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経済の研究No.91 |
借金踏み倒しの債務放棄 |
近頃、銀行による債権放棄の話題で盛り上がっています。「○○銀行は、大手ゼネコン○○の債権放棄に応じるらしい」と報道されると、噂のゼネコンの株価がぐ〜んと上がる、変な現象が流行しています。正式に債権放棄を認めてしまうと、銀行の株価は下がるのでしょうが、冷静に考えてみましょう。近頃のマスメディアの扱いは異常だと思います。債権放棄と言えば銀行が施す恩恵のことですが、債務者側が「いくらの債務を免除して欲しい」と言っているのですから債務放棄の要請が正しいのではないでしょうか。平たく言えば「借金踏み倒しの公言」でありますが・・・。
■ 債権放棄には背任の疑いがある
何となく今の世論は作られているような気がします。そもそも債権放棄は明るいニュースなのでしょうか。貸し手が債権放棄をするということは、借り手に返済能力がないということです。本来なら破産手続を始めるべき企業を存続させるために、仕方なく債権放棄に応じるわけです。
しかし一般的な会社更生手続とは違って、借り手企業の株主責任は問われていません。資本金は全額(あるいは大部分)減資して、新たに銀行の全額出資(あるいは50%以上の増資)を受けるのが筋ではないかと思います。完全子会社の債権を放棄するのなら理解できる話ですが、単なるグループ企業や単なる主要取引先企業という理由だけで債権放棄に応じるのは理解できない話です。
銀行管理で再建される企業ならば、いずれ売却か株式の再公開で、債権放棄分の損失を回収できます。しかし単なるグループ企業であれば、再建した場合の利益は株主の利益に成るだけで、銀行は持株相当分の利益しか得られません。当然ながら債権放棄分に見合うだけの資金は回収できません。また債権放棄に応じた場合は、その後も新規に資金供与をして当該企業を支える義務を負います。再建に失敗した場合のリスクは銀行が一方的に負うことになります。そんな決定を株主総会にも図らずに受け入れるならば、銀行の経営陣は自らの株主から背任罪で告訴されることになります。どう考えても借りて企業の株主責任を問うのが先だと考えます。
■ 債権放棄のお膳立ては、揃えられてしまった
しかし政府主導で債権放棄のお膳立てが進んでしまいました。これまでは大きすぎて潰せなかったゼネコンですが、銀行が公的資金による資本注入を受けられるようになったお陰で、潰せるようになりました。手っ取り早く損金処理をして身軽になれる環境が整ったわけです。金融再生委員会・金融監督庁も不良債権の処理を前倒しするよう圧力を掛けているので、本来なら迷わず会社更生法への「ウルトラC発動」(第8回を参照)のはずですが・・・そこへ政治的な圧力が掛かっているのでしょう。
今回の公的資金注入は貸し渋りの解消を前提としながら、その貸し渋りは一向に改善しません。銀行の一方的な救済との批判を交わすためには、ゼネコンの間接的救済も求められているというところでしょう。会社更生法適用や自己破産に追いつめるなら、債権放棄とは違って不可抗力を主張できます。しかも追加の資金負担も必要ありませんが、大量の失業者が出るのは避けられず、自己のリストラさえ充分でないと指弾されている銀行への風当たりは一層強くなります。あるいは公的資金の注入が計画通りに行われない可能性さえあります。やむなく債権放棄に応じることになったのが実態だと考えます。
また債権放棄の場合は、とりあえずの損金が少なくて済みます。とくに無担保融資の比率も高く、有担保融資の多くも担保割れの現状では、全額踏み倒されるよりは、一部でも残った方が得策という考えが働いているはずです。また長銀の例を見るまでもなく、ゼネコンのメインバンクが、他の融資行に対して多額の「債務保証予約」(第60回を参照)を出している可能性は高いのです。うっかり破綻させると債権全額肩代わりさせられる危険があります。保証予約はヤミ保証ですから、債権放棄になれば他の融資行も表だって肩代わりを主張できない弱みがあります。結局はメインバンクの自己防衛のために債権放棄に応じるのでありましょう。
■ 形式だけ債務放棄の要請
とどのつまり、銀行サイドから債権放棄は言い出せません。あくまでも「ゼネコンに再建計画を提出させ、必要な債務カットの金額を算出させた上で、やむなく債権放棄に応じる」というスタンスを示すつもりのようです。そうでないならば、債務者であるゼネコン側が具体的な数字を出せる理由が見つかりません。メインバンクが多額の債権放棄の金額を示した上で、他の融資行にも応分の負担を求める以上、債権放棄は銀行サイドの書いたシナリオであります。市場でもそう見ているからこそ、具体的な債務放棄の要請が出た時点で株価が急騰することに成っているはずです。
あとは旧役員も含めた双方の経営陣の責任が問う必要があります。結局は作られたシナリオ通りに演じて、経営陣は責任を回避しようという魂胆なのでしょう。現在、銀行が債権放棄に応じなくてはいけない理由は、明らかに銀行の経営陣の責めに帰すことです。担保掛け目を高めに設定し、不動産・建設業への融資を積極的に拡大し、なおかつ今まで不良債権を隠蔽し続けてきた責任を問わなくてはいけません。ゼネコンが保有する担保割れ不動産には、銀行や政治家の紹介案件が多く含まれているはずです。それを受け入れてしまったゼネコンの経営陣にも責任がありますが、強制された方よりも強制した方の責任は重いのです。
■ 問うべきは経営陣の経営責任
債権放棄を求めなくては企業が立ち行かなくなるようにしたゼネコンの経営陣も、債権放棄というきれい事で責任問題を回避しようとする銀行の経営陣(やはり旧役員の責任の方がずっと重いのです)も、責任を明確に果たすべきです。それは単なる辞職ではなく、金額的には全く足りませんが、私財提供による個人賠償という形が必要です。
そして不透明取引により生じた不良債権については、その経緯と実態を明かにし関係者の名前と罪状を公開するべきです。銀行の株主が集まって、経営陣の責任追及と情報開示を求めて下さることに期待します。また、ゼネコンの株主も立ち上がって欲しいところです。「債務放棄を受けられて助かった」などと言わずに、信用を失墜させた責任と、バブル以降業績を低迷させた責任を問い、やはり経営陣の責任追及と情報開示を求めて欲しいと思います。
今ここで全ての膿を吐き出さなくては、いずれ同じ過ちを繰り返すでしょう。次回の破綻の際には、国際会計基準の導入が進むこともあり、債務放棄という甘い選択肢は無くなるはずです。そうなれば破綻企業は淘汰されることに成ります。同じ過ちを繰り返さぬよう、銀行並びにゼネコンの社員の方々の活躍にも期待しております。
99.01.27
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補足1
これまでのところ、長谷工・フジタ・青木建設・藤和不動産・殖産住宅・・・と株価が額面を割り込んだ企業による債務放棄の要請が続いています。いずれも1,000億円や2,000億円という巨額です。中小企業に対して同額の債権放棄や金利減免が行われれば、一体どれだけの企業が救われるのか・・・と思いますが、救われるのは大手企業ばかりです。ゼネコンばかり甘やかす構造にも、これから批判が集中するかも知れません。本来は債権を一時棚上げして、業績が回復しなければ改めて債務カットなどに応じるのが筋ではないかと思います。バランスシートを綺麗にしたいという理由だけでは、大企業優遇との批判を交わすことができないでしょう。
99.01.27
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補足2
本文中で「債務放棄の申請」と書いている点について、最近の新聞では「債務免除の要請」と書かれていると、読者の方から指摘がありました。一応、ご報告しておきます。
99.01.31
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補足3
経団連と全国銀行協会連合会は、過剰債務の軽減策として「債務株式化構想」を提唱し、協議に入っているそうです。無制限な債務免除に歯止めを掛けつつ、債務を圧縮するには、債権を株式に転換するのが良いという結論のようです。メリットは、本文中に上げたように将来的に回収の余地を残せることですが、銀行のB/S上には不安定な(流動)資産として計上されるデメリットがあります。不良債権を損金処理できないことなど切実な問題も多くあります。その他、メインバンクの持株比率が過半数を超えるなどの事例も出そうで、銀行による産業支配が進むことも懸念されています。
たとえば、現在メインバンク以外にも定率の債権放棄を求めて交渉が難航することが多い再建計画に関して、メインバンクは債権放棄を実施し、他行は債権放棄に代えて定率債権を株式化することとすれば、債務圧縮策への同意を得やすくなる利点があります。株主構成を変えることで、その後の支援体制を固めることも期待されます。
99.04.06
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補足4
#N三月期の復配企業が59社に達するそうです。そのうち9社がゼネコンです。日本経済新聞には企業名が明記されていませんが、債務放棄を受けた企業ではないのでしょうね。いずれにせよ、ゼネコン救済のために無理な公共事業を立ち上げている中で、復配に回しているゼネコンとはどういう考えなのでしょう?
一例として上がっている五洋建設は、1999年3月期に大幅赤字を計上したものの、一段落したとして2000年には復配するスタンスです。儲かっているなら、赤字ゼネコンに仕事を譲ってやりなさい。本来は棄損した株主資本を修復するべきですのに・・・。
00.01.08
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補足5
流通系企業の債権放棄の要請が相次いでいます。不動産で大穴を開けてしまったセゾングループ、無謀な多店舗展開を強行したそごう・・・破綻した長崎屋。依然として安易な債権放棄が後を絶ちません。民事再生法が成立したこともあり、もはや債権放棄ではなく自主更生への途も開かれました。経営責任を覆い隠すような債権放棄の要請は止めるべきだと思います。
日本経済新聞00/04/20号の大機小機に「銀行と債権放棄」と題したコラムが掲載されました。債権放棄の罪は3つあるようです。第一に、銀行が自ら信用力を弱めることになった。第二に、日本でも貸して責任が問われるべきなので問われていない。第三に、不採算部門の閉鎖や雇用調整のリストラが倒産に比べると徹底されていない。
結果的に債権放棄は世論と社会要請という形で押し切られましたが、銀行にも企業にも投資家にも甘えを残しただけのようです。そのツケは公的資金という名の税金や、タダ同然の預金金利という形で国民にしわ寄せされましたが・・・。
00.05.05
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補足6
トヨタ自動車会長である日経連の奥田会長は、昨今の債権放棄要請と受け入れのあり方について、「どんどんモラルハザードにつながる」と不快感を示し、「銀行は安い金利で資金を取り込んで業務純益を稼ぎ、大型の債権放棄に応じている」「借り手側はもちろんだが、銀行も損失を出せば責任問題になる」などと発言したそうです。たしかにゼネコンや流通グループの債権放棄は虫が良すぎる印象ですが、財界トップの発言だけに重みがあります。
00.06.24
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補足7
金融当局は、いつまで経っても終わらない銀行の不良債権問題を決着させるために、直接償却(オフバランス)を推進しようとしています。直接償却と言っても融資企業が法的整理に入るわけではないため、債権放棄の拡大に繋がるものと思われます。モラルハザードをどう回避するか、が焦点に成っています。
当局は日本版INSOLというのを業界で制定することを求めていると言います。日本経済新聞2001/04/12朝刊記事によれば、INSOLとは、インターナショナル・フェデレーション・オブ・インソルベンシー・プロフェッショナルの略で、会計士や弁護士など企業整理専門家の国際機関であるそうです。INSOLは2000年10月に経営不振企業の私的整理を行う場合の8原則を発表したそうで、当局はそれの日本版が欲しいというところでしょう。 詳細は上記新聞記事を参照して頂きたいのですが、調整委員会形式での第三者機関による透明手続き、債権者による債務者の不当な権利侵害禁止、債権者の抜け駆け回収の禁止、再建計画策定中の新規融資の優先返済など法的整理並みの条件が示されています。
01.04.21
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補足8
依然として不良債権は処理できず、大手ゼネコンや大手流通で再度の債権放棄の必要性が論じられています。ここ6年間の債権放棄額は、債務免除益ベースで3.2兆円にも達しており、公正な企業融資では無くなっています。
大口では、1997年の飛島建設(6,400億円:ただし債務保証分)、1999年の長谷工(3,546億円)・青木建設(2,049億円)・東京シティファイナンス(2,029億円)、兼松(1,550億円)、2000年の熊谷組(4,300億円)・トーメン(2,190億円)、2001年の三井建設(1,420億円)などと成っています。このうち再建効果が見えてきたのは、兼松だけです。債権放棄を受けながら倒産・解散した企業もあります。
全国銀行協会や経団連は、債権放棄の基準作りを進めていますが、その要件が厳しくなるとのことで話題になっています。具体的には、経営者は原則退任、3年以内の経常黒字実現と債務超過解消(増資含む)、株主責任としての減資、第三者(弁護士等)のチェック、とあります。とくに3年以内の形状黒字実現が高いハードルだと言われています。
銀行側は債権放棄のカードを保持したいようですが、経団連が積極的に基準作りを進めているそうです。民事再生法に比べても厳しく、結果的には民事再生法適用に踏みきらせて透明性を高める狙いがありそうです。
01.06.30
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