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経済の研究No.89
信託銀行大再編の幕開け

 信託銀行が存亡の淵に立たされています。本業の信託業務で利益が計上できなくなり、保有株式の含み損失の処理に喘いでいます。先には安田信託銀行が法人部門の譲渡と引き替えに再建を目指しており、北海道拓殖銀行の本州支店を譲渡された中央信託銀行は併営業務が多い割には資金力不足で先行きが明るくありません。日本信託銀行は東京三菱銀行の傘下にあって再建途上中です。そして三井信託銀行(以下、三井信託)が破綻・・・との噂が流布されていました。

■ 追いつめられた三井信託銀行
 三井信託は、三井グループの年金運用を始めとして豊富な資金を持ちながら業界順位では三位に甘んじ、収益力ではさらに水を開けられています。その理由はいくつか挙げられていますが、最大のものは近代化されていない経営スタイルにあります。店舗を巡ってみると分かりますが、店内には旧時代的な雰囲気が醸されており、行員も何となくおっとりしています。よく言えば上品、悪く言えばとろい、というスタイルを感じさせます。
 その三井信託が思い切った自己改革に取り組んでいます。第一に海外事業からの全面撤退、証券子会社の整理でした。もともと不良債権引当率は99.3%(1998年9月末)と業界首位にあり(それ故に公開されていない不良債権がさらに沢山あると言われるのですが・・・)、不良債権の処理に目処は付いていたのですが、3.623億円(同)と言われる有価証券含み損が大きな負担となり、収益の改善は一向に進みませんでした。有価証券の損切りをしようにも、その原資がないという状況でした。どれほど厳しいのかと言えば、わずか300億円しか融資していなかったゼネコン、日本国土開発を救済できなかったことからも明かです。三井信託がメーンだったゼネコンは一社であったにも関わらず、です。
 しかし、いつまでも株式市場の自然回復を待ち続けることは市場が許しませんでした。三井信託は保有株式を「4年」で半減させると悠長なことを言っていましたが、その前に国際会計基準(ISA)の導入が先に来るため、遠からず破綻すると見られました。結果として、1月14日には株価が100円を割り込み、「15日からの三連休で国有化宣言が出る」などと風説を撒かれました。

■ 決断した三井信託銀行
 これには一つの事件があります。自己資本比率の算定方法では、信託銀行に特例が適用されていましたが、金融監督庁が特例を廃止すると宣言(1月9日)し、さらに大手金融機関の不良債権の開示基準を統一すると要求(1月10日)しました。このため、いち早く株式評価損を処理する必要に迫られたわけです。しかも不良銀行への資本注入は難しくなるとも宣告されていました。選択肢としては三井グループに対して増資の要請をする方法がありました。大株主には、三井生命保険,三井不動産,さくら銀行,トヨタ自動車,東レ,三井海上火災保険,三井物産、王子製紙・・・と名を連ねていますが、これらは先日、さくら銀行の増資に応じたばかりです(第86回さくら銀行の増資問題」を参照)。そして当のさくら銀行にさえ増資に応じる体力はありませんでした。また、さくら銀行との合併で信託併営銀行・・・の選択肢もありましたが、さくら銀行に応じる体力が無いのが実状です。
 そこで三井信託は意表をつく選択を決断しました。中立系の中央信託銀行との合併です。1月19日15時前、三井信託と中央信託は大株主に対して両行の合併を打診し、夕方正式発表に及びました。その発表自身でも大きな衝撃を与えましたが、さらに中身がものすごいものでした。まず、存続会社は中央信託、社長も中央信託、合併比率は中央信託0.3:三井信託1(つまり三井信託株10,000株が中央信託3,000株と引き替えになります)ということです。日本で最も歴史が古く、株式の代表銘柄である01銘柄(コードは8401)であり、資金量も三倍近くあり、親密取引企業も圧倒的に優位にある三井信託が、完全に中央信託の軍門に下る格好となるからです(店舗数は中央信託の方が多い)。
 しかし中央信託には破談歴があるだけに、そこまでの好条件を提示する必要があったと思われます。ぼやぼやしていると他行にさらわれる可能性がありますから。

■ 慌てた下位行
 寝耳に水・・・三井信託のウルトラCは下位行に大きな衝撃を与えました。三井信託と中央信託が合併すれば資金量で業界首位となります。証券代行で首位にある中央信託と、企業年金で優良企業を抱えている三井信託の合併です。拓銀・山一證券のスタッフを多数抱えながら資金運用の機会を得なかった中央信託と、資金力がありながら効率運用のできなかった三井信託が合併するのです。相乗効果で、スーパー信託に大化けする可能性が大きいのは確実です。とくに下位行が慌てるのは当然のことです。
 翌20日朝、安田信託銀行は第三者割当増資を行って富士銀行の子会社化すると発表しました。同日夕、東洋信託銀行は三和銀行と全面提携をすると発表しました。残る日本信託銀行は再建中のため、格別の発表はありませんでした。現状では上位行の三菱信託銀行と住友信託銀行は静観していました。これで中立系信託銀行が消滅することもあり、今後の信託銀行の再編は、普通銀行との合併へとシフトするものと思われます。
 最も有力なのは安田信託銀行と富士銀行の純血合併です。第84回安田信託銀行の苦悩」で述べたように、株式消却益の期待やグループ株式の売却などが期待できるだけに可能性が最も大きいといえます。今回は第三者割当増資を発表しましたが、これは実現可能性が低いため、暫定発表だと見ています。おそらく水面下での調整が続いていることと思います。

■ 果たして実現するのか?
 中央信託銀行は日債銀の救済合併を蹴飛ばした前科があります。拓銀の店舗と人材の宥和を図るために時間が必要だ、という理由であっただけに筋の通らない話ではあります。しかも国有化日債銀の最有力受け皿であることは変わっていません。いくら好条件とはいえ、本当に実現するかどうかは微妙です。20日の株式市場では、中央信託の株価は値下がりして470円(前日比46円安)、三井信託の株価は値上がりしたものの崩れて115円(同11円高)でした。合併比率から見て、三井信託は140円を付けてもおかしくない場面でしたが、全く届きませんでした。
 合併予定日が2000年4月とずいぶん先であること、三井信託の主要株主が果たして今の合併比率で納得するのかどうか分からない(つまり株主総会で承認されないかも知れない)こと、などが理由です。とりあえず市場の攻撃を回避し、公的資金の注入を低利で受けることが狙いではないかと見られているのです。三井信託にとって見れば、株式市況さえ好転すれば危機は回避されるわけですし、中央信託にとっても三井色に染まることで証券代行業務が減ることを懸念している可能性があります。
 ポン太としては、両行の合併には大いに賛成です。できれば長銀と日債銀も引き受けて金融再編の核に育って欲しいとも考えています。しかし金融関係者の考えはどうでしょうか。

99.01.20

補足1
 本文中、安田信託の第三者割当増資が難しいと書いた理由を述べます。富士銀行の現在の持株比率は16.8%(2.6億株)です。子会社にするには、あと33.2%引き上げる必要がありますが、その場合は7.1億株の割当を受けることになります。仮に100円で引き受けても710億円ですが、97年にグループ各社に250円で引き受けさせた手前、そんな自分勝手はできないでしょう。仮に700億円で済んだとしても富士銀行には受けられない負担です。
 実際問題からすると、他の大株主から譲渡を受ける方法が現実的ですが、前述のように1株250円以下では譲って貰えないでしょう。33,2%には5億株程度必要ですから、250円であればは1250億円です。1月20日の終値は83円ですが、富士銀が市場で買い付け始めれば高騰するのは間違いありませんし、浮動株は11.8%しかありません。結局は子会社化は夢物語です。

99.01.20

補足2
 このまま合併した場合、筆頭株主は名古屋鉄道、第二位株主は日本証券代行になります。そしてトヨタ自動車が第三位株主に躍り出てきます(現在は第6位。千代田火災海上の持ち分を合わせると筆頭になります)。トヨタ銀行が現実になり、面白い展開になりそうです。ちなみ第四位は東海銀・第一勧業銀・日本興業銀で、やや下がってさくら銀となります。

99.01.20

補足3
%の日本工業新聞が、住友信託銀行と大和銀行が合併交渉中と発表しましたが、住友信託銀行サイドは否定しました。大和銀行と住友銀行の合併は破談になりましたが、信託となら可能なのでしょうか?住友信託にも長銀との破談があっただけに・・・難しいような気もします。しばらく、いろいろな風説が飛び交うかも知れませんね。

99.01.21

補足4
 補足3を書いたばかりなのに新しい噂がありました。東海銀とあさひ銀と大和銀の三行が連合するという噂が出されています。それぞれ東海・関東・近畿のリージョナル銀行を目指しており、連合のメリットが大きいことは言われていました。ただし大和銀の問題は信託併営銀行であることです。この場合デメリットの方が大きいと言われ、分離して売却するのが無難な線のようです。
 ところで相次ぐ提携発表は、金融再生委員会の圧力によるものと観測されていますが、具体的な合併先まで提示している可能性があると言われています。次回か次々回で検証してみたいと思います。

99.01.21

補足5
 補足1に書いた安田信託の子会社化ですが、詳報が出ました。富士銀行は合併を検討していましたが、金融監督庁の強い希望により子会社化を行うそうです。合併回避の理由は分かりませんが、合併により膨らむ有価証券含み損の問題ほかでしょうか。具体的な手法としては、富士銀行が公的資金を積み増し申請して、そこから第三者割当増資の引受資金を調達する模様です。富士銀行は3月末を目処にすると言っています。また安田信託銀行は、そのような事情により1,500億円申請する予定だった公的資金の注入を見送ることに決めたそうです。

99.01.25

補足6
 普通銀行による信託銀行の併営などが議論されている中で、信託銀行固有の業務に関して、注目が集まっています。企業向け融資や貸付信託など商業銀行として収益業務が大幅に減少している中で、新しい収益源を模索しつつ、軸足のシフトを検討しているようです。遺言信託は近年延びを見せており、不動産仲介や年金受託も順調であるとされます。不動産では証券化が収益の柱に成長する可能性があり、証券管理なども大きくする方向だと言います。
 系列の都銀との連携により、受託規模を拡大しつつ量より質の向上を図っていくことが、当面の目標ということに成るのでしょう。米国のステート・ストリート銀行は、有価証券の管理・運用に特化することで600兆円の資金を受託し、その手数料だけで収益の7割以上を稼ぎ出しているとのことです。日本の信託銀行はまだまだですが、努力し続けなくては、淘汰されるばかりです。

01.01.20
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