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経済の研究No.38
時価法と低価法と原価法

 最近では、雑誌も新聞も書き立てているので、みなさんご存じですよね。国際会計基準を導入しようと言っている現状で、有価証券の評価基準を原価法に改めようと言っています。国際会計基準はもちろん時価法ですから、大いなる矛盾を生じているわけです。

 まず時価法ですが、有価証券の評価額を毎期毎期洗い直して計上する方法で決算期の企業実力がはっきりと出ます。この方式の欠点は、予期せぬ理由で保有株式の価値が急落した場合に、本業とは関係のない次元で巨額の損失が出てしまうことでしょう。日本企業が導入を怖れるのは義理株の急落がこわい事が理由の一つです。危ないと分かっている取引相手でも一定の義理株を持ち合う日本慣行では、有価証券の保有を会社支配と完全な投資とに切り分けている欧米企業に比べて甘ちゃんです。株式を保有する前に相手先の企業調査をしてリスク管理をしなかったことが、バブル崩壊後の最近では問題化してしまっています。さらに巨額の含み益を生んでいる株式が表面化することを怖れています。売却することができない有力子会社の株式が、時価法を適用することで一挙に含み益を吐き出す危険があり、特例法でも制定されない限りは巨額の含み益は当期利益を押し上げて多額の法人税に跳ね返ります。その結果、持株の一部を外部に売却して資金を捻出することになり、有力子会社に対する持株比率が下がってしまいます。有力子会社が連結対象から外れたり、外資による買収の危機にさらされたりしても救済する資金もないのです。また含み益のない丸裸の経営は、事なかれ主義の企業経営者にはできません。

 これまでの低価法は、日本風土向きな評価方法であったと言えます。含み益で決算を調整し、誰もが明確な責任を取ることなく、誰もが役員報酬と退職金を手に退社していくことができるシステムは、低価法によって約束されていました。低価法は時価と原価(簿価)の低い方を採用する評価方法です。また一般企業はクロス商いなど一旦市場を経て原価を洗い直しますが、生保などは帳簿上の操作で原価の変更ができました。したがって、黒字が大きいときには時価が原価を下回る銘柄を売却して意図的な損失を計上したり、不動産を簿価を下回る価格で子会社に転売したりして、含み益を貯め込む操作をしてきました。ところが持合株式の放出などの影響で時価が原価を大きく下回る銘柄が相次いだため、金融機関の多くでは相次いで原価の洗い直しが行われました。また以前に不良債権処理のため高値に原価を洗い直した銘柄が株価低落の影響で大きな含み損を産み始めています。

 そして原価法です。このままでは1998年3月決算の時点で、首が回らなくなる銀行が増えると大蔵省は判断をしました。評価損を埋めるために含み益のある銘柄を売却すると、市場での株式需給に悪影響を与えるため、さらに値下がりする保有株式が増え、さらに評価損が増え・・・という悪循環を生む危険があったのです。それを回避するために政府は株価PKOを発動し、大蔵省は原価法への切り替えを認める方針を示しました。今更ですが、時価が幾ら下がろうが有価証券の価値は原価(簿価)のままという徳政令です。ただし時価が原価の50%を割り込むと原価を洗い直すことを義務づけています。したがって、紙屑になったワラントや拓銀株式を原価で計上することはできません。
 原価法は含み損を表面化させない唯一の手段でした。しかも大蔵省の失敗は、原価法への切り替えを自主判断に委ねたことです。「会計基準の連続性の原則」は企業会計の鉄則です。それを大蔵省自ら歪めたのは問題であったといえます。しかも自主判断に委ねてみると、問題のある金融機関ほど原価法の採用を打ち出しました。結局は株式市場は原価法に切り替えたかどうかで、冷静に資産状況を推測しました。表向きの小細工は役に立たなかったわけです。ここで時価法に改めると宣言した金融機関があれば、間違いなく買いだったはずです。しかし横並び第一主義の大手行にはありませんでしたね。

 今後、株価が大きく上昇するまで塩漬けしようと言う目論見のようですが、そうした問題の先送りと責任問題の無期延期がどういう問題を生むのかという事には想像力が働かないようです。日本の投資家は忘れても海外の投資家は不透明な行政救済を深く観察しています。彼らを納得させるか、騙せるかしなければ日本の株価上昇はないはずですが・・・政府も大蔵省も、当の金融機関も気が付いていないらしい。それとも責任回避のために気付かないフリをしているのでしょうか。

98.08.01

補足1
 原価法を採用した大手行は、都銀が一勧、さくら富士、住友、大和、三和、東海、あさひ。長信銀が長銀日債銀。信託銀が三井信、住友信、安田信、東洋信、中央信、日本信です。赤字で示したのが1998年3月期で有価証券含み損を生じている銀行です。つまり、東京三菱銀、興銀、三菱信が低価法のままということになります。住友、三和、東海の各行の含み益は2500億円以上と未だ潤沢ですが、将来に備えたものか原価法に移行しています。

補足2
 大蔵省は原価法を採用することで少しでも資金余力を生じて欲しいと願ったようです。先頃の公的資金注入も資金余力を生じることを期待し、その余力が貸出原資になることを願っていました。しかし結果的には全て不良債権の前倒し償却の原資に使われてしまいました。決算直前に3兆円近くも償却額が増加したことは、皆さんの記憶に新しいでしょう。

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