経済の研究No.65
BIS規制という怪物
ずっと
BIS規制
の説明がありませんでした。これを機会に整理してみたいと思います。
BISとは
国際決済銀行
の略称で、1988年6月にスイスのバーゼルで開かれた銀行規制監督委員会の決定が今日のBIS規制の発端です。その決定は「
銀行の自己資本比率の国際統一基準
」という表題で、要するに「
破綻する金融機関が増える中、国際業務に従事する金融機関には、それなりの自己資本を確保するべきだ
」という議論のもと、国際業務を手掛ける金融機関は自己資本比率8%を達成しなければ成らないというものです。また従来は自己資本比率の算定基準が統一されていなかったので、合わせて国際標準が決められました。規制の対象はG10に含まれる金融機関と決まりました。
リスク・アセット・レシオ
(
BIS規制に云う自己資本比率
)=(
自己資本
)/(
リスク・ウェートによる加重総資産
)で計算されます。自己資本は、資本金や公表準備金など資本勘定であるティア1(一次資本)と、貸し倒れ引当金(上限はレシオベースで1.25%),有価証券含み益,永久債,期限付劣後債(上限はティア1の50%)ほかであるティア2(二次資本)とから成ります。また加重総資産(
リスク・アセット
)は、
資産額×資産カテゴリー別リスク・ウェート×掛け目
の総和で計算されます。カテゴリー別リスクウェートは、現金や自国中央銀行(つまり日銀)への預け金、国債、自国及びOECD諸国政府向け貸出・資産は0%(つまりリスクなし)、自国及び外国銀行向け債権のうち期間1年未満のものは20%、個人向け住宅ローンは50%、それ以外の全ての債権は一律100%で算出されます(その他公共機関向け債権や世界銀行債権については各国裁量)。そして掛け目は簿上債務や債務保証は100%、NIFやRUFは50%、LCは20%、1年以内のコミットメントは0%と成っています。
なぜ自己資本比率なのか、という議論が必要ですね。そもそも銀行規制が必要だという議論は、1982年の米国の
コンチネンタル・イリノイ銀行
の経営悪化に始まりました。同行はじめ破綻の相次いだ金融機関はいずれも自己資本比率が低かったことに着目した金融監督当局は、大口問題債権の圧縮と自己資本の増強に専念させました。
このため当時は自己資本比率の向上こそ万能と考えたようです。しかし本当は海外進出が著しい日本金融機関の封じ込めの狙いがありました。1988年当時のロンドンでは邦銀の貸出シェアが25%を上回っていたと云います。また邦銀による海外金融機関の買収も盛んでした。当時の邦銀は預金獲得競争が一服し、政府の規制金利のもとで調達した低金利預金を海外企業へ融資したことが背景にあります。
海外金融機関に比べて低金利で融資すればシェアが伸びるのは道理で、薄利多売融資に邁進していたものです。危機感を持った欧米金融機関は、それにブレーキを掛けるために、日本の低自己資本比率に目を着けたのです。当時の都銀の自己資本比率は3%を下回っており、BIS規制が導入されれば融資を抑制するか増資をするかを選択させられるわけです。
都銀は当時持合株式の比率が高くその含み益も多かったのですが、増資をするには出資割合の調整が必要ですから無闇な増資はできませんでした(当然持合相手に出資に応じて貰う資金が必要でしたし、継続的に配当する負担も増えます)。また株式の評価替えで含み益をはきだして自己資本勘定に積み増す方法もありますが当然に課税もされるわけですから限度があります。
邦銀は、含み益の自己資本算入を求めました。交渉の結果、含み益の45%まで算入できることになりましたが、現実には
ティア2はティア1を超えることができない
という制約から、当時算入できたのは含み益の20%程度であったと言います。突然に抱かされたBIS規制という怪物に、邦銀は四苦八苦をさせられ、自己資本強化と融資先の選別を進めるうちに海外シェアを落としました。
ここへ来て都銀の体力低下が云われています。まず自己資本を切り崩してまで不良債権処理を進めているためにティア1が減少し、さらに含み益が無くなってティア2も減少しています。以前はティア2に算入するメリットの無かった劣後債の発行に専念しているのはこのためです。優先株式の発行で自己資本を増強してティア1強化に乗り出した銀行もあります(そのデメリットは配当負担の増加ですが、赤字決算のお陰で減配や無配になりデメリットが軽減されました)。
ところが世界不況に填りつつある昨今では、海外金融機関にとっても自己資本比率維持が厳しくなり始めました。かつて10%を超えた金融機関でも、倒産企業の増加で自己資本の取り崩しがつづき、日本同様に貸し渋りをせざるを得ない状況に填りつつあります。とくに一般企業向け融資のリスクウェートが一律100%であることに不満は大きく、企業別のリスク算定をしたいというのが本音のようです。そこでBIS規制の見直しをするそうですが、だとしても邦銀にとっては国際優良企業ほど直接金融に傾斜しておりあまり効果はないかも知れません。
算出方法は「大蔵省銀行局」(栗林良光著)の資料から引用しました
98.10.04
補足1
かつて世界最大の金融機関を誇った
バンク・オブ・アメリカ
(BOA)は、総資産利益率(ROA)の低下から
通貨監督官庁
(OCC)の警告を受け、自己資本比率の向上と大口問題債権の削減と貸倒準備金の積み上げを命じました。この際OCCはBOAの全重役から誓約書を提出させ、誓約が守られなかった場合は法廷で経営陣の交代を迫る構えであったと言います。それだけ全重役も必死になって再建に取り組んだわけで結局は達成されました。日本の金融監督庁でも誓約書を取るぐらいのことはできるでしょうから、現在のお座なりな経営責任追及をやめてOCCに倣ってみてはどうでしょう?
補足2
現在のBIS規制に基づく自己資本算出方法の欠陥は、やはり一般企業向け融資のリスク・ウェートです。例えば鈴木商店の破綻で連鎖倒産した台湾銀行の自己資本比率は20%を超えていたといいますし、昭和恐慌で自己資本比率が10%を上回っていた金融機関の実に2/3が倒産しています。恐慌という大きな要因は働きましたが、やはりリスク要素の適正評価が、まず必要ではないでしょうか。
補足3
金融監督庁は不透明な自己資本算定を阻止するため、本文中の「自国及び外国銀行向け債権のうち期間1年未満のもの」のリスク・ウェートを20%から100%へ引き上げると発表しました。ゼネコン融資などで他行保証付きの債権でも債権放棄を迫られている実状や、自己資本比率の嵩上げのために一時的に他行の債務保証を付けるような事例が報告されていることを勘案したと言います。
また同時に高金利で引き受けて貰っている優先証券や劣後ローンは、自己資本と認定するには適切でないとして、除外するとも発表しています。両方を合わせると大手銀行全体で0.5%程度の自己資本比率低下になると言います。金融監督庁は出せる限りの膿を出させる方針で、結果として公的資金の注入申請額を積み増させる狙いもあるようです。
99.01.31
補足4
現在、BISのバーゼル委員会では、BIS規制の改正案(通称、新BIS規制)が検討されています。現行の規制では、自己資本に算定できる基準が甘いとの指摘があり、リスク・ウェートも画一的で説得力が無いなどの指摘に応えることを目的にしています。主な目玉は、この「リスク・ウェート」を厳しくして自己資本算出に制限を強めること、事務処理に絡んでの事故や不正に備える「オペレーション・リスク」を自己資本比率に反映すること、にあるそうです。
しかし、当初2004年に導入するとして提示されたBIS規制の改正案は、新旧で自己資本比率が著しく悪化すること、オペレーション・リスクの負担割合が過大であること、中小企業向け融資を縮小せざるを得なくなること等の指摘があり、改正案の見直しを行うとのことです。当初は2001年末に確定させる予定だった改正案は後ろ倒しになり、導入も2005年に延期されることが極まったそうです。
依然として不良債権処理が進まない邦銀にとって、1年間の猶予は大きなモノがありますが、それを良いことに改革を遅らせることがあっては無意味です。金融庁主導で不良債権分類の見直し、株式保有制限の導入等が検討されていることもあり、1年間の猶予を積極的に利用して、自己資本比率の健全化が図られることに期待しましょう。
01.06.30