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経済の研究No.54
長子相続 と 大政奉還

 経済の研究には相応しくないタイトルですね。これまで同族経営のメリットとデメリットが言い尽くされてきました。しかし同族経営そのものは、社長と会長が同族、社長と副社長が同族である程度ならば信頼で結ばれた相互補完が期待できますし、一方が親や長兄であれば纏まりのある執行部が確立できます。しかし、取締役の過半数が同族というのは明かな企業の私物化であり、一定規模以上の企業では許されないことです。内部でさえ公私のケジメが付けられない企業には、株式上場や外部資金調達の資格はありません。また社員のモラール面からも望ましくありません。
 同族経営のデメリットで最大のモノは社長職の世襲にあると考えています。先代の息子であるというだけで社長に就任したり、経営手腕のある非同族社長が現職に在るのにオーナー一族の御曹司に禅譲したり、というおかしな世襲制度が残っています。前者を長子相続、後者を大政奉還などと言います。社長職の世襲が行われるとほとんどの企業では健全さが失われてしまいます。役員達にとっては忠誠を誓う対象として御曹司が望ましいのかも知れませんが、社員達にとっては全く有り難い話ではありません。

 流通の研究で具体名を挙げていますが、これまでに長子相続や大政奉還が行われて社業が傾いた大手企業が多数あります。書籍出版大手のK、名門ゼネコンのT、メジャーマスコミのS、大手製紙のD、最近では名門商社のO、精密機械のM、と随分ありますね。また近々長子相続や大政奉還が行われるのではないかと言われ、不安感が拡がっている企業もあります。逆に最近元気がある自動車のH、電機大手のSなどは同族経営を否定しており、製薬大手のTでは世襲の現社長が長子相続は行わないと宣言して急成長しています。オーナーの存在は否定しませんが、そのオーナーが社長を世襲することに問題があると思うのです。かつて四大財閥と言われたところではオーナーは世襲でしたが、経営は有能な番頭に舵取りを委ねて成功しました。彼等は自らが経営を行うよりも番頭に代行させた方が効率的な経営ができることを知っていたのです。もちろん勉強のために系列会社に子弟を送り込むことはありましたが、あくまで現場経験を積ませることが狙いでした。必要とあれば有能な番頭を閨閥に取り込むこともありましたが。

 製造業でも、流通業でも、何故か経営学のみを学んできた御曹司が多いです。製造業の基本は技術、流通業の基本はサービスのはずですが、何も知らないままに社長を世襲してしまう例が多いように思います。まあ大学で経営学を学ぶぐらいはよいでしょう。しかしそのまま海外に留学や遊学させて、すっかり唯我独尊に成ってから入社させる例を多々拝見し、せっかくの下積みの機会を潰してしまう例が多いのではないかと見ています。大卒程度で入社すれば素直さもあるので良いはずですし、いっそ最初の数年間は他企業で他人の飯を食うことも必要だと思うのですが、実践されているところを多くは知りません。御曹司は入社するなりチヤホヤされて天狗になり、全く現場や世間の常識とはかけ離れた思考法を身につけるのではないかと心配してしまいます。
 創業社長の場合はとくにそうなのでしょうが、ご自身が経営学や経済学に対する知識が不足して恥をかいた経験から、御曹司には経営学や経済学の知識をたくさん持たせたいと考える親心(?)を見せるようです。海外で苦労した経験から国際感覚を学ばせる例もあるようです。しかし創業社長が自ら体験された下積みの苦労や現場を知る苦労は、本来やらせるべき苦労であるのに、御曹司には免除してしまう甘さがあります。また社長が、御曹司に下積みや現場経験をさせようとしても、その現場の人間が汚れ役を買って出るために御曹司に充分な経験を積ませられない、という話も聞きます。バブル崩壊までは、甘ちゃんの御曹司でも社長が務まりました。慣例通り、定石通りの経営でまずまず利益が出てきたためです。周囲をイエスマンで固めて、宴会三昧やゴルフ三昧の毎日でも企業は運営できたのですから。しかし現実に企業の業績が思わしくなくなっても、正しい舵取りをするだけの能力が備わっていないため、一挙に転覆したり沈没したりしています。
 また大政奉還の場合は、一応番頭が経営基盤を固めてきた状態で経営を引き継ぐので楽ですが、会社運営に慣れ始めると、お目付の番頭が目障りになって追放してしまう例も見掛けます。あるいは先代が気を利かせて有能な番頭を名誉職に格上げしたり、系列に追放したりする例も見掛けます。有能な番頭がいなくなった企業は制御が利かなくなって暴走してしまう例もあるようです。

 少なくとも製造業や流通業では、御曹司を一旦外部企業へ就職させて下積みと現場経験をさせた上で入社させ、社内でも現場経験を充分に積ませたのちに経営学や国際感覚を身につけさせるべきではないでしょうか。ともに現場を経験した仲間からは信頼できる有能なブレーンが得られる可能性がありますし、現場を理解するから企業運営も順調に行えるはずです。経営学や国際学に凝り固まった人間が技術やサービスを身につけるのは大変ですが、その逆で有れば可能であるはずです。とくに経営は実地訓練を積んでこそ価値が出ます。机上の空論を振り回す御曹司では危なくて仕方ありません。
 役員や社員達も経験不足な御曹司は拒否しましょう。うっかり迎え入れたら、自分達も丸ごと奈落の底へ引き込まれることになりますよ。企業経営で重要なのは、血統ではなく、経験と知識とカンです。そのあたりを熟慮の上、現社長の皆様もご子息への世襲は慎重になさってください。

98.09.08
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