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経済の研究No.66 |
ダイエー の 選択 |
品川区の日本たばこ産業(以下、JT)品川工場跡地で再開発事業が計画されています。民営化したJTが事業再構築で生じた全国各地の遊休地の有効利用を計画したものの一環で、敷地面積6万平方メートル、事業費1,000億円の最大プロジェクトです。立地はJR東海道線品川〜大井町間の臨海地で、第一京浜に沿い、臨海副都心線の新駅が設けられる予定地でもあります。JTは、鹿島とダイエーの二社と組んでの再開発を目論みましたが、ダイエーは8月10日にプロジェクトからの撤退を発表しました。
当初の計画では、事業地内に大型オフィスビル2棟と商業施設1棟、住宅・都市整備公団が建設する賃貸住宅800戸が第一期工事で建設される予定でした。このうち1つの大型オフィスビルをダイエーが取得し、グループ各社の本社機能を集約すると共に、商業施設の核テナントとして入居を決めていました。契約が交わされたのは1997年秋のことですが、1996年11月以来、予定地に会員制ディスカウントストアKou'S品川店を開業していました。ダイエーが撤退したことでプロジェクトはとん挫を強いられ、現在は計画再構築中と聞こえてきます。JTは即時退去を求めたため、1998年9月27日にKou’Sは惜しまれつつも閉店をしました。閉店までの2週間の来客数は記録的なものであったそうです。JTは計画延期で新たに発生する損失について違約金請求も辞さないと言っているようです。
ダイエーが撤退を決めた理由は、約600億円と言われた負担事業費の大きさによります。この不況下で売上げが低迷をし、コスト負担増で上場来初の最終赤字(1998年2月期)に陥ったなか、グループで2兆円を超える有利子負債が大きな負担になっています。資産売却による負債圧縮も進んでおらず、これ以上の新規投資は無謀との判断が働いたようです。しかしグループの目玉事業の断念は、内外に巨大なインパクトを与えたようです。
まず商業施設ですが、ダイエーにとって非常に魅力的な物件でありました。現在山手線沿線のグループ小売店舗はダイエー大崎店(大崎)、ダイエーナウ(浜松町)、プランタン銀座(有楽町)が在るものの、旗艦店を持ちたいというのがダイエーの宿願であります。ロードサイド店、駅前店であるとともにバックに新居住宅を持つことはも魅力的で、Kou’S品川店における売上高、加入会員数の伸びが成功を裏付けていました。1998年3月期の売上高は121億円、会員数10万人だったと聞いています。ダイエーの関東エリア店舗で100億円を売り上げる店は1ケタですから、その貴重さが分かるかと思います。
つぎにオフィスビルですが、同ビルにはダイエーほかローソンなどグループ各社の本社機能を集める予定でした。ダイエー本社は浜松町の秀和ビルに賃貸入居しており、グループ各社の本社機能は各地に分散しているようです。オフィスビルは地下2階、地上22階建てで全てを集約するに足り、これまでの賃貸費と新本社ビルの減価償却費とで相殺する計算であったようです。多すぎる子会社群も本社機能を集約すれば整理統合が容易くなるとともに、重複業務部門を一本化してスリム化を図ることが可能です。グループ戦略の決定が迅速に行われ、意志疎通の図りやすい体制の構築を目論んでいたようです。ただし本社機能を地価の高い品川に設ける必要があるのかどうかは疑問のあるところですが、一応は見栄があるのでしょうね。
今回の決断は、取引金融機関の意向でもありますが、財務担当の副社長に就任した鳥羽氏の考えにもあるようです。有利子負債の圧縮のため、アラモアナ・ショッピングセンター(ハワイ、推定価格1,100億円),銀座OMCビル(銀座、同40億円),旧ワーナービル(銀座、同80億円),横浜ドリームランド(横浜、同400億円)などが候補に挙がっていますが、いずれも実現を見ていません。1兆円負債圧縮のためには新規投資など論外だという判断です。難しいのは撤退が果たして妥当であったかどうかでしょう。
新本社が取得できれば、秀和ビルの賃貸料(金額不明ですが・・・)が不要になりますし、関連会社の本社機能が収まっているスペースの賃料が不要になります。上述のように諸処のコスト削減効果も出たでしょう。銀座OMCビルを空にできれば売却話も進むはずです。しかし秀和ビルにはダイエーナウ,メディアバレー,中華レストランが入居し、その周囲にほっかほか亭ほかの系列店が集合しています。銀座OMCビルにもローソン,らんぷ亭,ウェンディーズ,ダイエーフォトほか店舗が入居しており、本社機能だけの移転は難しいようです。また赤字を垂れ流すグループ会社の整理統合は新本社とは無関係に実施可能です。1997年には持株会社を使って株式評価損の出たグループ株式を集め、問題子会社は積極的に整理するそうです。こう考えますと、新本社は必要急務な投資では無かったことになります。
しかし今回のプロジェクト撤退は急でした。ダイエーは商業施設の継続は続ける考えであったようで、Kou’Sの撤退も迫られないと踏んでいたように見受けられます。しかしJTは用地利用に明確なビジョンもないままKou’Sを叩き出しました。核テナントを新しく見つけるとJTは宣言していますが、至近の大井町駅には数々の百貨店・スーパーが進出しており、ダイエーと交渉決裂に及んだのは性急ではなかったかと思います。
ともかく叩き出された形のダイエーは面目を潰しました。自分の根回し不足の失敗とはいえ、新本社設計費,Kou’S閉鎖費用(工事費の他に年会費3億円の無条件返金ほか)などで30億円近い損失を出した上に、これから違約金や損害賠償金の支払いが発生するかも知れません。しかも品川からの急撤退は大きなイメージダウンを生みましたので、品川近辺への再進出は難しくなるでしょう。JTの大人げない態度も問題ながら、ダイエーの戦略上の稚拙さが目立ちました。
流通業界では出店予定の撤回、核テナントからの撤退、などが相次いでいます。量より質への脱皮を図り、不採算店舗の閉鎖・移転を急ピッチで進めています。今回宿願を放棄し、大きなイメージダウンを受け、さらに多額の損失を発生させてまでしたプロジェクトの撤退が、成功であったか失敗であったかは、これから明らかになることでしょう。宙に浮いた500億円以上の資金は負債圧縮ではなく、店舗改装など売上げのテコ入れに使うそうです。その金をどう利益に繋げるかも、これから試されることなのでしょうね。
売却候補の資産&評価額はFRIDAYの特集記事から引用しました
98.10.11
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補足1
現在のダイエーが利益を生めない体質なのは、本体もさりながら、不透明な子会社損失です。本体は債務の肩代わりや債権放棄,ローソン株式などの簿価譲渡で支援をしていますが、その損失が何によって発生しているのか、オープンにされていません。またダイエーOMCに発生した2,000億円近い不良債権もどこから発生したのか、ついに検証できませんでした。本文のアラモアナSCは半分は中内家の持ち分だと言い、ファミリー企業が多数の不動産を取得しているとも言います(佐野眞一氏の「カリスマ」参照)。そうした不透明な部分があるため、グループ企業の支援とは表向きながら、実態はファミリーへの利益移転が行われているのではないか、と危惧しています。今回設立した持株会社の出資者は中内社長の三人の息子達で、しかもローソンに多額の評価損を抱かせて大量の子会社株式を移転しました。。。上場企業として開かれた経営をし、公私混同は行わないで欲しいと願います。
98.10.13
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補足2
JTはなぜもう少し譲歩しなかったのか、と考えています。今回の第一期工事の事業費1,000億円のうち、JTの出資は200億円程度だと言われています。あまりに他人任せであるような気がしませんか。事業主体であればオフィスビルも商業ビルも自前で作って、ダイエーグループに貸し出すという譲歩もあったはずです。ダイエーには有期限のビル所有の買取権を与えるとか、分割購入を認めるとかしても良かったのではないか、と思います。
金融機関にとってもダイエーの初期負担分が100億円程度であれば異議は唱えなかったのではないか、とも考えます。今回のプロジェクトはJTにとって重要なモノであるとともに、潤沢な手元資金を活かしてビルリース業を手掛けても良かったのではないかと思います。あるいはオフィスビル1棟の建設は見送って、商業施設1棟だけをダイエーに作らせるという選択肢もあったように思います。みなさまはいかがでしょう?
98.10.14
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補足3
蛇足ですが・・・近頃は空室が増えて賃貸料の低下が著しいオフィスビルですが、品川周辺は昨年に比べて平均10%以上賃料がアップしているそうです。その最大の理由は、ソニーのグループ集結にあるそうです。横浜・川崎に点在する営業部門ほかを品川に集約するため、ソニーが本社に近いオフィスビルの借り上げを進めていることが原因です。また、品川駅に東海道新幹線の新駅が作られることもあり、2003年を目処に品川に移転してくる大手企業も増えているそうです。三菱重工業はじめ三菱系数社、キヤノン販売などの名が挙がっています。とくに品川駅の南側・東側の需要が大きく、JT再開発地にオフィスビルが建てば引く手数多かも知れません。
98.12.11
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補足4
#N3月10日、JTはRJRナビスコ社の海外タバコ事業を78億ドルの巨額で購入すると発表した。タバコの害が声高に叫ばれる中で自らタバコ事業を拡大する戦略を採ったわけですが、あまり賢明な戦略でないようです。そもそもナビスコ社の海外事業だけではコストが掛かりすぎて割に合わないこと、それでいて購入代金は60億ドルが妥当と言われる中3割増の大盤振る舞いです。補足2の8億ドルなど問題にもならなかったでしょうに・・・。
多角化のための事業買収では、旭食品の食品子会社買収や英国ゼネカ社との合弁による遺伝子組み替え農産物事業進出などありますが、資金規模ではまだまだです。本気で多角化するつもりがあるのでしょうか?
99.03.18
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補足5
新しいテナントとしてジャスコと契約を結んだそうです。ジャスコは店舗のスクラップアンドビルトを進めており、効率よく運営できる立地を探しているようです。山手線沿線には目立った店舗がないため、品川への進出を足がかりとする考えのようでもあります。しかしジャスコのキャッシュフローは決して潤沢といえず、ダイエー同様にやや不安があります。JTが少し譲歩したのでしょうか?
99.04.14
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補足6
本文のテーマとは関係がないのですが、補足4の補足です。巨額の資金を投じて買収したJTインターナショナル(旧RJRナビスコの海外事業部門)の2000年3月の収益見込みが、258億円の黒字見通しから51億円の最終赤字に転落するそうです。連結売上高が予想を1,000億円も下回る4兆3,300億円に留まったためです。
♂ュ円以上の下方修正は、東欧やCIS市場の業績低迷・円高・流通在庫の調整・減価償却期間の短縮など多数説明されていますが、要するに利益の出にくい部門を高値掴みさせられたということです。5年後には3億ドルのシナジー効果が出るとのことですが、諸外国によるタバコ規制・タバコ煙害訴訟など先行きはかなり不透明で心配です。
♂ュ円も1期で捨てるぐらいならダイエーに少しは配慮しても良かったのでは? ダイエーは浜松町の事実上の本社から撤退し、成増へ逼塞するそうです。第116回「これから始まる本社移転」を参照して下さい。
99.12.31
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