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経済の研究No.36
自己資本比率とPBR

 会社が現在保有している資産の簿価合計を総資産といいます。企業はこの総資産をフルに活用して様々な財(商品やサービス)を生み出します。本来は出資者(株式会社では株主)の出資金(株式会社では株主資本金)の範囲で企業を運営するのは大変です。もちろん業績がある程度安定すれば出資金の範囲で運用することも可能になりますが、一般的には金融機関から資金を借り入れます(間接金融といいます)。あるいは社債を発行して市場から資金を調達します(直接金融といいます)。メーカーが工場を建てて業容を拡大する場合や、スーパーが店舗を拡大してスケールメリットを追求する場合には金額が大きいだけに資金を外部に求めざるを得ないわけです。ただし、外部から資金調達をする場合は必ず金利負担が発生します。借り入れる以上は必ず返済できる自信と、金利を支払っても利益が出る目算とが必要です。
 企業がどれだけ借入金に依存した企業活動をしているかを見る指標に自己資本比率(=自己資本総資産)があります。自己資本(株式会社は株主資本)は上記の出資金と、法定準備金(新株を時価発行したり転換株式が発生した場合に積み上がる資本準備金、将来の配当原資の一部を留保する利益準備金など)と、剰余金(期末の剰余金のうちから株式配当と役員賞与が支払われますから、剰余金がマイナスであれば出資金か準備金を取り崩して穴埋めすることになります)の合計をいいます。自己資本以外の資産は全て負債(=総資産自己資本)ですから、自己資本比率が低いほど負債(負債の大半は借入金ですが、買掛金や未払いの事業税・法人税、退職給与引当金なども含まれます)が大きく、経営が不安定に成ります。
 膨大な設備投資が必要な産業ではやむを得ず自己資本比率が低くなりますが、同業種の企業を比較して極端に自己資本比率が低いのは極めて危険な状況です。例えばダイエーは株主資本が2,494億円に対する総資産は13,024億円、自己資本比率は19.1%(データは1998年2月期)と極めて不安定な状況にあります。これに対してイトーヨーカ堂は株主資本が6,305億円に対する総資産は8,559億円、自己資本比率は73.7%(同)と安定しています。イトーヨーカ堂の方が借入金への利払い負担が小さく、ますます剰余金を積み立てる余地が大きくなります。剰余金の一定額が法定準備金に繰り入れられるため、ますます両社の格差は大きくなります。ただし自己資本比率の高さは一概には比較できません。未上場企業の株式や不動産は含み資産価値があるため簿価上での株主資本には正しく反映されていません。当然ながら含み益もあれば含み損もあります。ダイエーは含み益を吐き出して株主資本の減少を必死に食い止めています。

 株主は自分の出資金である株主資本金がどれだけの価値になっているか興味のあるところでしょう。1割配当があれば10年で元本償還を受けることができますが、株式を持ち続ける限り会社の資産に対して一定の権利があります。これは一株株主資本(=株主資本発行済み株式数)を目安にすることができます。前述のように株主資本は簿価評価であるため厳密な数値ではありませんが、大凡の価値を計る指標になります。また企業が優先株式を発行している場合は、株式資本から優先株式相当額を引いてから計算することになります。一株株主資本が大きい企業は、より多くの利益を生み出す可能性がありますから株価は高くなります。反対に一株株主資本が小さい企業は、それなりの利益しか生み出せませんから株価は安くなります。ですから単純に株主資本の絶対額だけでは企業の実力は測れません。株式を購入する目安に株価純資産倍率PBR(=株価一株株主資本)があります。PBRが高いということは、一株資本以上に実力を評価されているわけであり、効率的に収益を上げていることが評価されているか、大きな含み資本に期待されているかしています。その銘柄に人気がありすぎて(または市場流通量が少なすぎて)PBRが高いこともありますので、株式購入に当たっては慎重な判断が必要です。
 聡明なお客様はお気づきですね。前回ROE=当期利益/株主資本だとご説明しましたが、分母分子を発行済み株式数で除算しますとROE=一株利益/一株株主資本になります。そして前々回でPER=株価/一株利益でした。つまりPBR=ROE×PERであります。ROEを引き上げれば自ずとPBRは上がるということです。従って経営者を評価する指標としてPBRも極めて重要になります。

 かつて株主資本の大きさが株式会社のステータスだと考えられてきました。これが日本企業の凋落の元凶なのです。株主資本を膨らませるには増資をすれば良いのです。このため資本準備金を取り崩して株式分割や無償増資を行いました。あるいは有償増資や金融機関への第三者割当増資もしてきました。
 この結果、株主資本が膨らみROEが低下しました。株式数が増えたので一株利益が減少してPERが上昇しました。PBRでは変化が無くともPERもROEも悪化していたわけです。また銀行も株主資本の大きな企業には多額の資金を貸し込んできました。結果的に実力以上に株主資本を膨らませた企業は実力以上の負債を抱え込んでいます。無理をせず株主資本の範囲で慎重な経営を行ってきた企業が現在も堅調なのです。貸した銀行が悪いのは当然ですが、借りる決断をした経営者にこそもっと重い責任があります。

98.07.30

補足1
 いまだに銀行の与信は、企業の資本金や従業員数を判断材料にしています。この不況では、資本金が肥大化している企業や、余剰人員を抱え込んでいる企業が危ないのに、その逆の判断をしています。銀行は全く学習しなかったということなのでしょうか。

補足2
 一時期のダイエーや一部の建設・金融会社ではPBRが1.0を下回りました。これは不良資産(債権)で一層株主資本が減少すると市場が判断したことによります。日本の上場企業のPBRは平均2.0だそうです。これに対して米国では4.0程度が一般的です(ややバブル気味なのは勘案して下さい)。

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