前頁へ  ホームへ  次頁へ
政治の研究No.155
セーフガード空振り

#N代前半は、米国の対日本貿易赤字が大きな問題を生んでいました。1991年には米国の貿易赤字額の70%近くを日本が占めており、その赤字額の圧縮に数値目標を設定されるなどしました。ところが、その後のダンピング訴訟や自由化交渉、さらに日本企業の海外生産シフトなどが実って、米国の貿易赤字額に占める対日本分は2001年に16.5%まで圧縮されました。逆に対中国分が20.0%(例年ほぼ横ばい)となり、対日本分と逆転しました。
 つまり米国にとっては、対日本分の貿易赤字のウェートは小さくなり、対中国分のウェートが相対的に拡大したことになります。一方で、日本にとっても中国品の輸入が盛んになり、国内産業への影響が出始めています。安い労働力を背景とし、衣料品や農産品が次々に輸入されるようになり、価格的に太刀打ちできない業者や農家を脅かす存在に成っています。これを淘汰されるままとするのか、何らかの保護や支援を行うのか、が日本国政府に求められたわけです。

 日本国政府は、こうした危機的状況を打開するために、緊急輸入制限措置セーフガード)を発動しました。米国との貿易摩擦を経験した割には、あまり学習もせず強権発動し、中国産の農業品三品目(ネギ・生しいたけ・藺草)について輸入制限を仕掛けました。中国へある程度の配慮をしたつもりなのか、あまり重要でない品目に発動したものの、中国からは日本産の工業品三品目(自動車・携帯電話・空調機)に100%関税を掛ける報復措置を打たれました。
 日本国政府も4カ月ほどの調査を慎重に行ったはずですが、中国政府の強硬な報復措置に慌てることになり、追加でセーフガード発動を望む声も出る一方で、新たな報復措置を敬遠する財界の声にも押されて、政治的に追い込まれました。実際のところ農業品三品目は、ダンピングでも何でもなく、緊急に制限を掛ける必要性が薄い品目でありました。輸入は国内業者が積極的に行っており、セーフガード発動は国内の輸入企業にも悪影響を与えました。また日本の消費者は不当に高いものを購入させられることになり、あまり国民から歓迎されませんでした。。
 中国政府にとっての工業品三品目は、他国からいくらでも輸入でき市場規模も発展途上であり、かつ日本シェアの低い品目でした。日本国政府にとっての農業品三品目を保護する利益と、工業品三品目を制限される不利益とでは、後者の方が大きいことも問題でした。攻めの外交のはずが守りの外交に変わりました。中国政府の外交のしたたかさは、相変わらずです。日本国政府の外交能力の不足が際立ったと言うべきでしょうか。

 日本国政府としては、政府調査期限の12月21日までにセーフガードの正規発動を決める必要がありました。暫定200日の結果を踏まえ正式発動すれば、中国の報復関税についてWTOで争う必要がありました。WTOに加盟したばかりの中国も、加盟早々に争う愚を知っており、数量制限を求めない「民間団体による抑制策協議」という曖昧な条件だけで、日本国政府との和解を引き出しました。しかし中国政府が積極的な抑制策に取り組むことは難しく、単なる約束で終わってしまう可能性が高いとのことです。
 今回の和解により、日本国政府は新たにセーフガードを発動することが難しくなりました。また報復措置を受けた輸出企業や、制限措置を受けた輸入企業の抵抗も、今後は強まることが懸念されます。伝家の宝刀であったはずのセーフガード発動は、全くの空振りに終わりました。

 表向きは、日本国政府が中国政府の譲歩を引き出した「玉虫色の決着」ですが、一応は華を持たせて貰ったという程度の意味しか無いようです。結局のところ、日本国政府は何ら得るモノなく、中国政府に打ち負かされてしまいました。

02.01.14

補足1
 本文中の「中国産の」農業品三品目とありますが、セーフガードの対象は「中国」に限定されたものではなく、全ての輸入に対して発動されました。したがって、日本のセーフガード発動はWTOの協定違反ではないという論法です。対して、「日本産の」工業品三品目は、「日本」に限定されたものであり、WTOの協定違反になります。
 しかし結局は、上記農業品三品目の大口輸出国は中国ですので、名指ししたのも同然です。

02.01.14

補足2
 日本向け農産物を中国で生産させ始めたのは、日本の商社です。資本と技術を持ち込んで、日本産と同等の品質で安いモノを提供するために「開発輸入」されたものです。中国政府も地域振興策として後押しを始めており、小規模で効率化への取り組みの遅れた日本農家が太刀打ちできないのは当然です。
 セーフガードの発動により一時的に中国産品の輸入を制限したとしても、短期間に日本農家に市場競争力を付けさせることは不可能でしょう。消費者のことも考え合わせると、高付加価値を付けた農産物を生産させるぐらいしか有効策はありません。日本農家に対しては、補助金による金銭的な支援ではなく、今後のビジョンを提示することが先決だと思います。
 他には繊維業界がセーフガードの発動を要望していましたが、こちらは海外生産にシフトした国内企業と、国内生産にこだわった日本企業との対立も見られました。経営努力しなかった者が、努力した者よりも優遇されることは、行政として宜しくないことです。

02.01.14
前頁へ  ホームへ  次頁へ