歌詞には音韻が大切

全国100万人の作詞家さん、訳詞家さん、こんにちわ。そんなには居ないかな・・・。ミュージックには音韻が大切ですよね。もちろん、ミュージカルナンバーにもね。

音韻は、詩のココロ

音韻は、「音韻学」という学問があるほどに、奥が深いものですね。言語の音素、音色、響きなどの意味で、単なる音字の羅列ではなく、聞き手に共感させるような音並びを作ることを言います。詩吟とかで韻を踏んでいるとかいう、それですね。

名作と言われる詩は、必ずと言って良いほど、美しい韻が含まれています。流れるような韻、激しく胸を打つ韻、熱い涙を誘う韻・・・詩人が意図したかしなかったかは別として、名作は必ず見事な韻を含んでいます。上手な詩か、下手な詩かは繰り返し読んでみれば、素人にも分かるものですね。

歌にも、詩のココロ

歌は、歌詞とメロディの結合体です。メロディだけ良くても、良い歌ではありませんね。もちろん聞き心地は大事なんですけど、歌詞がダメだと、ダメなものはダメですね。でも、歌詞が良くて、メロディが良くて、でもイマイチという歌もあります。つまりミスマッチなんでしょうね。

シンガーソングライターという職業がありますね。自分でイメージした歌詞に、自分でイメージしたメロディを付けて、自分で歌う。聴衆に受け入れられるかどうかを別にすると、良くマッチングが取れているので、ヒットする曲が出やすいみたいです。

普通は誰かが作った歌詞に、誰かがメロディを付けるのですが、なかなか作曲家の立場は難しいですよね。自分でとことん惚れ込んだ歌詞なら、自分で気に入ったメロディーを付けやすいと聞いたことがあります。やっつけ仕事で、手慣れたアレンジをした作曲はボロボロだとか・・・。詩のココロを掴むのは、プロでも難しいみたいです。

作詞家は、メロディを意識しているか

作詞家は作られるであろうメロディを意識しているのでしょうか。たとえばリフレインとか、サビの部分とか、どんな風に歌われたいかを意識しているのでしょうか。作詞家と作曲家が一緒に仕事をしていれば大丈夫みたいですけど、別々に仕事をしていると難しいみたいですね。作曲家は詩を手直しできない。作詞家は作曲家に後からケチを付けられない(イメージが違うとかね)。その辺がミスマッチの原因なのかな、と思っています。

作詞家が自分で音韻を考えながら歌詞を作れば、自然にメロディが付くのだと思います。少しぐらいイメージが崩れてても、それなりに作詞家の感情が滲み出すようなものに仕上がるのだと思います。だから作詞家さん、音韻をもっと意識してね。もちろん作詞してから、音韻を調整してくれても良いのだけど。

輸入物には、大胆なアレンジを

さてそこでナンバーの話。繰り返しますが、ナンバーはミュージカル三要素の基本です。逆に言えばダンスとプレイで、ナンバーの稚拙さを誤魔化せなくもありませんが、やはり手を抜かないで欲しいです。ナンバーが一人歩きして、誰もが口ずさむようなヒットナンバーを生み出して欲しいです。「虹の彼方に」「星に願いを」とかですね。

ミュージカル作品に使うナンバーは多い、それは分かります。だからといって、テーマナンバーだけ凝っているのはダメです。どのナンバーも全力投球して欲しいところです。一人で大変な作業なら、数人で分担しても良いですし、過去公演のヒットナンバーを使い回しても良いでしょう? 音韻を意識してステージにマッチした作詞をして頂きたいです。作曲もね。

しかし不味いのは輸入物。どう聞いても直訳して文字数を合わせたようなナンバーが多いです。これは劇団四季でも、東宝ミュージカルでも、同じですね。嘆かわしいことです。メロディーは歌詞に合わせて作られているのに、訳詞がメロディーにマッチしていない、ことが多いです。とても聞き苦しくて、ザワザワします。四季の「ミュージカル李香蘭」とか、東宝の「ローマの休日」とか、国産物は良く出来ていますものね。

訳詞家さま、原語詞を少し大胆にアレンジして、メロディに合った訳詞をお願いします。もちろん音韻も大切にして下さいね。たぶん、原語詞と訳詞を交互に何度も口ずさめば、良い訳詞が見つかるはずよ。