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経済の研究No.12
自社株式消却って何だろう

 業績の良い会社で、最近は自社株買い自社株消却の発表される例が増えています。自分の会社の株式を買うとか消すとかってことはどういうことでしょうか。

 自社株の購入(自分の会社の株を買うこと)は、タコが自分の足を食べることに似ています。本来は株主に持って貰ってこそ、その額面の金額を会社運営に使えるのであり、それを自分の株式を買うことに使ったのではマッタク意味がありません。しかし株価が下がり始めた場合や、株式転換を進めたい場合は、自力で買い支えようとするのが人情です。その危険を考えて長い間禁止されていたのです。
 現在でも例外はいくつか認められています。例えば、持合株式を持つ会社同士の合併、関係会社や子会社との合併で一時的に自社名義の株式が発生する場合があります。この場合は一定期間に売却するか、合併時の取り決めで自己保有の自社株式を消却する約款を設けるかするのが通例です。また株式分割などを行った場合は単位未満株の買い取り制度があります。この場合も売却か消却を予め選択しておくことで対応していました。しかし近年、自己資本の削減を目的とした自社株保有とその消却が認められようになりました。

 それでは自社株の消却とはどういうことでしょうか。これは発行株式の一部を回収して発行株式数を減少させることです。つまり始めから無かったことになるのです。高度成長期には資本金の大きさが会社のステータスを示す目安になりました。株式上場においても発行株式数と株主数とが上場審査の基準となったから資本金拡大に走った企業は大きかったのです。しかし最近では株式消却、つまり資本金を減少させる企業が増えています。何故でしょうか。

 一つ目の理由は、株式配当の負担減にあります。これまでは株式の値上がりが大きく期待されたため、株式配当金に興味を示す投資家は少なかったのです。しかし、株価の上昇がストップし、むしろ下降し始めている現状では、株式配当にでも期待せざるを得なくなっています。会社の業績が低迷を始めている場合でも、大きな赤字を計上することが無い限り減配(配当を減額すること)や無配転落(配当が払えなくなること)を実施するのは難しいです。配当金は当該期の1株利益(1株当たり何円の利益を上げたかという指標)の範囲内で支払われますが、次期での回復が見込める場合は資本準備金などから取り崩して支払われています。発行株式数を減らせば配当金額の負担も減少するのでメリットは大きいです。
 二つ目の理由は、株主への利益還元にあります。高度成長期には資本金を増加させるために、株式の無償増資や株式分割が頻繁に行われました。10割増資が当たり前の時期もありました。しかし来期にも同額以上の株式配当を支払わなければ株式分割の意味がありません。かといって、0.5%を下回るような分割や無償増資をしたところで事務経費と手間の割に効果が少ないです。そこでその利益で自社株式を買い戻そうとするのです。この場合、金額ベースではわずかでも、一株資産(会社の総資産を発行株式数で割った指標で、1株の価値の目安)は上昇しますし、企業の株主重視の姿勢が評価されて株価も上昇します。
 三つ目の理由は、複雑な資本関係の解消にあります。理由ありで保有して貰っている大口株式の填め込み先に困る場合があります。あまり事例のある話ではないですが、その場合、市場で売却すると自社株価への影響が大きいので、思い切って消却することも必要です。グループ企業などで子会社(100%子会社は当然に親会社株を購入できない)と相互に持合になっている株式を整理する場合にも有効です。1997年12月から純粋持株会社が認められるようになったため、このケースの利用も増加しそうです。

 具体的な消却の手続はどうなるでしょうか。まず自社株買いをするためには会社約款にその条項(自社株を買い入れる総枠と、その買い入れた株式を消却する旨を記載)を設ける必要があります。例えば上記三つ目のケースを悪用して、特定投資家から高値で自社株を引き取る可能性があります。悪意が無くとも買い取り前後に株価が急落する可能性が無いとも言えません。これは他の株主に不利益を生じますので、まず自社株買いとその消却について株主の許可を受けねば成りません。次に購入する上限株式数を決定します。これは株主資本ベースでどれだけ資本金を削減するかを決めると自動的に決まります。そして上限買い付け価格を決定します。一般に自社株消却は株主のメリットとなるので、株価が上昇します。値上がりを期待して買いが進むと金額ベースが予算額を上回りますので、上限株式数に達しなくても打ちきるための上限購入金額を決めておくのです。最後に実施期限を定めます。不幸にも株価が跳ね上がってしまっても、この期限になれば自社株買いを打ちきるのです。
 そして自社株買いの詳細は一般紙に公告されなくてはいけません。場合に依れば購入状況や消却状況をも公告する企業があります。やや不透明になりがちな自社株買いというオペを外部にクリアに見せるためです。

 自社株買いは好業績の企業に限られています。その理由は、自社株買いの原資は当該期の利益内でというシーリングがあるためです。したがって、株式配当の負担が減少することが分かっていても消却できませんでした。今回の規制緩和により、資本準備金相当分も含めて自社株の購入資金とすることが可能となりますので、今後は大きく進展するかも知れません。なお、トヨタ自動車は自社株買いに熱心ですが、これが評価されて株価が上昇した結果、株式転換社債の株式への転換が進み、消却株式よりも転換株式の方が増えるという珍現象を生みました。こういう場合は市場で転換社債やCBを直接買い入れた場合の方が有利となることもあります。その場合も自社購入を行う旨を公告する必要があります。

98.02.27

補足1
#N3月期には自社株消却を定款に自社株消却枠を盛り込んだ企業が多かったようです。実際には上場企業(店頭を含む)の1/3であったと言われています(その総計は97億株、総額は6兆円)。
 ところが、自社株買いを実施したのは、その半分にも満たないのが現状です。実施した企業でも予算がわずかであり、実効の上がった企業は少なかったようです。自社株買いが株価上昇に直結していたためマスコミは狼少年などと呼んでいましたが、同業他社が自社株買いを発表すれば追従せざるを得ない市場の雰囲気がありました。定款を変更することと、実施をすることとは大きな違いがあることをマスコミも冷静に見て欲しいと思います。株主としても自己資本や手元資金が減ることを必ずしも望んでいないことがあるのです。

補足2
 自社株消却が、比較的定着してきました。手元資金に余裕のあるトヨタ自動車などがリーダーシップを取っています。バブル期に日本企業が調達した資本は14兆円と言われ、さらに持合株解消の圧力のもと、いかに消却して資本効率を高めるかに、投資家の関心が持たれています。
 自社株購入は、当期利益や内部資金を活用することが多いですが、敢えて資金を借り入れて消却する企業まで出ています。東燃ゼネラル石油では、株主資本が有利子負債の三倍強であるため、敢えて自己消却して二倍以内抑えるそうです。実際のところは、親会社の意向で厚い自己資本を株主に還元するというところだと思いますが、資本効率が改善するのなら、借入金を増やすことも一考かも知れません。長期的には配当負担の軽減も期待できます。

01.06.03

補足3
 「消却する体力はないものの、とりあえず株安を何とかしたい」という趣旨で、金庫株の導入が検討されています。文字通り、金庫に眠らせるためだけに買うわけですが、いつまでも金庫に寝かせておくと、自分で自分に配当を払いかねません。全くの不稼働資産であり、これを無制限に解禁することは、極めて危険です。とりあえず引受先を探すまでという場合も、期限や目的の明示を義務づける必要があるでしょう。
 利点としては、企業再編成やストックオプションに活用できると説明されていますが、いかにも付け足しです。そういう用途に限定するわけでもないため、株価操作やインサイダー取引のリスクがあります。経営上の重大事項を発表後に売り抜けたり、逆にオーナー等の株式保有を肩代わりしたり、デメリットの方が目立つようです。しかし、金庫株を悪用すれば、公開株式を全て借入金で買い戻すという荒技も可能で・・資本主義の大前提が崩れかねません。

 現在のところ、自社株の保有が認められているのは、自社株消却、合併・営業譲渡、債務者からの代物弁済、端株、社員や取締役会への譲渡(持株会)、ストックオプションとなっています。企業再編成やストックオプションについては、現行の枠組みで可能であることが分かります。

01.06.03

補足4
 金庫株の導入が真剣に議論されています。読者の方から、企業によれば自社株で財テクができるのではないか、というご意見がありました。確かに、実体以上に株価が低迷している場合は、配当利回りが5%とか7%とかいう例があります。仮に、金融機関から金利3%で資金が借りられた場合、利払いしても会社として儲かるという変な話に成ります。本当であれば、株式を消却すべきですが、金庫株による財テクという選択肢が出るかも知れないですね。
 似たような例に、自社社債を市場で購入して消却してしまう方法もあります。社債の信用度が下がって額面を大幅に割っている場合は、金融機関から資金を借り入れて購入することで、債務圧縮の効果が出ることに成ります。破綻生保から自社社債を買い叩いて、消却益を大幅に計上した企業も出たぐらいで、厳密にはインサイダーに当たるかも知れませんが、賢い財テクかも知れません。

01.06.10

補足5
 ストックオプションの事例ですが、大量にストックしていた自社株式が、その後の株式低迷によって大幅に値崩れしているベンチャー系企業が増えています。当然に含み損を抱えている上に、ストックオプションの権利行使額を引き下げるなどすると損失が顕在化するため、保有する自社株式による業績下ブレが心配されます。2001年9月期にも数社で含み損処理が行われました。
 またIT企業の合併において生じた自社株式等が、合併前後での株価急落により大幅な評価損を発生する問題も顕在化しています。市場売却すると流通株式がダブついて値崩れを生じるために、会計処理で損失計上するのが精一杯のようです。
 金庫株は解禁となりましたが、当初想定外のリスクが出てきました。大量の自社株式をストックしていた場合に、企業業績の下ブレが顕在化すると、本来の業績低迷に加えて、金庫株の評価損が上乗せされます。さらなる信用不安・株価低迷へと悪循環を辿る懸念があります。短期・長期を問わず、保有する金庫株を開示するなどの透明性の担保を強化して欲しいです。

02.1.13
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