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経済の研究No.133 |
クレディ・スイス銀行の事件 |
謹厳実直がスーツを着込んだようなイメージがあったスイスの銀行ですが、ここ数年間日本で暗躍していたんですね。かつてUSBが長銀を食い物にしていたように、クレディ・スイス銀行(以下、CSB)がグループの総力を挙げて日債銀を食い物にしていたのでした。よくよく調べてみると、国内の30を越える金融機関がカモにされていたわけですが・・・。
■ 財務の隙間をお埋めします
今ひとつ国際的な金融商品が理解できていない日本の金融機関は、ヘッジ無し金融商品だの金融派生商品(デリバティブ)だのに手を染めて巨額の含み損を抱えておりました。これを潔く処理すれば問題は解決するのですが、責任回避のためにアノ手コノ手を駆使してきました。例えば、山一證券の息の根を止めた、取引先への飛ばしや関連会社への隠蔽などですね。
ところが、飛ばしはダメ隠蔽もダメと抜け穴を塞がれ、金融機関の経営陣は汲々としていました。不幸にも先代が作った損失の責任を肩代わりさせられたりしたわけです。そこへ親切を装った外資金融機関が登場しました。曰く「日本の会計制度でデリバティブ商品は対象外じゃないですか。デリバティブを使えば10年ぐらい損失を合法的に飛ばせますよ」と囁いたのです。
財務の隙間をお埋めします。何となく、今話題のドラマ「笑うセールスマン」(藤子不二雄原作)みたいですね。
■ 世の中、甘くはない
例えば30億円の金融商品が10億円の含み損を抱えたとします。この金融商品を決済した途端に今期10億円の赤字を計上しなくては成りません。そこで外資の受け皿会社の口座に簿価で移転させます。金融商品は売却して10億円の損失を確定させますが、すかさず10億円のプレミアムを前払いしてくれるデリバティブ商品を購入し、プレミアムを利益に計上して、見掛け上の損益を0にします。
このデリバティブ商品でプレミアムの10億円以上の稼ぎが出れば、本当に損失は消えるのです。しかし、そんな美味しい商品をタダで勧めてくれるはずもなく、見込みと反対に振れて元本さえ吹き飛ぶようなリスクが大きいものを掴まされます。損失が拡大すれば、さらに数倍のレバレッジを利かせた商品(誰にも分からないほど複雑に組み上げた仕組み債など)に乗り換えて、危ない橋を渡らせられます。
もちろん外資は、手数料をガッポリ吸い上げています。結局のところ危ない商品を仲介して仲介手数料を取り、恐らく紹介手数料や指導料も取り、それでいてリスクは全く背負わないという荒技でした。
■ それでも違法はなかった
デリバティブを組み合わせた取引は別に違法ではありません。プレミアム分は利益に計上しながら、デリバティブ部分のリスクは明記しなくて良い日本の会計基準に不備があったのです。もしも不備があることを指摘して唆したのであれば、公益に反する行為として損害賠償の対象になります。したたかな外資は「当行は積極的に勧めるものではなく、1プランとして提案したものに過ぎません。御社の公認会計士とご相談の上・・・」などと逃げ口上も明記していました。また説明責任の不備を衝かれないように、英語と複雑な計算式を絡めた分厚いマニュアルを渡していたそうです。
外資はどこも同じ様なアプローチをしていたようですが、とくに目に余ったのが冒頭のCSBで、金融監督庁は事実関係の把握から立件まで6か月以上も費やしました。10年ほど前にCSBは、米国大手銀行からデリバティブのプロをヘッドハンティングし、そのプロが今回のシナリオを書いたという話です。金融に素人である日本の金融機関を手玉に取ることは簡単だったでしょう。
金融監督庁は、CSBグループの日本法人各社に検査に入り、その過程で検査妨害があったことを理由に、公益に反する行為があったと認定しました。したたかな外資にしては脇が甘く、いくつかのやばい書類をシュレッダー処理したり、ロンドンへ転送しようとしたりして、ボロを出したのでした。しかし結局のところ、相手のエラーを指摘してポイントを稼いだラッキーに過ぎません。最終的に、CSBが行った個別取引は全て合法の範囲であったと認定されました。
■ むすび
哀れを誘うのは、CSBに乗せられた金融機関です。まるまる金融の素人であることが明るみに出たばかりでなく、結局は損失を自分で被ることになりました。10年は先送りできる損失であったはずだけに、損失拡大や手数料支払いなどの追加出費で大変のようです。
金融監督庁はCSBグループの5社に対して、一定期間の営業停止や新規契約の禁止あるいは一部事業撤退を命じましたが、乗せられた金融機関サイドの責任を問いませんでした。こちらは明確な意志を持って飛ばしをしたのですが、大きな損失も被ったことだから大目に見るということなんでしょうか。
今回明るみに出た金額は6,000億円未満でした。他の外資が同様の暗躍を仕掛けているのであれば、今回の事件は氷山の一角ということに成りかねませんが、果たして大丈夫なのでしょうか。
99.08.16
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補足1
自分に責任が掛からなければ、どんなリスキーな投資でも構わないという事勿れ主義が生んだ結果なのでしょうね。しかし多くの金融機関が填められたということは、そういう風潮がどこの金融機関にもあったということです。金融機関の人間はそういう体質の人間が多いのか、そういう人間だから経営陣に加われるのか、分かりません。たぶん後者であるのでしょうが、とても不幸なことです。
99.08.16
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補足2
クレディ・スイス信託銀行が、25億円の所得を海外で計上して追徴を受けました。悪質な所得隠しと認定した東京国税局は、重加算税を含む12億円近くを追徴するそうです。
99.09.02
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補足3
CS絡みの損失先送り取引を巡り、金融監督庁は米国資産運用会社プリンストン・グローバル・マネジメント社に対する抜き打ち検査を実施しました。プ社は「新規資金不要で、決算で損失を計上せず、評価損の早期回復を図る」(毎日新聞)の触れ込みで、年率30〜70%もの高利率運用実績を提示していましたが、この実績が架空のものであり、プ社の資金繰りを支えるためのエサに使われていた疑いが濃いそうです。
プ社が集めた資金は総額1,000億円ですが、米国では徹底されたはずの分別管理が行われて居らず、顧客資産が本来の投資とは異なる目的に流用された可能性があるそうです。
99.09.05
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補足4
補足3のプリンストン債はほぼ全額焦げ付く模様です。13日には同債券を保有する上場会社の株価が大幅に急落し、決算への悪影響が懸念されています。
プ債を保有して居た企業と保有額は毎日新聞のデータに基づけば、アマダグループ(125億円),アルプス電気グループ(217億円),中電工(130億円),群栄化学工業(118億円),丸善(56億円),アサツー・ディー・ケイ(30億円),昭和飛行機工業(24億円),日本電産(20億円),加賀電子(9億円),サイゼリヤ(5億円),ダイセキ(4億円)です。95%近くが棄損しているとのことで、今期決算への悪影響が心配されます。
99.09.14
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補足5
金融監督庁は、引き続きCSBグループへの調査を続けているとのことです。犯罪を裏付ける資料は、段ボール詰めでロンドンへ送付したり、シュレッダーで処理したり、秘密金庫に隠したり、としていたそうです。とくに監督庁の抜き打ち検査を察知した上層部が、秘密金庫の存在を知らないと応えるようメールで指示していた事実も発覚しました。こうしてみると、CSBは外資にしては底の浅い犯罪に手を染めていたのですね。
CSBは投機性の高いデリバティブに手を出させる一方で、企業の財務担当者などを接待攻めにするなど際限ない交際費を使っていたそうです。これが明るみで出てくると、すでに詐欺事件と認定されたプリンストン債事件のクレスベール証券同様に、刑事責任を含めた犯罪事件に発展する可能性が出てきています。接待に根負けして籠絡された被害企業の担当者も背任・横領の罪を問われるかも知れませんね。
99.10.15
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補足6
CSBグループの取引仲介を行っていた国際証券ですが、一部業務停止など厳しい処分は見送られることに成りました。国際証券は、企業や地方金融機関へ積極的に売り込み、金融監督庁の検査の際にも妨害ほかを行ったことが指摘されていました。国際証券にCSB同様の厳しい処分が下った場合、これからの金融再編への影響拡大は必死との意見が多く、経済誌などで激しい意見交換がされていました。
金融監督庁は、業界での声を参酌する面もあったと思われますが、検査妨害がCSBほど悪辣でなく一部社員によるものだったこと、すでに自主的な一部業務停止を行っていることを勘案して、コンプアライアンス体制(要するに、社内監査機構の強化など)の徹底を求めるに留まりました。
99.11.04
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補足7
CSBグループのCSFP東京支店で支店長だった山田容疑者が、銀行法違反で逮捕されました。金融監督庁の検査を妨害する意図で、様々な工作を指示した責任者とされています。当初、責任を取って解雇されたと発表されていた山田容疑者ですが、内実は退職金相当と見られる4億円を含む10億円の払い出しを受けていたことが明らかになり、物議を醸しているそうです。
山田容疑者によれば、これまでのノルマ達成などによる「正当な報酬」の返還を受けたものであるなどと抗弁していますが、同時に自身は解雇されたと認識していないとしています。内部処分に係るCSBグループの対外発表が、虚偽であった可能性もあります。しかし多額の「飛ばし」に荷担した報酬として受け取った10億という大金は、日本を食い物にする外資の懐の大きさを表す証拠でもありますね。
99.11.04
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補足8
#Nに成りましたが、まだまだクレディ・スイスの事件は解明されないようです。山田容疑者は起訴事実を認めているようですが、法人としてのクレディ・スイス・ファイナンシャル・プロダクツ銀行は無罪の主張を続けています。弁護人によれば、起訴されるべきは山田容疑者が支店長を務めていた東京支店であって、英国本社ではないという無責任な理由です。東京支店はすでに銀行免許を取り消されていますし、山田容疑者の有罪が確定すれば、銀行法の両罰規定が適用されるのは間違いないですが・・・英国本社も必死ですね。
00.03.25
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