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経済の研究No.165
コーポレート・アイデンティティ

 「企業認識」と呼ばれています。本来の主旨は、自らの企業の在り方を正しく知ってもらうことにあります。TV番組のスポンサーに成ったり、スポーツ大会などを主宰したり後援したり、慈善事業に寄付などの参加をしたり、機会を見つけては世間に存在を知らしめる努力をしています。
 しかし、あくまで第一段階に過ぎません。企業名や自社ブランドを認知して貰えたなら、次に自社製品や自社サービスを認知して貰う第二段階があります。その次に、企業理念や会計財務など企業そのものを広く認知して貰う第三段階があります。また認知ばかりでは不足で、同業他業種との違いを識別して貰うことや、実体を正しく識別して貰うことも欠かせません。認知と識別が伴って、初めて認識されることに成ります。

■ 叫ばれたCI
 我が国でコーポレート・アイデンティティ(以下、CI)という言葉が叫ばれたのは、1980年代後半だと聞いています。それまでは商品名などブランドを認知して貰うことに主眼があり、有名なブランド商品を持ちながら、それを製造・販売する企業の実体はおろか、社名さえも知られていない、ということが一般的でした。
 ところが商品名が認知を受け、それなりに売上げに繋がるようになると、そこに着目した他企業が、コピー商品を次々に売り出してきて、先行者利益を損なわれるということがあります。知的所有権の重要性が叫ばれ、不正競争防止法など法的保護が機能しているにも関わらず、コピー商品による売上げ減退、粗悪コピー品によるブランド価値の低下、など大きな打撃を受けています。
 そこで企業名とセットで認知して貰うということで、CIの導入が進んだと聞いています。企業名と商品名をセットで売り込み、ともに認知を受けることで、同業他社との差別化を進め、自社商品の混同を回避し、売上げアップを図るというものです。まず広告に企業名も入るようになり、あるいはタイアップや企業メセナを充実させ、イメージを植え付ける努力も続けられたようです。

■ 勘違いのCI
 確かに企業+ブランドを強烈に売り込んで、企業認知を高めることに成功した企業は沢山あります。またブランド名が売れすぎて、地味な企業名をブランド名に置き換える企業も目立つようになりました。古いところではソニーやシャープ、少し最近ではコニカ、などでしょうか。憶え易さに時代のニーズであったようです。
 ところが社名を変えることがCIと勘違いした企業が少なくなく、とくにカタカナやアルファベットに置き換えた企業が目立ちました。○○製作所、○○機器、○○商事・・・などというのを、全て○○だけにしてみたりし、逆に企業名の価値を希薄にした例が多かったのです。社内や取引先で混乱が生じ、むしろ事業内容が見えなくなったという批判も多く聞かれました。
 社名の変更は、度々ブームが興るようです。昔は「日本」や「東京」を付けるのが流行したそうですし、つぎに「大」を付けることも流行したそうです。金融機関で「あさひ」「さくら」など平仮名が流行したこともありました。ほかに「平成」ブームもありましたし、最近では「ドット・コム」もそうですね。社名はトップダウンで比較的簡単に変えられる反面、波及効果を考えずに安直な変更が行われやすいことも原因でしょうか。

■ グループ名の価値
 少し主題から逸れますが、企業名と同様に重要なのが企業グループ名です。国内には無数の企業グループが存在しますが、グループ企業にとって重要なものは、グループ全体の認知度や、親会社・中核企業の認知度です。グループ名がすでに世間で認知されていれば、自社がグループの一員であることを明示するだけで、積極的なCIを行わずとも、企業が認知されやすいメリットがあります。
 例えば「赤のスリーダイヤ」と呼ばれる三菱グループが有名ですが、三菱の名を冠するばかりでなく、おなじグループロゴ(商標)を使用していることで、どんな無名な企業でも三菱グループと認知を受けることができます。三菱には及びませんが、三井も住友も同様です。同じ商標を使用することは、グループの結束の堅さを示す意味合いもあって、これまでは好んで用いられてきました。

 ところが、日立グループで異変がありました。日立は日本最多のグループ会社を株式上場させていることで有名(金融機関を除く)ですが、今後は日立ブランドを使用するに当たって所定の使用料を徴収すると宣言したのでした。これまでは日立グループのCMが象徴するように、日立製作所が積極的なCIに取り組み、グループ各社がただ乗りするスタイルでありました。
 互いに株式公開企業であるのなら、そのコストは公平に分担するべきという考えだと言われています。社名や商品名に「日立」や日立ロゴを使用すると、これを日立製作所が名目毎に一定の利用率を割り出し、売上高に応じた利用率を徴収するというものです。グループ各社は概ね了承した模様ですが、その金額の算定方法には不満の声も上がっているようです。

■ 目指すべきCI
 しかし、本来のCIの主旨から見れば、認知されるべきは企業自身です。たとえ商品ブランドやグループブランドに企業名を重ねて認知を受けたとしても、最終的に自社が認知されなくては、意味がありません。商品ブランドの認知度が高すぎた場合、企業名をそれに重ねると新しい事業への展開が厳しくなります。商品やサービスを提供していく上では、グループという枠組みを取り払う局面もあります。独自に資金調達や市場開拓を行う必要もあります。
 そうしたときに、最後にモノを言うのは自社という企業です。世間大衆から自社が正しく認知を受けているのか、競合他社やグループ各社と明確に識別されているのか、そこには積極的な情報開示や独自の広報などが求められます。イメージで売り込むことは初期段階で必要なことですが、イメージを強調しすぎることは同時に危険なことでもあります。正しい情報開示が求められます。
 情報開示においては、当然ながら事業内容の開示が必要です。どの事業にウェートがあり、これまでどう変遷を辿ってきたのか。将来性のある事業はあるのか、その規模や見通しはどうなのか。企業理念は作られているか、それは守られているのか。そして財務は健全か、事業計画とのマッチングはどうなのか。これらが良く理解されて初めて、企業認識が実現したと言えるはずです。それが目指すべき、本当のCIであるのでしょう。

■ むすび
 企業認識をさせられる立場にある我々消費者は、虚偽や虚像が一番に困ります。一流大企業と思っていたモノが、沈没寸前のクズ企業であったりする例が少なくありません。将来有望と喧伝され、株価も高く、何となく優良なイメージに映った企業が大転けすることも珍しくありません。個々の企業を正しく認識する目を持つことが求められるのでしょうし、正しいCIを行うよう要求していく姿勢も必要なのでしょう。

00.05.06

補足1
 日立製作所がブランド使用料を集める対象に成ったのは、傘下600社にも上ります。「連結経営重視の時代を迎え、受益に応じた負担を求めコスト意識を徹底させるとともに、日立ブランドの管理・強化などを通じて、結束を促すのが狙い」だとしています。使用料の総額は今年度で50億円以上を見込んでおり、製作所にとっては大きな収益に成りそうです。しかし、使用料の拠出により赤字転落の子会社もあり、グループ会社に対する外形標準課税にとまどいが大きいようです。

00.05.13

補足2
 日本企業は、製造業を中心に海外でのブランド認知に取り組んでいますが、なかなか難しい様子です。米国では認知されても欧州で認知を受けることが難しく、トヨタでさえ欧州ではローカル企業扱いとされるので驚きです。
 NTT・JR・JTは、旧三公社から衣替えしたビッグ企業ですが、他企業以上に海外でのCIが不十分との声が聞こえてきます。JTやNTTは海外で大規模なM&Aなどを仕掛けていますが、その企業名の認知度の低さは当然のこと、その手法に対する評価も厳しいモノが聞かれます。CIを含むビジネスの欧米スタイルを早急に身につける必要を生じています。
 日本経済新聞のコラム「経営の視点」では、JRのCI意識について厳しいコメントを掲載しています。JR各社の商品・店舗にJRを使わず、グループ企業としての認知が低いとするものです。JR東日本の旅行業はびゅう、金融事業はVIEW、ホテル事業はメトロポリタン・・・事業のシナジー効果を得る努力が必要な様子です。

00.05.13

補足3
 もう「ドット・コム」も古いそうです。欧米では、ドット・コム企業が相次いで破綻しています。また最大手のアマゾン・ドット・コムが赤字体質を脱却できず、経営危機が囁かれています。こうした傾向から、ドット・コムを社名から外したり、堅い企業名に付け替えたりするのが流行だとのことです。ある種、時代の逆行ですが、企業の自己防衛手段としては仕方のないことかも知れません。それにしても他力本願な話です。

00.08.05

補足4
 社名は、1月1日を機会に変えるケースが多いようです。決算期の影響で、4月1日や10月1日も多いみたいです。21世紀を節目にしたい企業もあったようで、2001年1月1日に社名を変更するのが、「JTB(旧日本交通公社)」「カネボウ(鐘紡)」「旭化成(旭化成工業)」などと数社上がっています。どちらかと言えば、通称に社名を合わせた印象で、本文中で紹介した企業とは違いますが、新世紀早々に大変であることに違いはありませんね。

00.12.30
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