券を卸す」という形でチケット屋は利用し、利益を上げていました。最近でこそCF券の流通枚数が抑えられていますが、3か月前まではチケット屋の貴重な収入源になっていました。
 ビジネスマンの需要に応えるだけの大量のCF券は、組合ゴロの他、総会屋・暴力団関係者への利益供与にも成っていたと言われています。この不況下で、銀行や親密企業に撒かれたCF券もチケット屋へ売却されていたそうです。銀行も始めは受け取るだけでしたが、厳しい懐事情も手伝って優待券ほかの現金化に熱心です。CF券も格好の資金源と成っていたようです。

■ 意外にも多かった流通量
 公然の秘密であったCF券の存在は、全日本空輸(以下、ANA)の野村社長が9月27日の記者会見で公式に認知しました。本来は運輸省の認可制である国内線の運賃体系ですが、認可対象外のCF券は「販売促進や交際用」に配布される限定的な特例という認識のため、黙認されてきたと聞いています。それが不特定多数の利用者に大量に撒かれていることが告発されて、ANAも認めざるを得なかった、行政も注意を促さなくてはいけなかった、という模様です。
 その流通量ですが、JALやANAが販売した航空券のウチで、CF券を利用したものが約4%を占めるという発表されていますが、実体はもっと多そうです。現在のところ、事前購入割引(いわゆる早割)や特定便割引(早朝割引、深夜割引ほか)などの利用も拡大しており、また大手法人向けの大口割引、さらにホテルとセットにした格安ビジネスプラン、旅行代理店向けのパック料金などで非正規運賃が適用されています。正規運賃で利用している乗客は、30%程度と見込まれます。
 CF券がチケット屋などで大量に利用されている問題は、悪慣行で済まされない二重価格だと言えます。しかもCF券の割引率が25%以上という高率であることを考えると、善良な消費者を小馬鹿にしていることは明かである上に、運賃の認可を与えている運輸省の面子にドロを塗る行為でもあります。
 航空法の改正で、2000年2月から国内線運賃が認可制から届け出制に変わります。不採算路線や独占路線での運賃引き上げ、競合路線での仁義無き割引合戦が展開される可能性が高いことから、表から見えにくいCF券問題にメスが入ったのかも知れません。ANAは全廃を公言しましたし、JALや日本エアシステム(以下、JAS)でも見直す方向だと報道されています。

■ 新規参入には厚い壁
 大手三社で独占されていた国内路線に、大きな風穴を空ける新会社が出現しました(というのも今更ですが)。羽田=福岡路線を開業したスカイマークエアラインズ(以下、SKY)と、羽田=千歳路線を開業した北海道国際航空(愛称エア・ドゥ、以下ADO)です。
 両社は大手のドル箱路線である基幹路線に参入すると同時に、大手正規運賃の半額という衝撃的な運賃を提示しました。その根拠として大幅な経費削減による効果を上げています。大手には常識だったおしぼり・軽食ほかの機内サービスをせず、機体整備も外注し、チケット販売も独自展開という斬新なものでした。私は利用したことがありませんが、客席は一回り大手よりも小さいそうです。しかし国内なら短時間のフライトですから、費用対効果で充分な満足が得られるはずです。
 当初は、低料金と話題性で高い搭乗率を誇りました。しかし、採算ベースが搭乗率70%台と伝えられる両社にとっては厳しい成績でした。そこへ大手特割攻勢が加えられて・・・一時30%台まで搭乗率が低下してしまいました。大手特割は、SKYやADOの前後に同額運賃となるよう設定された割引運賃で、快適性では大手に負ける両社が痛めつけられたのも事実でしょう。
 その後は、新規参入を大歓迎していたはずのマスメディアによる大叩きがあり、ADOに捨て身の自虐的CM(第145回インパクト生む自虐的CM」を参照)を打たせるまでになっています。「追い風」から「向かい風」への急転で、業績回復は厳しそうです。様々な割引が適用されない繁忙期では、割安感が戻って客足が回復する両社ですが、閑散期の方が長い業界にあって、不利は免れません。
 加えて、SKYはJALに、ADOはANAに委託していた機体整備ですが、両社ともに厳しい更新条件を突きつけられており、新規機体の導入どころか、既存機体の整備も受けて貰えない可能性が高いと言うことです。もともと市場への影響は少ないと踏んでいたJALとANAは、市場への大きすぎるインパクトに慌てて、両社に意地悪をしているのですね。長く寡占に慣れ親しんだ航空業界ならではの「厚い壁」なのでしょうか。

■ CF券問題は、寡占業界への狼煙?
 私はCF券問題の発端をよく知らないのですが、SKYやADO辺りが告発したのでしょうか。大手三社はCF券を福岡や札幌で撒いたと経済誌に書かれていますし、東京に本社があり地方出張の多い企業の知人も似たような話をしておりました。CF券を使えば、恒常的に両社の運賃に張り合えるとあって、採算度外視でのバラマキが目立ったようです。
 そこまで大手三社が必死になる理由は、自らの高コスト体質が明るみに出ることの恐れと見られていたようですが、実体としては二重価格が露見することの恐れだったようです。マイレージサービス他で顧客の囲い込みに必死ですが、CF券など不透明な商慣行による運賃の方がずっと安いと知られれば・・・大問題に発展してしまいます(社用族には関係がない話でしょうが)。
 独自のカウンターを持てなかったSKYとADOも、羽田空港にカウンターを構えたようです。これも多数の利用者の声があったからだと聞いています。大手三社の国内線では、おしぼりや軽食の廃止を進めています。これも一般利用者の厳しい目を意識した結果でしょうか。地方路線の子会社移管を進めている様子でもあります。大手三社が、自ら「寡占業界というぬるま湯」から出て、競争原理の働く自由市場へと途を拓いてくれることに期待します。
 SKYとADOには、大いに活躍して欲しいと思います。試行錯誤はまだまだ有りそうですが、消費者の立場に立った運動を続けて行けば、少しずつ業績が付いてくることでしょう。残念ながら一部で運賃引き上げにシフトしているようですが、大手三社の非道を叩いて、市場健全化への運動を続けて貰いたいと思います。「厚い壁」であっても、存外に「脆い壁」かも知れませんから、根気よく粘り強く頑張って下さいね。CF券問題は最初の狼煙であって欲しいと考えています。

■ むすび
 SKYとADOは残念ながら共闘関係には成れない様子です。共同で整備工場を持つなどすれば、いくつかの問題は解消するようですが、それぞれ自前で工場を持ち整備士を確保するのは難しそうです。カウンターにしても共同運営になればコストは半減しますが、これも実現していません。出資企業の思惑もあることかと思いますが、大手に潰されないためには、積極的な共闘関係を構築して欲しいと思います。
 交通機関に求められる要素は、定時性安全性快適性の三つだそうです。SKYは運行初日に定時性で失敗し、以降は高い定時性を維持していると聞きます。ADOは12月の整備契約更新が不首尾に終わった場合、国外整備に出さざるを得ません。しかし、代替機のない現状では不可能に近いので、安全性を犠牲にしない方策が必要です。快適性は価格相応ということもありますが、大手三社も現実には正規運賃の半額で経営が成り立っていることを見ても、一層の努力が要求されるでしょう。

99.11.01

補足1
 CF券や航空業界の動向については、複数の経済小説のプロットを参考にさせていただきました。また週刊ダイヤモンド99/10/02号に詳細なレポートが紹介されています。非常に説得力のある記事で、こちらも参考にさせていただきました。
 CF券に関する航空会社の経営陣の認識ですが、ANAの野村社長は強い問題意識を持っているように見受けられます。しかしJALの金子社長は航空法違反の可能性についての認識を充分に持って居られなかったようです。JASは、よく分かりません。

99.11.01

補足2
 大手三社の烈しい値引き合戦に関してですが、海外でも価格ダンピングが指摘されています。米国で販売されるチケットと、日本で販売されるチケットは、同じ座席を利用するのに価格が違うそうです。最近は円高のために内外価格差は縮まっているそうですが、消費者をバカにするのも程々にして欲しいですね。
 問題の根は、CF券問題に留まりません。本文中のビジネスプランなどでは、「ビジネスホテル一泊+朝食付き」プランが、往復正規運賃よりも安いという常識無視があります。ホテルの卸値も破格だそうですが、航空運賃のディスカウントも破格だそうです。パック旅行に至っては、「早朝便を利用した一泊スキー」パックで、羽田=札幌間が片道3,000円という設定もあると聞きます。いかに空席対策と言っても、正規運賃との価格差10倍は認められないですよね。
 一方で、広い空港カウンターやロビーで遊ばせている空間や人員に対するコスト意識は不十分です。バラマキ過ぎるチラシやパンフレットの類、座席配布の月刊情報誌や通販雑誌は・・・時世外れの高級感をアピールし、意味もなくカラー刷りで、役割を果たさぬまま捨てられています。そのほか、機内で無償に配る新聞なども止めた方が賢明でしょう。SWさんの制服も・・・というと世の男性女性の反感を買いますでしょうか。

99.11.01

補足3
 機体整備についてですが、空港で行う運行整備のことではなく、定期的実施が義務づけられている重点検のことです。機体強度の検査や、機器の点検調整、損傷部品の交換など安全性に強く関わってくる問題です。これを怠った場合、欠航に繋がりますが、代替機を持てないSKYやADOには頭の痛い問題です。無理をしてフライトさせれば大惨事になり、航空業界全体の信用を下げかねません。
 業界全体の信用を考慮すれば、大手三社も積極的に協力する義務を負うはずです。大惨事となれば、これまで10年近く積み上げてきた安全神話が・・・再び崩壊してしまいます。競争原理の働く自由市場は時流でもありますし、これから外資大資本が国内路線に参入してくる可能性も否定できませんから、いつまでも不透明な寡占市場ではダメでしょう。新規参入を「新しい風」として歓迎するべきですよ、開業当初のように。
 運賃半額という殴り込みを掛けてSKYとADOの手法は、必ずしも良い方法ではありませんでした。採算分析やマーケティングが不充分であって、価格破壊を第一義にした幼稚なやり方であったかも知れません。しかし、それを許容して多少のフォローが出来る大人の態度を・・・大手三社に求めるのは無理な話でしょうか?

99.11.01

補足4
 JALが総会屋への利益供与事件で摘発されたのは、1998年8月のことでした。株主優待券やCF券を非公式ルートで供与して、1990年から摘発を受けるまで8,000万円近い利益を与えたという容疑でした。
 この他、自らも優待券をチケット屋で換金して総会屋対策にプールしていたという話があり、1999年4月に総額10億円もの所得隠しが発覚したそうです(当時の新聞記事がないので、風聞として紹介)。
 プールしていた資金は、総会屋対策だけではなく、広く機密費として使えるよう確保されていたのではないかと思われます。おそらく接待や付け届けにも活用されていたと思われます。
 しかし、摘発を受けたのは利益供与と所得申告漏れの2点だったとわけですから、この時点では「CF券そのものが悪い」などという議論には成らなかったのですね。

99.11.02

補足5
 JTAとANKの2社が沖縄県の路線で、割引券合戦をしたそうです。お互いに乱売による価格下落を止められず、ついには無料優待券まで配ったのだそうです(これも風聞でスイマセン)。結局は、両社の収益を大幅に圧迫したため、手打ちが済んだと言うことですが、何ともバカなことをしてしまったのですね。

99.11.03

補足6
 CF券を使って登場した利用客が4%だったと書きましたが、1998年度のANAの国内便利用者は全体で3,835万人なので、人数にして151万人(3.9%)にも達するそうです。

00.01.02

補足7
 少し方向性が違いますが、補足記事です。JAL/ANA/JASの大手三社は、ネット上で航空券販売を行う新会社を共同出資で設立するそうです。航空業界ではコスト圧縮のために旅行代理店を通さない航空券販売を手がけています。チケットレスサービスやインターネット予約などを手がけて仲抜きに躍起ですが、思うほどにシェアは伸びないようです。一方で、ネット上での簡単な予約へのニーズは高く、三社共同で販売を手がけることでコスト圧縮と、より積極的な仲抜きを進めたいようです。
 この構想が軌道に乗るとして、三社の航空券価格は横並びになるでしょうか? 条件に応じた多様な価格になるでしょうか? また仲抜きに成功したとして、そのコスト分は価格引き下げに繋げてくれるでしょうか? 近頃は外国航空会社の参入も著しく、あまり寡占市場にあぐらをかいて居られません。ぜひ自助努力に励んで欲しいと考えます。

00.08.21
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