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経済の研究No.116
これから始まる本社移転

 大手企業の本社移転が進んでいるそうです。これまで東京への一極集中があり、都内のオフィス街でひしめき合っていた本社機構を、色々な事情で移転させている様子です。昨今のように交通機関が発達し、メディアの普及も進み、情報インフラが飛躍的に向上した現状では、東京のど真ん中に本社を据える必要が薄れているのでしょう。
 週刊東洋経済の調べでは、1999年3月期に本社住所を移転させた株式公開企業は79社(全3,297社の2.4%)に達しており、名目はそのままに実質移転した企業も合わせれば100社に迫ると見られます。顕著な傾向は千代田区、港区、新宿区、中央区など都心部から郊外への転出で、東京から撤収した本社もあるようです。

■ 進む環境整備
 オフィススペースはバブル期を境にして急増しています。右肩上がりの経済成長が続けば、遠からず東京圏のオフィススペースはパンクするというシナリオが描かれ、必要以上に着工されたためです。スペースを拡げるには容積率を上げ、高層化することが近道です。強引な地上げまでして巨大なビルが次々に立てられています。
 それでも大型ビルを建てたところや、老朽ビルを大規模に改築したところは救いがあります。ここ数年、情報インフラの整備が叫ばれており、比較的新しいビルは対応が容易であるためです。大変なのは狭いスペースに無理矢理立てたペンシルビルや、化粧替え程度の改築しかしてこなかったビルです。新たに資金を投入するよりも転出した方がマシだと話になり、せっかくのスペースが空室に成っています。空室が増えれば維持費だけが嵩んで回収さえも満足にできなくなります。
 オフィスビルは従来からオーナーに有利に成っていました。一方的に設定される保証金(敷金)や共益費、修繕費積立金などが商慣行で維持されてきました。路線価が上昇したという理由だけで安直に家賃の値上げをしてきたビルもあります。売り手市場のため、テナントの利便性をお座なりにしてきたオーナーも多かったようです。この傾向は個人オーナーに限らず法人オーナーでも同じでしょう。
 現状のようにオフィススペースが過剰供給されるようになれば、明かな買い手市場です。テナントは希望する条件の物件を容易に見つけて、簡単に移転できるようになりました。価格競争のお陰で条件の良いビルへ移転しても賃料があまり変わらない場合も多いようです。ワンフロアで十分な広さが確保できたり、天井が高く情報システムの構築に有利であったり、セキュリティが格段に向上したりするようです。
 また賃貸に限らず、自社ビルを改築するよりも、売り払って新築ビルを購入する方が割安な場合もあるようです。もちろん都心から郊外へ移ることになりますが、受けるメリットの方が多い事例を聞きます。積極的に本社を動かす時代が来るのでしょう。

■ 本社移転のメリット
 本社を移転させる理由はいろいろあるようですが、本社機能の集約を挙げる企業が多いように思います。近隣の事業拠点を集約したり、工場などに分散していた管理機能を集約したり、という事例を聞きます。これにより組織運営の効率化を図ったり、重複部門を統合して本社人員を削減する傾向も見られます。結果的にコスト削減にも効果があるようです。
 このところ金融機関などは本社ビルを関係会社に売却してリースバックを受けている例が多かったのですが、これは一時的に利益を吐き出すだけで、資金面でのメリットは全く生じません。第三者に完全売却してフリーキャッシュを増やすしかないと思います。それでも、遠からず都心の本社ビルを手放して、どこか賃料の安い賃貸ビルか、郊外の新築ビルへ移転する金融機関も出てくるでしょう。この情報化時代に本社が都心に存在する必要性はないのですから。
 引越は、意外に有効なものです。日頃から貯め込んでいる膨大な書類や機材の必要性を見直して処分する機会にも成ります。新しいビルに入居する場合、部門別にスペースを割り振り直す関係で、事業内容や人員面での見直しも発生します。そこで効率的な組織作りを行う機会も生じるわけです。あまり徹底しすぎると本業に悪影響が出ますが、ほどほどに留めるなら本社移転も有効でしょう。
 また本社移転が本格化すれば、支社・支店・工場など地方拠点の見直しも始まるでしょう。情報や物流のネットワークは飛躍的に向上しており、立地面でもより有利でより安い物件が見つかるはずです。支社や支店も統廃合を進めると運営効率が向上します。人員・資金・資産は遊ばせるほど無駄です。これまでは無駄が許されていたとしても、国際競争力が問われる現在では、徹底的に無駄を削る必要があります。拠点の整理は加速して欲しいところです。

■ オフィスビルは変わらなきゃ
 さて、企業が相次いでビル移転を考えるようになると、ビルのオーナーは大変です。中核都市レベルでは、空室率が増加して収入減に陥り、保証金返還などでアップアップしている例も増えているそうです。資金繰りが悪化すればビルの価値も下がり、一層苦しくなります。
 幸いにも移転を始めているテナントは少数です。今のうちにオーナーとして打てる手は打つべきではないでしょうか。資金的余力があれば思い切った改築や改修をすることです。テナントに代わって情報設備やセキュリティシステムなどインフラを整備することも有効です。長期契約に切り替えて貰う代わりに保証金の一部を返還したり、賃料を値下げするなどの努力もあって良いでしょう。馴染みのテナントと新規のテナントにサービス面での差を付けることも有効だと思います。
 また、もしもペンシルビルだったり、改修・改築が不能であったりする場合は、できるだけ早い段階で売却を考えるべきだと思います。たしかに不動産事情は悪いですが、損切りして売却する場合と、資金繰りに行き詰まってしまう場合とでは、手元に残る資金が違ってきます。自分のビルの価値を第三者の目で査定することを始めてみてはどうでしょうか。それが無理なら専門家に査定させることです。自分では採算が合わない事業でも、それなりに採算を合わせられる買い手が見つかるはずです。

 言い換えてみれば過剰なオフィススペースも過剰設備です。古くて使い勝手の悪いものから設備廃棄を進めて行かなくてはダメです。古いペンシルビルを新しくしたところで知れたものです。今後は企業も機動性の高い組織運用に重点を移してくるでしょう。そうであれば立派な自社ビルよりも充分なスペースが確保できる賃貸ビルを志向してくるはずです。今後の産業空洞化を防ぐためには、行政が受け皿になって設備廃棄と、大型オフィススペースの供給とを支援するべきだと思います。
 テナントである企業の意識が変わる、オーナーである事業者の意識が変わる、それなら行政も意識が変わって欲しいところです。先行き不透明な金融機関やゼネコンを救済するよりも簡単だろうと思います。結果として金融機関やゼネコンも利益を享受するでしょうし・・・期待しています。でも意識改革は民間から、取り敢えず移転できるところはどんどん移転を始めて下さい。

99.07.04

補足1
 本社が郊外に移転した場合、マイホームを購入した社員は一喜一憂することに成りますね。都心の本社を中心に同心円上に拡がっているマイホームが、本社を郊外にシフトさせた結果、近くになってメリットを享受する社員も出るし、遠くなって通えなくなる社員も出そうです。何かしら、通えなくなる社員への配慮が必要になるのかな、と思っています。間違っても社長はじめ取締役の自宅を基準にして本社移転がされませんように。

99.07.04

補足2
 人材の貸借は人材派遣事業の拡大により実現しました。これからはオフィススペースの貸借も活発になるのではないでしょうか。借りたいときに借りたいだけ使い、用が済めばさっさと返せるような流動性の高いオフィススペースの出現に期待します。

99.07.04

補足3
 ダイエーの登記上の本社は神戸市にありますが、実質上の本社は東京・浜松町にあります。しかし秀和の賃貸ビルは賃料が高いため、本社の移転先を物色していました。当初は品川の再開発地区に自社ビルを持つ予定でしたが、金融機関の抵抗もあって断念した経緯があります。詳しくは第66回ダイエーの選択」を参照して下さい。
 その後、一転して郊外への移転を計画していました。候補地は複数在りましたが、交通の利便性などでダイエー成増店の上層階への移転が決まりました。しかし全ての機能を移転することは取引先との関係上不便との意見が強く、一部機能を浜松町に残すことに変更されました。この結果、むしろ本社機能が分散することになり、当初計画された10億円の経費削減効果も得られない虻蜂取らずに成りそうです。
 ダイエーの鳥羽社長は、社員の意識改革も兼ねての移転を望んでいたようで、経費削減は二の次、インパクト重視であったと見られています。実際のところ取引金融機関からも、そこまで徹底する必要はないとのコメントも出ており、いささかオーバーパフォーマンスである雰囲気もあります。

99.12.31

補足4
 同じく流通大手の西友も、赤羽店へ本社機能を移転すると発表しました。これまで池袋のサンシャイン60内にあったものの、家賃が負担であるとして、郊外の自社物件に移転するものです。年間5億円程度の経費削減だと言いますが、創業の地である池袋を捨てるのは大きな決断です。サンシャイン60には、クレディセゾン・西洋フードシステムなどセゾングループの中枢企業が集中しており、グループ内でのインパクトも大きそうです。
 ダイエーともども、謹慎の意志表示をしたい、というところでしょうか。

00.01.09

補足5
 本社移転に積極的な企業がある一方で、いつまでも既存本社にしがみつく企業が増えています。例えば、東京都港区にそびえ立つNEC本社ビルは、特定目的会社(SPC)を設立してビルを売却し、SPCは本社ビルを証券化して機関投資家に売却するというものです。とりあえず本社を動くことなく資金調達ができ、いずれ買い戻すことも可能という打算の結果です。
 日経ビジネス2000/01/04号は、NECの悪あがきについて、「工場に兼ねをかければ本社はバラックでもいい」という意見と、「本社は血と汗の結晶」という意見とが役員間で割れたと紹介しています。後者の考えが染みついている限り、いつまでも身軽な企業活動が阻害されると思うのですが・・・。それにしてもSPCを使う証券化手法は、思ったよりも簡単に飛ばしに使えるようで危険ですね。

00.02.12

補足6
 補足3の補足です。ダイエーは再び浜松町の軍艦ビルへ本社機能を戻しました。取引先への便宜を考慮して、軍艦ビルにもスタッフを残したために、経費削減効果が十分でなかったようです。鳥羽社長も退任し、期待された引き締め効果も無かった模様です。結局のところは莫大な引越費と成増店の改装費が掛かっただけのようです。

01.04.15
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