経済の研究No.55
技術に資産価値はあるか
技術に資産価値はあるか
・・・ここ数年注目され始めた話であります。特許権を始めとして工業所有権には資産価値があるという評価が一般的ですが、経営学的に言って資産に計上することはできません。つまり価値0であります。これまでも工業所有権の売買は金銭的に行われていますが、1億円で買った特許を資産1億円に計上することは許されません。買った特許を第三者が使用してライセンス料を支払ってくれれば、これは不労所得として計上されます。特許という資産がライセンス料を生んだのであっても、特許には資産価値が認められないのです。
私は小難しい特許制度には素人なのですが(そこで笑わないように)、工業所有権は金食い虫なのです。工業所有権には、特許権、実用新案権、意匠権、商標権があるそうですが、ここでは特許権を例に取りましょう。Aさんが素晴らしい発明をしましたが、これは特許権という権利を取らなければ第三者に勝手に使われてしまいます。まず誰にも知られないうちに特許庁という役所に発明の詳細を出願明細書にまとめ上げて出願手続をします。このとき特許出願料という手数料を支払います。また出願しただけでは、Aさんがこんな出願をしましたと世間に公開してくれるだけで審査はされません。次に審査請求という手続をし、審査請求料を支払うと審査が始まります。特許庁の審査官殿は気難しい方々が多くて何かと拒絶理由というのを指摘してきます。Aさんは意見書や補正書という書類を提出して、拒絶理由が解消すればめでたく特許権が獲得できます。ただし毎年特許料という年金を支払い続けなければ権利は消滅してしまいます。しかも特許料は年々累進的に上昇していき(今回の法改正で一定期間以降の特許料は定額になりました)ます。つまり特許出願料に始まり、審査請求料、その他手続費用、特許料など莫大な費用が掛かります。しかも個人では審査官に充分な応対ができませんので、専門家の弁理士を代理人として雇います。この代理人の事務手数料や報酬が高くて(詳細は
コチラ
を参照)、最低でも100万円は必要です。工業所有権を持ってるだけでは赤字(つまりマイナス資産)なのです。
これに対してノウハウは、外部に一切秘密にする技術で、維持費が一切掛かりませんが、外部に漏れてしまうと全く価値がありません。外部の人が同じノウハウを使っていても、何の権利主張もできません。ですから重要な技術は工業所有権を取得しておくべきなのです。工業所有権は他人が使ってくれてライセンス料を支払ってくれれば利益を生みます。著名な発明家であるN博士は何件かの特許権で数億円を稼ぎ出しているといいますから、100件や200件の特許に要する費用は気にならない計算になります。また工業所有権には排他的独占権という権利が与えられますので、自分だけ商品化することで莫大な利益を得ることができます。
本題に戻りますが、工業所有権は保有しているだけでは全く資産価値がありません。その権利を独占して商品を大量販売して利益を得るか、他人にも商品化させてライセンス料を支払わせるか、思い切って他社に売り払って一時金を手にするか、するならば資産価値が発生します。ところが工業所有権の値段は誰にも評価が難しく、商品化していくら販売できるのか、どれくらいの期間売り続けることができるのか、他に代替手段があって使われなくなる問題はないか、など吟味を重ねる必要があります。現在のところベンチャー企業への融資に工業所有権を担保にしようと言っていますが、なかなか手法が確立しないのはそのためです。またAさんの特許権をBさんが買い取って有効利用できるような特許紹介ビジネスも始まっていますが、これもまだまだ難しい段階です。工業所有権に限らず、独自のノウハウも財産です。様々なマニュアル、ハードウェア、ソフトウェアなど、商品の付加価値を高めるものなら何でも含みの資産価値があります。
しかし工業所有権の価値を誰かが決めてくれたとしても、やはりバランスシートに計上できない問題は残ります。100億円の価値があったとしてもシート上では0ですから、工業所有権の取得に莫大な費用をつぎ込めば簡単に債務超過になります。100億円の価値を生み出すには、ある程度の資本が必要です。自前で工場を建設する費用、誰かに使って貰えるよう交渉する費用、無断で権利を使用された場合の訴訟費用、自分の権利を有効活用する宣伝費用などなど沢山の費用が必要なのです。
このため経営破綻した企業の工業所有権は0評価されてしまうのです。救済という建前で工業所有権をタダ取りされないよう、破綻企業でも自分達で工業所有権の価値を算定するべきです。それに見合うだけの価値を認めさせた上で、支援が必要なところには支援をして貰うのが重要です。製造業の強みはまさに技術力なのですから・・・でも本当に大事なのは技術者ですよ。次々と価値の大きい技術を開発するのは、優秀な技術者達です。資産評価こそできませんが、技術者こそ会社の財産です。その重要性を再認識して、持てる技術の強みを活かして欲しいと願っていますよ・・・
三田工業
さん
98.09.09
補足1
本文中で「
100億円の価値があったとしてもシート上では0です
」とありますが、明かな誤りです。申し訳ありませんが、以下のように成っておりますので、ご紹介します。
自己創設(つまり、自身で特許を出願して特許権を取得する場合など)においては、特許査定という行政処分を受けるまでは未確定な権利であるので、特許の出願申請に要した資金は「未決算勘定」として「仮払金勘定」で処理をします。後日権利化できれば仮払金勘定を「特許権」として資産に振り替えます。ただし権利化できない場合は「雑損失」として計上します。
また「仮払金勘定」ではなく「試験研究費」の「繰延資産」に計上することもできるそうですが、この場合は課税庁通達(昭和直審磨jに基づき、「工業所有権の登録一切に掛かる費用を取得価額に算入せず損金処理できる」のだそうです。難しくて分かりませんが・・・。
このため企業の多くは損金処理していますが、その理由は工業所有権を資産計上しない方が法人税を節税できることに理由があります。ですから資産計上をしたければすれば良いと言うだけの話です。
対して有償で工業所有権を取得した場合は、その購入価額と要した経費とを特許権として資産に計上し、これを毎年減価償却していくことになります。定額法での耐用年数は、特許権で8年、実用新案権で5年、意匠権で7年、商標権で10年だそうです。
また、工業所有権を無償又は低額で譲渡された場合は、その時価との差益を「受贈益」として計上しなくてはいけないそうです。とかく価値の分からない工業所有権ですから、資産贈与や債務免除に使われないようにするのが国税庁の狙いのようです。しかし、資産価値が正しく判定できない現状では、まだまだ難しいかも知れません。
弁理士であり税理士の須田孝一郎先生の「
特許権の会計上の位置づけ
」(特許技術懇話会会誌No.202,1998年11月発行)から引用させていただきました。本テーマは読者の方から疑問を提起されていたところ、知人から上記論文の紹介を受けたものです。読者の皆様に深くお詫び申し上げます。
補足2
会計ビッグバンで研究開発費の計上方法が変わるそうです。新基準では資産計上認めておらず、発生時に一括処理を行わなくてはいけなくなります。収益に対する効果が発生時でなく将来に見込まれるとしていたのを改め、発生時には将来の収益を得られるか不明で資産計上することは不適当と判断されるからだそうです。つまり本文のように技術に資産価値が認められなくなると言うことですね。
ただし研究開発の目的・テーマ・成果などは事業セグメントや事業部門に関連づけて盛り込まれることになり、バケツ方式の研究開発から投資効率が目に見える研究開発へ情報開示も進められることになります。
99.07.10