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経済の研究No.134 |
コーポレート・ガバナンス |
企業統治という邦訳が当てられていますが、最近ではその概念が拡がりすぎているため、そのままコーポレート・ガバナンスと呼ばれるのが一般的なようです。日本企業によるアメリカナイズ経営のキーワードの一つですが、執行役員制度や分社化、コーポレート・アイデンティティなどと同様で、単に流行を追いかけていて実体は備わっていない例が多いようです。
■ 株主を重視した経営
最大のものは株主を重視した経営へのシフトを指します。「この企業は誰のものか」という議論に始まり、これまでは社長のための企業だったものを、本来の権利者である株主のものにしようという議論に成っています。社長のための企業経営が可能であったのは、株式持合など安定株主対策の徹底によって少数株主を経営から疎外することに成功していたためです。
しかし株式含み益という幻が消滅し、経営の効率化という外圧が生じたことから、株式持合の解消が進んでいます。企業業績の低迷が株価の低下に繋がり、物言う株主が増加していることも要因です。結果として株主に目を向けない経営は許されなくなり始めています。今のようなシャンシャン総会も遠からず消滅を余儀なくされるでしょう。
具体的に株主を重視する経営とは何でしょう。社長以下取締役には、最小限の資本で最大限の利益をもたらすことを要求されます。無駄な事業を削り、不稼働資産を処分し、経営の透明性を高め、その情報を全て開示し、株主による裁定を得ることになります。今は縮小するばかりのリストラが流行ですが、果たして株主の御意に叶うものかどうか考える必要を生じています。新規事業展開についても、株主総会などで洗いざらい説明をし、株主の承認を取り付ける必要が生じます。
■ 企業統治機能の強化
取締役たち経営陣は、株主からの不信任を突きつけられると、退陣を余儀なくされます。企業に多額の損失を与えたので有れば、その損失に見合うだけの損害賠償を求められます。その場は、株主総会であったり、株主代表訴訟であったりするわけですが・・・。
退陣や損害賠償ということになれば、責任は全取締役の連帯責任になります。これまでのように社長個人に責任を被せることはできません。逆に言えば、日頃から社長など一握りの役員に権限を集中させず、取締役一人一人が経営判断を行い、他の取締役の行動を常にチェックする必要があります。チェックを怠った取締役は、連帯して責任を負わねば成りません。一部取締役の暴走を防止するとともに、株主のために一層有益な経営判断を行う機関として取締役会の重要性が高まります。これまでの追認機関ではなく、意志決定機関としての役割を求められます。
しかし取締役の人事権は代表取締役社長にあります。人事的に自立できない取締役に、無限のチェック機能を求めるのは無理です。そこで社外取締役や監査役への期待が高まります。残念ながら、社外取締役は社長と親しい人間が選任されるケースが多く、十全な機能は期待できません。監査役もその候補推薦を経営陣がしている現状では、フリーハンドな権限を揮えません。
結局のところ、取締役会の機能強化、社外取締役や監査役の地位向上などを行っていくことで、少しずつ統治機能を高めていく必要があります。そのためには株主の意識改革も求められるでしょう。
■ 本当の意味での企業統治
社内での不祥事が発覚しても、これまでは担当者の個人的な問題に矮小化し、詰め腹を切らせることで乗り切ってきました。それが可能であったのは、特定株主に再発の防止を確約し配当継続を約束して了承が得られれば、済ませられたからです。しかし株主重視となれば、事態は変わります。株主は取締役の経営能力全てを問います。不祥事を未然に防げないような統治能力しか持たない取締役は、無能の烙印を捺されることになります。不祥事の結果、企業業績が落ち込んだり企業イメージが低下するならば、株主は断固として取締役の責任を問うてきます。
文字通りの企業統治能力を、取締役は要求されます。従来型のトップダウン経営も宜しいですが、平取締役の大幅削減や執行役員制度導入による経営と執行の分離は、取締役全体の処理能力を低下させました。これに監督機能を持たせることはほとんど不可能です。したがって経営部分も執行部分も高度でない部分を分離して、権限委譲を進める必要を生じます。しかも諸問題を把握するためにボトムアップ型の提案制度の導入も求められるでしょう。
指揮系統を明確にするとともに、個々の階層から迅速かつ正確な情報を吸い上げるシステムを整備する必要があります。階層は極力シンプルなものとし、階層の数を減らすことが求められます。柔軟で小回りの利く組織作りは大企業にこそ求められます。同時に、社内の風通しも良くするべきです。個々の社員の提案や不平不満をダイレクトに取締役が受けるホットライン制度も必要です。そして取締役達や、場合によっては社員全体で共有すべき情報を、常時共有できる環境整備も必要です。
■ 東芝クレーム問題の教訓
中途半端な副社長会見で第一ラウンドを終えた東芝クレーム問題ですが、その後もネット論争や週刊誌の記事合戦が展開され、最近では企業擁護派と消費者擁護派の代理戦争にまで発展しています。一連の問題で東芝が受けた損失は、短期的には数十億円のオーダーであり、長期的には千億円を越えるかも知れないと言われています。
この巨額の損失を生んだのは誰でしょうか。少なくとも問題提起をしたT氏ではありません。T氏は消費者として当然の要求をしたのであり、その要求に応えることなくオーバーリアクションを行った社内体制にこそ責任があります。世が世なら西室社長だけでなく取締役全員の首が飛ぶところです。その理由はもちろん、取締役による企業統治能力の欠如を露呈させたからです。本来で有れば、もっと有効な手法を採用してイメージ低下を最小限に食い止め、損失も最小限に留めるべきであったのです。それを企業(というより現経営陣)の面子に拘って事態を最悪の状況まで追い込んだ責任があります。
さらに根幹には風通しの悪さが挙げられます。当初修理担当者からアフターサービス部門へ移管されたT氏の電機製品は、長期間の店晒しに遭いました。度重なる催促に対して、おざなりな修理で対応した上に、修理内容とその後の性能に関する説明義務を怠って、顧客であるT氏を怒らせました(修理に関する説明義務を怠り損害賠償を求められた裁判事件では、その義務違反により生じた損害を賠償すべきであるとの判例が出ています)。
何度か接触を試みても埒が明かないと判断したT氏は社長への直訴に及びました(この判断は欧米では当たり前です。社長は企業を代表しているため最善の対応をする義務を負います)。その直訴を察知した総務部門は、社長に報告せず苦情処理専門の部門へ転送しました。その結果、有名な暴言事件を引き起こしたわけです。社長への直訴を妨げたこと、企業イメージを損なう暴言を発したこと、この2点だけでも風通しの悪さを露呈しました。
■ 企業統治は十分だったのか
その後のホームページ開設などで、現場は状況の推移をウォッチしていました。この動きがやがて企業イメージを損なうことは明白であるにも関わらず、やはり社長には伝わっていなかったようです。おそらく取締役の大部分も問題発生さえ関知していなかったでしょう。情報を共有するシステムが整備されていなかったわけです。すでに入り口の段階であるアフターサービス部門でさえ、情報の共有がされていなかったのですから、企業統治の何たるかが理解されていなかったと断言できます。
マスメディアが相次いで取り上げたことで、取締役は事態の差し迫った危機を悟りました。それでも和解の道を探らずに強硬手段で訴えようとしました(これはT氏について誤った情報を担当者が報告したからでしょう)。その姿勢が企業イメージをもう一段下げたのは間違いありません。
社内外の弁護士達は何をしていたのでしょうか。訴訟提起まで発展させながら事態の経緯を把握して居らず、その後反響の大きさに驚いて謝罪会見となりました。しかし会見の中身は自己正当化に終始して、もう二段イメージを低下させました。T氏の不満を解消できず問題を長期化させたことも失敗です。なぜ会見のシミュレーションを行うなどして早期のイメージ回復を図らなかったのでしょうか。多くの株主も不満を感じていたでしょう。
他にも問題はあります。恐らく社内の一部の独断でしょうが、週刊文春に提灯記事を書かせたようです。ネット上でも東芝擁護の発言をさせたり、T氏の個人攻撃をさせたりしています。ネットへのアクセスを自社サーバーから行うという間抜けな社員もいたようです。その事実がネット上で知られたことで、三段イメージを低下させました。以上のように、企業統治能力の欠如がイメージ低下を拡大させ、多額の損失を生んでしまうのです。
■ むすび
今回の事件を教訓にして、東芝は企業統治を強化して欲しいと思います。それができない場合は、株主から取締役に対する責任追及が行われるでしょう。他の企業も、今回の東芝クレーム事件を他山の石として、企業統治ひいてはコーポレート・ガバナンスの整備に邁進して欲しいと思います。何もかもアメリカナイズする必要はありませんが、ガバナンス能力が企業の優劣を決める時代がやって来る以上、努力を怠らないで欲しいと思います。
99.08.28
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補足1
子会社によるココム違反事件で、東芝は社長が辞任した前例があります。子会社に対する企業統治の能力不足を認めたと言うことと、責任問題を早々と表明することでグループに対する企業イメージ低下を食い止めたということです。国際問題に発展しそうな事件であったことは事実ですが、企業イメージを意識していた点は評価されます。今回はどうなるのでしょうか。
99.09.09
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補足2
週刊文春が東芝の提灯記事を取り上げた問題で、雑誌記者が入手したという大手電機販売店「ベスト電器」の個人売買記録が流出した疑いがあります。記者によって個人攻撃されたT氏は、電機販売店に事実確認を求めたようですが、一連の問題を電機販売店は何らコメントしていません。
仮にも大手である以上は、自社の顧客データが流出したとメディアに出されれば否認や抗議をするべきだと思いますし、企業HPを運営している以上、その中で雑誌記事や記者への抗議を表明したり、事情説明したりする必要があるのではないかと思います。放置すれば、顧客データの管理もできない企業として、イメージ低下は避けられません。
すでに非公開で抗議がされているかも知れませんが、明確な行動を示して欲しいものです。
99.09.09
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補足3
日本経済新聞00/04/11の大機小機に「日本の組織とインセンティブ」というコラムが掲載されていました。日本の組織でチェック機能がうまく働かない理由は、日本の組織が「建前」で機構を組み立てており、自分自身の利益や保身といった「本音」を全く意識していないことが原因であると分析しています。
イエスマンになることにインセンティブが働いてしまい、本来の専門的・経営的能力でなく、社内政治に長ける人間ばかりが上級管理者や役員に昇進してしまうのだとか。そのため経営トップはイエスマンに取り囲まれて周囲の現実が見えなくなってしまうという考えです。
よく言い当ててあるコラムだと感じます。専門的・経営的能力を持っていても政治力のない者は昇進せず、能力がなくても巧く上司に取り入った者は昇進する。。。これでは真っ当なガバナンスができるとは言えませんね。そもそも経営トップ自身に専門的・経営的能力があるのかどうか怪しいですから・・・。
00.05.03
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