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政治の研究No.02
コ ッ プ の 中 の 蛙

 この日本を取り巻く海をコップの壁に例えるならば、日本そのものはコップの内側の世界です。それも極めて見通しが悪く、外界が霞んで、あらゆる事象が歪んで映る粗悪ガラス製のコップです。しかも始末の悪いことに丈夫で長持ちの強化ガラス製です。そのコップの中は居心地の良い「ぬるま湯」に充たされています。そして我々は、そのコップの上側の世界しか知らない蛙同然なのです。
 そのお陰で、コップの外側世界に対する興味も恐れも抱くことなく今日へと至っています。かつてコップの壁を打ち破ろうとしたことが何度かあります。内側からは天智帝の白村江の戦い、秀吉の朝鮮遠征、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争、そしてバブル時代です。外側からは元寇とマッカーサー進駐の二度しかありません。これらの事件のうち最もインパクトがあったのはマッカーサー進駐ですが、これによってもコップの壁はうち破れませんでした。

 コップの中の世界は極めて小さいです。しかし井の中の蛙同然に、それを全世界と受け止めて、我々は生活を営んできました。ときには内部対立が生じてコップの中の戦争を演じることがありましたが、近世以前では、まずまず穏健なものであったといえます。ときにコップの中の戦争に勝利を収めた者は、コップの外側に興味を抱いてきましたが、実行に移したのは秀吉と大日本帝国陸軍だけです。彼らは自己の認識不足を知らず、コップの中からあらゆる物を持ち出して、コップの外側への進出を目指しました。が、全く得ることがありませんでした。
 とはいえ、歴史上コップの外側へ飛び出した偉人たちも居ました。阿部仲麻呂、山田長政など外国王朝に仕えて腕を振るった人材も多いです。昨今では多くのビジネスマンや旅行者も外側世界へ出掛けています。しかし、ビジネスマン達で本当にコップの外側世界で生きている人は少数です。そういう人たちでなければコップの正体も、それをうち砕く困難さも知り得ないのですが。

 いま、コップの外側世界は大きく変化しています。経済不況が荒れ狂い、各地でのテロや紛争が絶えません。情報や物資の流通はコップの内外世界の垣根を低くする効果をもたらして、少し乗り出せば外界が見えるようになり始めています。しかし今は、世界的危機を対岸の火事としてしか見ていない蛙たちが非常に多いのです。
 これまでは圧力によってコップが壊されようとしましたから、誰しもコップの頑丈さに安心しています。しかし、今はコップ丸ごと火に掛けられているような状況です。もしもコップが割れてくれれば、何匹かの蛙は助かりますが、残る多くは弾け飛んでしまうでしょう。そしてコップが割れなければ、全て煮え殺された蛙の死体ができあがるばかりです。
 何よりもまずコップを倒してでも火から逃れることが先決です。そのためには誰かがリーダーシップを取って、安全な方向へと蛙たちを導き、火に掛けられたコップから逃げる算段をしなければいけません。壁を乗り越えられない者には一致団結して手を貸し、一匹でも多くの蛙をコップの外側に出さなくてはいけません。緊急避難であれば、外へ飛び出した蛙たちでコップごと安全な場所へ移動させることもあって良いかも知れません。いずれにせよ一匹や二匹の蛙ではできない一大事業です。

 熱湯に放り込まれた蛙は、その熱さに絶えかねてただちに熱湯から飛び出すと謂います。しかし、ぬるま湯に浸かっていた蛙は、下から火を掛けられても飛び出す機会を失ったままで、煮え殺されるとも謂います。今の我々はまさにぬるま湯の中の蛙と変わりません。いま何とかしなければ、蛙たちは全滅してしまうのです

98.01.27

補足1
 読者の方からペリーの来航と薩英戦争などもご指摘いただきました。本文にではなく、備考に明記させていただきます。

98.11.15
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