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経済の研究No.43 |
カントリー・シーリング |
格付け機関はムーディーズ・インベスターズ・サービス(以下、MIS)とスタンダード・アンド・プアーズ(同S&P)が双璧です。格付け機関の実力については山一證券に関する記事でご紹介しましたが、その後ますます日本市場への影響力を強めています。最近では日本長期信用銀行の例があります。格付け機関が企業に対して与える格付けは長期債格付けが一般的です。当該企業が新規に発行する長期債(つまり転換社債や普通社債)がデフォルト(債務不履行)される可能性を表したもので、格付けが高いほど不履行となる確率が低く安全であることを表しています。これに対して格付けが低ければ債券を購入するリスクが高いので、調達金利を高く設定しなくては投資家が購入しないことになります。その格付けは、Aは「安定」、Bは「まずまず安定」、Cは「債務不履行の可能性が高い(投資不適格)」、Dは「非常に危険」を意味していますが、多様なニーズに応えた結果、現在は30等級近いランク分けがされています。一般論から言って、C・D評価の格付け債はジャンク債と呼ばれリスクが極めて大きいのですが、米国では年利20%などの高利回りのために比較的人気のある商品に育っています。
格付機関の発祥は米国鉄道債の格付けでした。1909年にMISの祖J.ムーディが考案したものです。彼は各企業の財務諸表や損益計算書などを出版する傍らで、記号による評価を思い立ったのです。わずか15年で米国のあらゆる債券にムーディーズ格付けが成され、その後の大恐慌で格付けの正しさと重要性が再認識されたのが、今日の発展の基礎となっています。実はムーディよりも先に鉄道会社の経営状態を比較した「米国鉄道運河史」(1860年刊行)がありました。その著者がS&Pの遠祖H.プアーでした。その後、MISとS&Pは5,000社を超える企業の長期債格付けを行い、近頃では劣後債格付け、長期預金格付け、保険財務格付け、短期財務格付けなど世間のニーズに合わせた多彩な格付けを始めています(以上の一部は、日立クレジットの「NOVAファイナンス物語3」から引用)。S&Pはスタンダードスタティック社が前身です。
カントリー・シーリングという言葉が最近新聞を騒がせ始めています。これは各国政府が発行する国債の格付けを指します。物価変動度、政情不安度、財政赤字などを考慮して格付けされます。なぜカントリー・シーリングと呼ぶかと言いますと、「当該国の企業がどんなに好調であっても当該国の国債格付けを超えられないとする不文律」があるためです。著しい物価変動で償還が危ぶまれたり、政権交代で企業分割や国有化が行われたり、財政赤字が膨らんで国家レベルの債務不履行となる可能性が高まるためです。
日本政府の国債は、Aaa(トリプルエー。S&PではAAAに相当)という最上級の格付けを受けています。日本の豊富な外貨保有高と、莫大な海外資産と、自民党主導の安定政権が評価されてのことです。しかし昨今の金融危機で日本そのものの先行きが危ぶまれています。大手銀行がいくつか破綻すれば、すさまじい不況が吹き荒れる危険があるにも関わらず、現在の日本国政府が無為無策であるためです。MISは1998年4月に「経済を成長軌道に戻し、財政均衡を取り戻すかどうか不透明であり、カントリー・シーリングを見直す可能性がある」とコメントしました。ところが、その後の長銀危機に及んでさらなる無為無策ぶりを示したため、7月23日に「カントリー・シーリングを引き下げの方向で見直す」とコメントしました。政府はこれに何らリアクションを示していません。MISを単なる私企業としか見ていないようなのです。
現在我が国でAaaを取得している企業は、東京電力、関西電力、日立製作所、トヨタ自動車、大日本印刷など数社あります。カントリー・シーリングが引き下げられれば、これら企業の格付けも引き下げられます。その結果、今後発行する外貨建て長期債の金利は割高なものとなり、収益を悪化させることになります。バブルに踊らず、不良債務の圧縮に務め、体質改善に努力してきた優良企業が、政府の無策のために足を引っ張られる格好になるのです。非常に残念であると同時に、理不尽さを感じることであります。
いずれにせよ、高所得者を優遇するだけのばらまき減税ではなく、抜本的な財政構造改革、思い切った金融機関の不良債権処理に取り組み、カントリー・シーリングの引き下げを阻止するように努力をして貰いたいです。気になることは、宮澤蔵相が格付けの重要性を認識しておられぬことです。教科書経済はすでに終わりを告げています。時代認識を改め、今の経済事情に即した政策を推進していただきたいと、願うばかりです。
98.08.05
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補足1
トヨタ自動車に関しては、すでに海外事業のウェートが高まっており、収益も順調に上がっていることから、日本のカントリー・シーリングとは別にするべきだとの議論もあるようです。しかし自動車業界も再編が進んでおり、トヨタ自動車の格下げも存外妥当であると言われるかも知れません。
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補足2
日本で大蔵大臣が指定をする指定格付け機関は、上記のMIS(米国)、S&P(米国)のほか、ICBAフィッチ(米国)、トムソンバンクウォッチング(米国)、日本格付投資情報センター(1998年4月に日本格付け研究所と日本インベスターズサービスが合併)、日本公社債研究所があります。指定機関ではありませんが、日本には海外投資家の評判が高い民間格付け機関があるそうですが、その名称は調査中。格付け機関のリンク集は、http://www.ueda-net.co.jp/hb/(リンク未承認)にあります。
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補足3
国際金融の調査機関である国際金融情報センターが日米欧の7格付け機関を格付けすると発表しました。投資家を対象とするアンケート調査を基にし、格付け対象の広さ、格付けの先見性などを分析するそうです。これにより格付け機関の格付け結果がどの程度適正であったかを独自に評価できるのだそうです。最近のMISやS&Pは日本企業の格下げ検討に積極的で慎重すぎるとの議論があります。今回の試みは、その傾向も掴む手がかりになるかも知れませんね。
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補足4
目安としてAAAの流通利回りを1としますと、AAで1.5〜2.0、Aで2.0〜2.5、BBBで3.0〜4.0になります。言い換えますと、同じ金利を払う場合AAAならBBBの3〜4倍の金額が調達できると言うことです。
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補足5
トヨタ自動車の長期債格付けは8月20日にAaaからAa1へ一ランク格下げとなりました。MISは「終身雇用を維持しようとする努力はトヨタ自動車の能力を妨げるだろう」「海外生産をこれ以上増やすと輸出が減り、生産調整が必要となり、トヨタが掲げる終身雇用との間で矛盾が生じる」というのが根拠だそうです。海外シフトは未来永劫続くのではないし、終身雇用も戦略上変化はするだろうと思います。そんな理由で長期資金の資金調達が不効率になるのはトヨタとしても理解できないところでしょう。
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補足6
一度はカントリーシーリングの格下げを見送った格付け機関各社ですが、9月21日になってICBAフィッチが1ランクの格下げを発表しました。一社だけとは言え、各社債権の流通市場でのスプレッドは顕著に反応しました。22日の時点で早くも政府保証債で0.1%、民間債で0.2%以上の模様です。
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補足7
9月8日にムーディーズは日本国債の格付けをもう一段下げると発表しました。「Aa1」から「Aa2」とし、見通しは引き続き「ネガティブ」に据え置きました。日本の債務残高がGDPに占める割合が先進国最高の水準にあり、さらに公的債務を拡大する政府の方針を格下げ理由としています。
政府は今回のムーディーズの方針にも不快を表明したに止まりました。反論するなり、債務圧縮への誠意を示すなどの方針はなく、無為無策を再び曝しました。ムーディーズは日本国政府の姿勢を1998年12月の格下げ時にも表明しましたが、政府は黙殺しました。2月に格下げ方向での見直しを表明していましたが、これにも音沙汰なしでした。
今回の格下げは、カントリー・シーリングそのものの引き下げに直結しないと見られますが、優良企業の格付けに長期的に悪影響を及ぼす模様です。さらに国債そのものの評価が下がるため、外人投資家の日本国債離れを進めることや金融機関の財務評価が悪化するリスクもあります。何より政府の利払い負担を招きかねず、無為無策の影響範囲はかなり広範に及びそうです。
00.09.10
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補足8
スタンダード&プアーズ(S&P)は11月28日、日本国債の格付けをAA+からAAへ格下げしました。2月22日にAAAからAA+に格下げしたばかりで、わずか10カ月で2ランクも下がりました。市場では、もう1ランク引き下げ(AA−)の噂があったようですが、とりあえず踏みとどまった格好です。
上記補足にあるように、ムーディーズが1998/11/16にAaa(AAA相当)からAa1(AA+相当)へ引き下げ、2000/9/8にAa1からAa2(AA相当)へ引き下げてもS&Pは切り下げませんでしたが、日本のメリハリ無い財政支出が今後も継続すると見て、切り下げに動きました。これに伴って、邦銀11行の格下げも実施され、金融機関にとって厳しいプレミアムが付加されます。
01.11.29
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補足9
補足8を書いたばかりですが、ムーディーズは12月4日、日本国債の格付けをAa3(AA−)相当へ引き下げました。これはG7参加国の中で最低の水準にあり、ポジションが「ネガティブ」のため、さらなる引き下げ懸念があります。今後の海外投資家の動向が注目されます。
ちなみに米・英・独・仏国はAaa、加・ベルギーはAa1、葡はAa2、伊がAa3です。もう一段下がればA1のハンガリーやチェコに並びます。A1となると日本の金融機関の債権リスクが0%から20%にアップするため、BIS規制に従うと自己資本比率が不足する大手金融機関も出てくるため、これ以上の格下げは回避する必要があります。
カントリーシーリングは優良な国内企業にも影響を及ぼすため、トヨタ自動車東京海上火災など優良企業の去就も心配されます。
01.12.29
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