前頁へ  ホームへ  次頁へ
経済の研究No.87
銀行の台所事情

 公的資金の注入を前に、財務体質改善に躍起になっている銀行各行は、ますます資金回収に専念しています。お家大事は相も変わらず、不況・失業・倒産などお構いなしの「貸し渋り」を継続しています。一方でゼネコンの債務放棄要請の受入には積極的で、それらの穴埋めを注入される公的資金で行う必要が果たしてあるのかどうか疑問のあるところです。さて、回収した資金をどうしているのか、と考えますと自主運用に回しているようです。最近は確実に利益が確保できる債券投資への傾斜を強めており、日米の金利差を生かしたデリバティブへも手を拡げているようです。しかし・・・

■ 国債価格の下落と長期金利の上昇
 昨年末に国債価格が下落しました。財政投融資を使った国債買いオペを行わない、と12月22日に蔵相が宣言したためです。余りにも唐突で、市場への配慮を欠いた宣言により、国債相場は大荒れしました。実際の話、こんな宣言は意味がありませんでした。財政投融資で買いオペをするかしないかは公言する必要もなく、運用でいくらでも対応できたはずです。
 この結果、債券価格は安くなり、利回りは上昇しました。債券の利回りが向上することは運用利回りが向上すると言うことですが、それはあくまで新規に購入した債券の話であって、既に保有していた債券にとっては含み損が生じるだけで利回りが向上するわけではありません。これまで日本の金融機関は債券でのみかろうじて利益を確保していただけに、その保有量の大きさも祟ってダメージが拡大しています。
 また国債利回りが上昇するということは、日本の長期金利が上昇するということです。22日には長期金利が0.4%も上昇して2.0%台に迫りました。大手銀行は長期金利の上昇により住宅ローンの金利を大幅に引き上げる一方で、預金金利を小幅に引き上げました。急なことであり、各行の横並びが崩れたのがなかなか興味深いところでありました。とはいえ、金利の上昇は有利子負債の多い融資先に過重な負担を強いるため、不良化する貸出先が増える懸念があります。望まざる長期金利の上昇が、国債価格の下落とダブルパンチで銀行の財務体質を圧迫するのは間違いありません。

■ 見つからない有利な運用先
 さて、債券利回りを使った運用も限界に来ています。満期まで持つ限りには利回りは保証されますが、流動性の低下は否めません。株式市場は完全に冷え込んでおり、比較的堅調な店頭市場では多額の資金を運用することができません。これまでの外債投資や外国株投資も、近頃の急激な円高ドル安の局面では為替差損が発生しているのは確実です。外債については為替ヘッジを行っていたものの、予測を上回る変動で、ヘッジが用を成さなくなっています。
 唯一の希望は、政策上依然として低水準にある短期金利を活かす方法です。欧米でも不況回避のため利下げが行われていますが、それでも短期金利に関して言えば、充分な利幅が取れると言います。とくに円高の進行は1ドル100円までで止まると見られ、この予測が正しければヘッジを使わないまま金利スワップ取引を拡大することで利益が見込めます。これまでも金利スワップでは成果を出してきたのですが、このところの円高局面で為替差損が拡大していることと、邦銀との取引を敬遠し始めた外国銀行との交渉が順調でないことから、なかなか難しい様子であります。
 近頃では銀行株式を使った先物取引もあるそうです。3月期に大手銀行の多くは配当を出しますが、株価の暴落によって利回りが3%を超える銘柄も出始めています。期末配当で見れば1.5%の配当が見込めるわけで、これに先物を使うことで15%という夢の金利が実現する優れものです。ただし3月までに株価が設定価格を下回ると建株は全て引き取らなくてはならず、その場合は配当を受け取れるものの利回りは1.5%に低下してしまいます。こんなリスク商品が出回るのも、いつどんな情報で銀行株が暴落するか分からないことを危惧したからです。大口機関投資家がリスクヘッジ手段として編み出した裏技であります。

■ なぜ融資に資金を回さないのか
 しかし、通常の融資であれば、もっと高い利ざやが稼げるはずです。それにも関わらず融資は回収するばかりで、積極的な貸出を行っていません。一つには自己資本の低下により、多額の貸出ができなくなっているという体力的な問題があるでしょう。しかし公的資金の注入さえ受けられれば、融資余力は拡がるはずです。全ての大手銀行に資本注入が終わった段階で融資競争をするよりも現状でめぼしい融資先を見つける努力をすべきではないでしょうか。多少のリスクを取るにしても、中小企業へ薄く幅広い融資を行えば、まずまずの利ざやは稼げるはずです。
 ところが、融資をしたくともできない状況に陥っているらしいと聞きます。一つには、猛烈な貸し渋りの結果、企業の設備投資意欲が減退して、とくに長期資金の受入に慎重になっているようです。二つには、同様に貸し渋りの結果として企業との良好な関係が崩れてしまい、とくに一行依存を止める取引先が多いようです。しかし三つには、与信が正しくできる融資担当者が不足しているようです。相次ぐリストラによって経験豊かなベテラン融資担当者の肩たたきが行われました。若くて有能な融資担当者は、邦銀の将来に見切りを付けて外資企業などに転職しています。支店当たりの行員数が削減されて、残った融資担当者の業務量は増大するとともに、行員としてのモラールも低下を見せています。
 この結果、どの企業には融資が可能で、金利をいくらに設定し、担保の掛け目はどれくらいにするか、という見当の付けられる融資担当者が不在になりました。今なら対策が間に合うのかも知れませんが、このまま放置されれば完全に与信機能を持てない三流銀行に成ってしまう可能性が大きいと言えましょう。

■ 銀行の台所事情は・・・
 邦銀の凋落は優秀な人材を流出させました。融資しかり、投資しかり、運用しかりです。利益が確保できなければ不良債権の処理は進まず、やがて預かり資金も逃げ出して、ジリ貧状態に陥ることになります。それを防ぐためには優秀な人材をつなぎ止めることですが、今は待遇面で優遇するにも限界があります。
 銀行の人件費圧縮へ向けてのリストラは、単純な人員削減です。正社員を減らして派遣社員を受け入れたり、支店を閉鎖して見合う人員を減らしたりしています。こんな職場に長く留まりたいとは、誰もが考えないでしょう。給与は他業種よりも依然として高い水準にあるものの、それが能力に見合って正しく配分されているようには見えません。女性と言うだけで低い待遇を与え、年功があるだけで支店長や役員の地位と高い待遇を与えています。結局は優秀な人材を生かし切れず、彼らは幻滅を抱いて離職するか、意欲を失うかしているでしょう。まして定年まで勤め上げられるか不安の残る現状では、組織の弾力的運用と大抜擢が必要ではないでしょうか。現在の経営陣に英断を下せる人材が居ないのであれば、まず無能な経営陣を一層するのが先かも知れません。
 何はともあれ、台所事情を改善することは必要急務です。リスクの大きい投資に回す資金を通常の融資に回すよう努力をして欲しいと思います。
 また銀行から融資を受けておられるみなさん。無能な融資担当者しかいない銀行とは縁を切りましょう。信用できる金融機関と取引をする権利を主張し、金融機関の逆選別を行うことも必要だと思います。

99.01.11

補足1
 財政投融資による国債買いオペが中止されることにより、今後の国債の填め込み先が問題になっています。昨年から掲示板で議論を頂いたテーマでもありますが、政府・大蔵省は日銀法を改正して日銀に国債の引受をさせる意向のようです。しかし中央銀行であり貨幣発行主体である日銀が国債を引き受けることは、際限のない国債増発を生む危険があり、望むなら回避したいところです。
 国債増発はインフレを生じて現在のデフレ懸念を一掃する期待は持てるものの、その過程で国民や法人に強いる負担は半端なものでありません。結果としてバブル後遺症に悩む企業は救済され、自己研鑽と財務体質改善に取り組んだ企業は割を喰います。また借金をして浪費した家計は救われ、将来設計に基づき貯蓄に励んだ家計は巨大なダメージを受けます。好況期に伴うインフレとは違い、金融政策によって生じるいびつなインフレは、生じさせるべきではありません。
 日銀は現在でも銀行への融資担保として国債を管理しています。あくまでも担保の管理であって、保有ではない、という論法です。この論法に従うなら、銀行が破綻した場合は担保で回収を図ることになりますが、保有ができない以上は即時換金と言うことになるでしょう。その場合の売却損や市場への悪影響を考慮してなし崩し的に保有が認められる危険もあります。注視が必要です。
 ちなみに日銀による国債引受け論議は非公式なものですが、週刊エコノミスト99/01/19日号などにあるように市場では公然の秘密になっているようです。

99.01.11
前頁へ  ホームへ  次頁へ