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経済の研究No.130
ゴールドは、もう輝かないか

#Nの11月頃だったでしょうか。「金の価格は今が底値です。グラフを見ればお分かりでしょう、これから上がるんです」とセールスマン氏は語りました。拓銀や山證の経営破綻が続くなか、1g1,200円台に落ち込んだ金がお買い得だと勧めに来たものでした。株式や債券の下落局面では、価格が上昇するはずの金ですから、セールスマン氏の言うように上昇するかも知れないと信じかけたのでしたが・・・
 セールスマン氏の予告通り、金価格は一時的に1,300円台を回復しました。とくに長銀危機が囁かれた1998年度前半は、高値が続きました。しかし国有化の決定と同時に下落に転じ、1999年1月には1,100円を割り、6月中旬には1,000円さえも割り込みました。一体どうしたというのでしょうか。

■ 金は資産でなくなった
 通貨制度が始まって数千年、その通貨の価値は金を基準にしてきました(第72回通貨のはなし」を参照)。近世でも金本位制に基づく通貨発行が常識でしたので、金は通貨よりも安全な資産でありました。国が信用を失うと通貨は価値を失いますが、金は万国共通で色褪せませんでしたから。
$「紀の初頭に世界初の金本位制を導入した近世国家は、英国でした。世界貿易で貯め込んだ莫大な金を背景にして、信用あるポンド通貨を発行してきたのです。しかし、1971年に米国が金本位制からの離脱を宣言(ニクソン・ショック)し、その後各国が金本位制を放棄しました。それでも米国は世界一の金保有国(8,138トン:1998年)です。以下、独(3,469トン),IMF(3,217トン),仏(3,025トン),スイス(2,590トン),伊(2,452トン)と続きます。ちなみに日本は754トンです。
 今回の下落の引き金は、英国大蔵省による金売却発表でした。中央銀行であるイングランド銀行の保有する715トンの金のうち415トンを売却するという計画でした。この発表だけで国際的に2%を越える価格下落が生じました。しかし英国が売却した金はたった25トンでした。年内に5回のオークションを実施して125トンの売却を行うものの、わざわざ市場にインパクトを与えた下落相場のなかで売ろうとする姿勢に、疑問を感じます。
#Nにベルギーが202トンを売却したのを皮切りに、オランダ・オーストラリア・アルゼンチン・カナダの各中央銀行が売却に踏み切り、すでに2,000トンも保有量を減らしています。さらにスイスが保有金売却の国民投票を実施して1,300トンの売却の承認を受けています。IMFも最貧国救済のため保有金を売却すると発表しました。
 金保有を続ける国は、ただ続けるだけで日に日に資産価値が減少するという憂き目にあっています。もちろん日本はその一つで、わずか半年で30%近くも資産価値が減少した形になりました。含み損さえ生み始めた金は、もはや資産価値を失ったのでしょうか。

■ 作られた相場?
 しかし疑問を感じます。なぜ英国は派手に売却を宣言したのでしょうか。1998年に世界で産出された金は2,555トンです。そのわずか1%の売出のために相場を下げる必要があったのかどうか、です。もはや金は商品先物取引の1商品に成り下がったとも言われます。いずこかの金融シンジケートと手を結んで、派手なインパクトを加えた相場を演出したと見ることができるかも知れません。
 金の商品先物に積極的に食らいついているのは、米国ヘッジファンドです。ニューヨーク商品取引所での金の売り越しは260トンで、相対取引を含めると500〜600トンの残高があるそうです(週刊ダイヤモンド99/07/17)。これは潜在的な需要ですから、英国が415トン全部放出しても買い手がある計算になります。
 オークションによる最初の25トンは、相場水準で無事に売れたそうです。体裁こそオークションですが、日本円の時価換算で250億円もの金を買う買い手がいたのです。これがヘッジファンドだと見れば辻褄が合うでしょう。英国は効率よく保有金を処分したいが受け手がいないと困る、ヘッジファンドは利ざやが一定量補償されるなら買っても良い、ということなんでしょうね。相場は作られたのだと思います。

■ 今後はどうなるのか?
 読者の方はご存じでしょうが、私は相場師でも何でもありません。したがって値動きを予想するものではありません。分析するだけです。
 保有量が世界最大の米国は、手を拱いていません。何しろ日本の10倍以上の含み損を抱える米国は、これ以上の下落を食い止めるのに必死です。まずIMFに売却の見送りを要望し、スイスにも相場の安定化へ協力を要請しているそうです。
 何しろ、米国は世界第2位の金産出国でもあります。技術革新を進めた米国の産出コストは257ドル(1トロイオンス当たり)であり、現在の300ドルを割り込む相場水準では赤字に転じる鉱山が増加する懸念があります。巨額な閉山コストと再開コストを考慮すると、赤字に転じても継続的に産出せざるを得ないそうです。したがって、米国が相場の下支えに動くのは間違いないようです。
 ちなみに他の産出国のコストは、第1位の南ア273ドル、第3位のオーストラリア261ドル、第4位のカナダ267ドルだそうで、米国よりも危機的状況にあります(数字は「ゴールド・サーベイ1999」調べ)。これら大口産出国が年間売却量を絞ってくれば相場の下落は食い止められるかも知れません。
 ところが売却したがっている国の多くは、非産出国です。とくにヨーロッパの各国政府が売却を進めているのは、欧州中央銀行構想への参加条件である財政赤字圧縮のため、不稼働資産である金売却が最優先課題なのだそうです。その売却を止めさせるよりも、産出国が売却相当分を吸収する方が現実的でしょう。米国以下が政治的圧力だけで相場を支えるのは困難だと思われます。

■ 金はどれだけ出るか
#N12月にソ連アフガニスタン侵攻が始まりました。再び東西緊張が高まり金への資産シフトが進んだ結果、平均200ドルだった金価格は、1980年1月にピークの888ドルを記録しました。
#N当時の金産出量は1,281トンで、そのうち南アが675トンで過半数を制していました。当時ソ連と中国で316トンでしたので、西側では南アのシェアが8割を越えていました。しかし価格急騰により産出コストがペイする鉱山が増加し、米国・オーストラリア・カナダ・ブラジルなどが大口産出国に名を連ねるようになりました。産出国が増えた結果、産出技術や探鉱技術が飛躍的に向上したものです。
 一方の南アでは、年々産出量が減少しています。黒人労働者の地位向上などを求めるゼネストなどの影響で産出コストが急騰し、1998年には474トンです。ちなみに米国364トン,オーストラリア313トン,CIS242トン(うちロシアは127トン),カナダ164トン,中国161トン,インドネシア139トンなどと成っています。
 現在のペースでは、2005年にも年間3,000トンの産出になると見込まれています。金価格の急落で相次いで閉山に追い込まれれば別ですが、価格が上昇に転じればほぼ確実に達成されるでしょう。一方の需要では、ハイテク分野を除く需要(全体の75%が宝飾品向けです)が大幅に落ち込んでいます。どう考えても供給過剰でしょう。何より各国中央銀行に死蔵されてくれる方が好ましいのですが、こう値崩れするようなら次々に売り物が出てきそうです。

■ むすび
 しかし、金価格の下落で儲けるのがヘッジファンドだとすると、笑うに笑えませんね。金が商品先物の1商品に成り下がったというのは本当かも知れません。金のチャームポイントは、その重量感と、その良導電性と、その輝きです。輝きを失いつつあるゴールドに輝きを取り戻す方法は、需給のバランスを取ることと、ヘッジファンドの玩具にさせないことです。仕方がないから、今月から純金積立でも始めてみようかなぁ。

99.08.14

補足1
 トロイオンスというのは金の取引単位です。約31gに相当し、国際市場ではドル/トロイオンスベースが基本だということです。日本の場合は円/グラムベースが基本ですが、一国だけ独自単位というのも分かりにくいですね。
 8月13日現在、金商品相場では1トロイオンス当たり260ドル65セントで、本文中にあるように、主要産出国は軒並み原価割れの状況であります。閉山が進むと競争力がついて価格は上昇に転じますが、我慢比べのようなものですから。

99.08.14

補足2
 その後も金相場の下落は続いています。ついに1トロイオンス当たり250ドル台へ突入しています。同時に生じた円高の影響もあって、国内では1グラム当たり900円を割り込みました。

99.08.29

補足3
 最大の懸案だったIMF保有が保有する金の売却先について、日本銀行などG7の中央銀行を念頭に置き、市場での売却は見送る公算が大きいという話です。IMFの簿価は1トロイオンス当たり46ドルと超低水準で、250ドルで売却しても多額の売却益が得られる模様です。
 IMFは以前から多額の債務を抱えていましたが、基礎資産である保有金に手を着けていませんでした。今回の決断は債務削減に一定の目途を着けるためやむを得ず実施するが、米国始め産出国の抵抗は依然として大きそうです。しかし産出国の意向で売却計画が歪められるとIMFの財務体質の一層悪化が見込まれ、世界の国鉄清算事業団化する危険もあるだけに、外圧をはね除けて売却して欲しいところです。

99.09.05

補足4
 G7では金の資産としての価値が再確認され、主要国による継続的購入などが意図されました。この結果、多くの鉱山で採算割れの水準にあった金相場が大きく切り返し、ついに1トロイオンス当たり300ドルを超えるまでになりました。一日に17ドル、26ドルなどという異常な値上がりが続いており、相場過熱感から株式相場が崩れるなどの変調が出ています。
 この大幅な動きは、単なる買い戻しというよりも、ヘッジファンドなどを中心とした商品先物の売り手仕舞いと見るのが妥当と思われます。英国による不透明な売却発表などを使って、ヘッジファンドが売り崩していたことが、金相場の異常なまでの下落を誘っていたのかも知れません。そうすると、目論見を外して崩れるファンドも出てくるかも知れませんね。

99.09.29

補足5
 金を使ったヘッジファンドの手口が新聞で紹介されました。
 中央銀行が本来金庫にしまっておくはずの保有金をリース(貸出)していたそうです。株式で言えば機関投資家による貸株のようなもので、金利だけでも稼ぎたいというところです。貸株同様に、貸した相手によって市場価値を下げられて、中央銀行は多額の含み損を強いられました。今回の反騰は中央銀行がリースを止めたことが要因だということです。
 ヘッジファンドは金先物で売りを立て、リースを受けた大量の金を市場売却して値を崩します。崩した分だけ利益になり、同時に市場で買い戻す金価格も安い、ということです。もちろんファンド以外のプレーヤーが多く、プレーヤー達が事情を知らないまま弱気を続けていること・・・が前提です。
 またリースを受けた金は、そのまま担保として銀行に預けて運用資金に使えました(掛け目が高く金利も安い)。中央銀行に支払う利子は年率1〜2%で済み、自己資金だけに比べて巨額の資金を銀行から引き出せた、ということです。ひそかに中央銀行がヘッジファンドの片棒を担いでいたわけです。
 リース市場が干上がったことで、ヘッジファンドは慌てて金の買い戻しが必要になり必ずしも儲けていないのだとか。これに巻き込まれたのは、商品先物に参入していた個人投資家や総合商社です。とくに国内では事情が分からず急速な手仕舞いが入って混乱したと言うことです。ちなみに東京工業品取引所では3日連続のストップ高に成り、大きく賑わいました。
 しかし、主要国の協調介入を仕掛けた大物ヘッジファンドがあって、彼(って書くと分かってしまいますね)だけが儲けたとかどうとか。色々ありますね、相場は。

99.10.11

補足6
#N9月17日に917円の安値を付けたゴールド小売価格は、2002年2月28日に1,336円まで回復しました。ようやくカーブが回復したこともあり、またまた金価格が安いという論を展開している雑誌記事を見掛けるようになりました。その論拠は、1980年1月21日に6,495円を付けたという点。過去30年ほどのトレンドを示し、「ほら安値圏でしょう」という説明をします。
 しかし1980年当時とでは、国際通貨の位置づけが変わっており、金融危機に備えた投資、工業需要に期待した投資、というのはあり得ません。むしろヘッジファンドなどに玩具にされた相場が、ようやく切り返してきたというだけで、回復には限度があります。価格に開きがあるとはいえ、海外も同じトレンドを示しており、「日本のペイオフ導入に備えて云々」というのは、全く意味のない後付理由でしょう。

02.03.10

補足7
 金の小売価格が短期的に急騰し、数年ぶりの高値を回復しているようです。2月3日の国際金価格は1トロイオンス370ドルを記録し、およそ6年ぶりの高値圏。国内価格は1グラム1,539円で10年半ぶりの高値圏(ただし、1996〜97年に同水準あり)です。イラク情勢やドル信用低下が引き金とされていますが、現物ばかりでもなく投機資金も相当流入している模様です。どこまで高値圏を維持できるのか、興味があります。

03.02.04
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