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経済の研究No.53
株価指数に振り回されないで

 朝日新聞が8月29日の一面記事に、各国の指数がピークからどれだけ下がったかを比較する記事を掲載しました。ご丁寧にもカラーグラフが添付されていましたが、その解説は危ない危ないと言うばかりのものでした。データとしては面白いですが、こんな記事は経済欄の隅っこか社会欄のコラムにでも載せればよい記事で、何も一面に掲載する情報ではありません。この記事をみれば誰もが悲観的になって、虎の子の株式を売却し、預金を郵便局に預け換え、消費を抑制しようと行動するばかりです。記事をご覧になった方はお気づきでしょう。ロシアや香港の指数と、日本や米国の指数を対等に論じる滑稽さに記者が気付いていないことを。
 現在の株式マーケットの規模は、1位がNY市場、2位がロンドン市場、3位が東京市場です。一時期は東京市場が世界第二位でしたが、規制緩和の遅れで資金がシンガポールや香港へシフトしてしまいました。近くロンドン市場がドイツ市場と合併するため、東京市場はさらに引き離されます。東京市場も日本各地の市場を一つに統合して規模拡大を図らねば成りません(このテーマは後の回で述べます)。香港の市場は拡大しましたが、中国に統合されてからは主要企業が脱落して市場規模が小さくなっています。シンガポールも国際金融センターの機能を集約してきましたが、自国や隣国マレーシアの株式を扱い始めたのは最近のことです。NIES全体の株式マーケットなど極めて小さなものです。さらにロシアも市場規模では全然小さなものです。

 それにも関わらず、世界同時株安が叫ばれ、世界的危機が始まったかのように宣伝されるのは何故でしょうか。これまではNY市場とロンドン市場は絶好調でした。三大マーケットの2つが好調で有れば全く問題はないはずです。株安市場の数がいくら増えても盤石であるはずなのですが、、、8月後半から危機は拡大しています。
 NY市場は、米国の全産業分野での業績アップと個人資産が国内投資に集中的に向けられたことで、バラ色の時代を演出しました。ことに94年後半から上位銘柄30種の平均であるダウ工業平均指数が一貫した上げを見せ7月17日には大きなピークに達しました。その背景には積極的な低金利政策の維持と政府高官による楽観論の展開がありました。米国内でも警告の声は上がりましたが、それを打ち消すほどに株価は好調を来しました。それが崩れた原因は、製造業を中心に成長の臨界点が見え始めたこと、古今未曾有のスキャンダルで大統領の指揮統率力が低下したこと、海外からのマネーが流出し始めたこと、などがあります。
 ロンドン市場は、格別の材料もないままに、とくに1997以降急進してきました。統一通貨ユーロの誕生、大型金融機関の出現、米国や日本の余剰資金の流入などで伸びてきました。なかでも割高になった米国市場のマネーがロンドン市場に流入した要因が大きいと言われています。これはドイツ市場、フランス市場でも同様です。
 アジア市場は、当初日本マネーの流入が急拡大しました。日本国内での劣勢を挽回するべく、ほとんど無制限な貸出が行われました。中でも香港での不動産事業、インドネシアでのオイルやケミカルの合弁事業に多額の資金が導入されました。また両国への投資で出遅れた金融機関はマレー、タイへも投資を拡大しました。しかし、香港では返還後に不動産バブルが弾けたために、日本の金融機関が相次いで資金回収に動きました。それ以上に、円安の進行が海外貸出資産の膨張を招いて自己資本比率を圧迫することも理由となり、健全企業への貸し絞りとなりました。またインドネシアでは、大統領一族へ食い込んでシェアを拡大したものの、国内動乱で通貨ルピアの対ドルレートが五倍に膨れ上がりました(1997年11月に1ドル3,000ルピアだったものが、6月に15,000ルピア)関係で、国内需要が大幅に落ち込んで目算を狂わせています。
 南米市場やオセアニア市場も世界的な株高の影響と、インフレ抑制効果が出て、実力以上の成長を遂げてきていました。ただし先行き不透明で自滅気味の日本市場のみ資金引き揚げがあっても資金流入はありませんでした。

 8月危機の引き金となったのは、未だに長銀処理問題が片づかない日本市場と、突然通貨切り下げと債務凍結を発表したロシア市場の存在があります。ロシア市場は資本主義経済が導入されてから、まだまだ成長不足です。政治体制も不安定ですし、トップは度々の閣僚総入れ替えなど危ない政治運営をしています。それでも市場創設後は、海外マネーの導入が進みまずまずの業績を積み上げてきました。しかし成長速度は少しずつ鈍り始め、国民には貧富の差が拡大し、相変わらずマフィアが横行するなど、不安材料を多く抱えています。そこへ米国マネーや日本マネーの流入量が増大し、ロシアの株価指数ASPMTは急騰しました。3月10日に720Pを付けた同指数は5月中に一気に350Pまで下がり、その後何度か上下動しながら、8月上旬に300Pから200Pへ急落しました。たしかに3月ピークから比較すれば大きな下落ですが、もともと対象銘柄数の少ない同指数の変動率は高く、しかも300Pが実力相応であった以上、騒ぐべき理由はないのです。
 また急落を叫ばれたハンセン指数(香港)も同様です。対象銘柄に国際銘柄が少ない上に、香港ドルのペッグ制維持が続けられたことで、株式市場も実力通りの評価が難しくなりました。1997年10月の急落は、その実態指数と理論(実体)指数の調整がされたという見方をするべきで、もともと8,000P程度の実力を一時16,000P(1997年8月7日)まで評価されていた方が不自然であったのです。その他、アジアには加権株価指数(台湾)、ソウル株価指数(韓国)、KLSE総合指数(マレーシア)、SET指数(タイ)などありますが、殆どがローカル指数であり、国内で言うならば札幌市場が大崩れしたというインパクトしかない話です。海外マネーが引き上げれば商いが萎むのはローカル市場では当然のことで、世界危機と叫ぶべき理由は見当たりません。

 現実問題として各国の株式マーケットはネガティブ基調にあります。その理由は賢明な大口投資家がリスク・ヘッジに動き始めたことと、一般投資家が先行きの不透明感に恐れを成して資金引き揚げに動いていることと、が理由です。これ以上にマスコミが不安を煽るならば、各国の株式が暴落して世界恐慌を引き起こす可能性は大いにあります。これまでは米国大統領のコメントなどで危機回避が行われてきましたが、今回は難しいでしょう。ここは危機のもう一つの要因である日本市場で、明確な金融危機脱出策を提示することです。少なくとも日本市場の低迷が終われば、アジア圏の市場は回復するでしょう。現在のところ米国市場の株式マネーは次々に債券にシフトして債券安を招いています。日本市場とアジア市場が回復すれば株式マネーを吸収し、少なくとも米国債券市場は回復します。急激なマネーシフトを止めることができれば、米国市場のソフトランディングも容易になるかも知れません。
 まずは株価指数に振り回されないこと不安を煽るマスコミ記事に振り回されないこと自分の目でマーケットの動向を見極める実力を養うこと自信がなければ一切の投資から手を引くこと、それが一般投資家の取るべき行動だと考えています。

98.08.31

補足1
 9月1日にはNY市場で大暴落があり、ダウ平均が512ドル安を付けました。ピークから言えば1,800ドル、19.3%の大下げですが、実際は1月初旬の水準に戻ったに過ぎません。これまでは、ある企業の業績が上がったと言っては買い上がってきた花見酒マーケットでしたから、これで一歩、実体指数に近づいたと見るべきかも知れません。なぜなら業績が良かったのは正味1997年度までなのですから。これ以上崩れるかどうかはファンドの動向次第ですね。

補足2
 ITバブルが崩壊した米国で、ナスダック指数の凋落が騒がれています。確かに2000年3月10日に5,048.62ドルという記録を付けましたが、これはわずか3カ月余りで2000ドルも駆け上がったことに問題があり、1998年に2000ドル未満だったことを考慮すれば、現状の2000ドル前後の指数は正常な範囲でしょう。4月3日に記録した1,673.00ドルは行き過ぎた市場心理であったとしても、悲観するには当たらないと思います。
 一時はマイクロソフトの時価総額を抜いたシスコシステムズは2000年末から2001年3月までの3カ月間で、時価総額を47%も減らしてしまっています。減った現状よりも膨らんでいた過去を反省する必要があるのではないでしょうか。多くのIT企業は将来の利益を織り込んだ高株価だと説明されましたが、現実には将来利益をも先食いして一杯一杯の業績を出していたに過ぎず、完全に夢は終わったようです。

01.04.22
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