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政治の研究No.160
農業法人への期待

 近頃、農業法人への期待が熱いそうです。第二次世界大戦後の農地解放により、長らく小作農として虐げられた人々の多くが、自作農に成りました。これにより生産意欲が増進され、日本の食料自給率を維持する目的を達成する・・はずでした。確かに、農業従事者の地位は向上し収入も増大しました。何よりも、自分のために働くという生き方が、好まれたのです。
 ところが、多くの農家では、相変わらずの厳しい時代が続きました。専業農家では十分な収益が得られず、都会への出稼ぎや兼業化で凌ぐしかありませんでした。政府は、補助金の投入により農家を支えるべく施策を展開してきましたが、現状を見るに、効果の無かったことは明かです。第一に、監督官庁である農林水産省による「猫の目行政」が指摘されます。第二に、農業協同組合による「搾取」も指摘されます。

 いわゆる「猫の目行政」とは、明暗の変化により動向の大きさがクルクル変わる「猫の目」に喩えられた言葉です。減反を言い出したかと思うと増産を打ち出したり、干拓による農地拡大を目指すかと思うと水田から畑への転換を促したり、補助金を餌に農政を玩んできたことが、揶揄されたものです。実際のところ、水田を1年遊ばせると3年は回復しないと謂われ、農業の生産性を悪化させてきた元凶です。
 これに加え、害虫や病害への対応を農薬や化学肥料による化学対処で指導してきたことも、大きな失敗でした。短期的な生産性は向上しましたが、土地は痩せ、むしろ脆弱化を招きました。また、細切れな農地に問題があるとして実施した土地改良は、良田を悪田に変えるだけであったとの批判もあります。古くからの農法を放棄させた行政とは、果たして何であったのでしょう。国産米のブランド化を進めたことも、農家を潤しはしましたが、地域に根ざした農法の衰退を招きました。

 農業協同組合の役割は、農家のために、信用・購買・販売・加工・共同施設・技術指導などを実施する多方面の総合扶助組織であります。農業のみでなく、広く農家を支援する役割を担ってきたはずでした。しかし、その農業協同組合に対して、「搾取」者であったとする批判があります。全ての農業協同組合がそうであったとは思えませんが、意図的な搾取を行った組合があったということでしょう。
 例えば、購買では、農機や肥料・種・農薬などを一元指定し、高くて使い勝手の悪いものを強制的に使わせるなどしたそうです。販売では、特定の業者と提携するなどして高額の手数料を得たり、リベートを取るなどもしたそうです。共同施設では、立派な物産センターや福利厚生施設を建設して大赤字を出すなどもしたと聞きます。信用では、高利で資金を提供したり、高額な農機購入を強いて過剰融資をしたり、貯金を強制的に集めて赤字運用したり・・という話も聞きます。
 ある程度の改善は進んでいるのでしょうが、農業協同組合が一種の利権化していた地域では、容易に改善されないでしょうか。農家は、あの手この手で農協に資金を奪われ、本来得るはずだった共同体としての利益を喪失したわけです。この喪失がなく、最大限に機能してあれば、農家の収支も改善し、現在憂える農家の低迷も無かったはずです。また、補助金についても、体力のない農家救済を目的としたために、体力のある農家は過剰に潤いました。高級車を乗り回したり、都内の不動産を買い漁るなどするリッチな農家も生みました。

 そこで、農業法人への期待がされます。農業法人には、農業生産法人一般農業法人があります。前者は、「農業経営を行うために農地を取得できる法人」であり、従来の個人経営に代えて法人経営を行うために設立されます。昭和37年に114であった農業生産法人は、平成13年に6,000を越えるまでになっています。平成元年と比べて6割以上の増加です。法人化することにより、税制上のメリットが得られるほか、個人でなく法人の利益を追求することによる効率性向上が見込まれます。
 農業生産法人は、これまで農事組合法人・合名会社・合資会社・有限会社が認められ、一番のメリットがある有限会社が成長してきました。最近では、株式会社も認められることになり、経営の安定化、資金調達の容易化、税制上のメリット、などを理由に株式会社化が進んでいるそうです。中小規模の有限会社の統合も進みそうです。加えて、農業以外に農業関連事業も認められるようになり、従来の農業協同組合の機能を代替できるように成りました。これにより、無用な「搾取」排除が期待できます。
 基本的には、農業生産法人の設立は、農民(農家)が行います。構成員が農民であることの制限はありませんが、これまで農地取得に様々な制限があり、他業種からの参入を阻んでいました。しかし、農業生産法人が営利活動を始め、事業対象が拡大するにともない、商社などの大資本が流入する余地があります(農業組合法人では無理ですが)。

 農業法人による組織化が拡大すれば、行政による不当な介入も排除できます。行政の勝手な判断で、企業活動を疎外することは許されないためです。行政には、理性ある合理的な指導・介入が求められます。行政としては、むしろ零細な個人農家を法人に加わるようし向けるべきであり、補助金の配分を変えて法人への参加を促すなども一策でしょうか。
 農業の効率化と近代化。それによる品質面や価格面での競争力が増し、市場への影響力が拡大するでしょう。高付加価値商品の新規開発なども期待できます。今後の農業の未来も明るくなるかも知れません。しかし、商社などの資本が流入し、法人が大資本に支配されるようになると、新たな問題が生じるでしょう。日本にも穀物メジャーが誕生し、むしろ食糧問題を複雑化させる懸念があります。農業協同組合の持っている公益性は、今でも無視できません。

 さて、とりあえず期待通りに農業法人の拡大は進むのか、そして明るい農業の未来を得るのか、それは農業従事者ばかりでなく、国民全体の関心事でもありますね。

02.06.02

補足1
 依然として、世界の食糧需給事情は、読めません。かつて警告されたほどに、人口爆発による食糧危機という構図は生じませんが、ジリジリと需給状況は悪化しています。とくに中国・インド・旧ソ連邦など、大人口を擁する国々では、向こう30〜50年の間に、決定的な輸入超過を迎えるとの予想があります。

 対する日本では、少子化による総人口の減少はありますが、むしろ高齢化が著しく進むことによる労働力不足で、食料生産力の落ち込みを生じる危険があります。加えて、労働人口の減少による外貨不足を招き、食料の輸入依存も難しくなる可能性が高くなっています。そうなれば、食料の自給自足が必要となるわけですが・・今の農政のままでは、自給自足は不可能でしょう。効率的で恒常的に食料を増産できる体制を確保する必要があります。
 これに加えて、日本人の国産米好きがあります。昔ほどに日本米の消費量は高くありませんが、それでも最重要な穀類であることは変わりません。一頃の外米ブームも去り、外食・中食ともに国産米への回帰が著しいそうです。品種的には遜色ない米国産や中国産も、残留農薬への懸念から敬遠されており、当面は同様の傾向が続くと見られます。

 やはり必要なのは、国産米を増産して安定供給できる環境を整備することですが・・行政に依存することなく、農業生産法人の頑張りでフォローできますでしょうか。

02.06.16

補足2
 政府の総合規制改革会議は、事業・組織のあり方が問題になっている農業協同組合について、信用事業や共済事業を分離する見直案を纏めたそうです。巨大な組織が農業の生産性向上を阻んでいる点、不効率な本業運営でも信用・共済事業の収益により補填する誤魔化しを生んでいる点、などを指摘しています。また、農協が1エリア独占となり競合が生まれない問題も指摘し、現在の独占禁止法適用除外とする規定を見直すよう提言したそうです。
 本来の協同組合の機能は、相互扶助です。その原点に立ち戻るためにも、政府規制改革会議の提言は実現して欲しいものです。

02.11.30
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