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経済の研究No.03
困りものの勝手格付け

 日本企業にはウソつきが多い様子です。以前は会社四季報や会社情報には本当の財務内容が公開されているはずでした。あるいは大蔵省印刷局発行の有価証券綜合報告書には本当のことが書かれているはずでした。しかし神話は崩れてしまいました...1997年に相次いだ上場企業の倒産で、いずれの会社も公表値とはかけ離れた負の遺産を持つことが明るみに出たからです。山一証券や東食のように子会社への不良資産の移転、時価とかけ離れた簿価評価、表に見えなかった債務保証といった日本企業独特の体質が表面化したのです。
 日本企業が資金調達をするのは主に銀行からです。これを間接金融と言います。銀行というクッションをおいて市場資金を集めるものです。これに対して、株式上場企業は社債や株式増資で資金を調達することもできます。これを直接金融と言います。欧米では直接金融が主流です。直接金融では銀行の意向を聞く必要がありませんから、株主に目を向けることができます。銀行の貸し渋りや資金引き揚げで倒産することもないメリットがあります。しかし、企業の財務内容にイツワリは許されません。財務内容を誤魔化して債券や株式を発行されたのでは、事実が明るみに出た場合に投資家は大損をしてしまいます。したがって、その企業を客観的に評価する第三者機関が必要です。これが格付け機関です。
 アメリカにはムーディーズやS&Pという老舗の格付け機関があります。もちろん民間会社です。この会社がA〜Dランクの評価を下し、投資家はそれに基づいて有効な投資を考えます。各ランクは、さらに細分化されていますが、概ねAは絶対安心、Bはまずまず安心、Cは債務不履行の可能性あり、Dは債務履行は難しい、という評価です。しかし、C、Dランクの企業でも債権の発行は可能です(投資家がリスクを冒してでも買うほどに高い金利を付ければという話です。ジャンク債といってアメリカでは人気があります)。ですから、企業は少しでも良いランクが付くことを望むのですが、そのためには格付け機関に洗いざらいの財務内容を提示しなければ成りません。粉飾決算や簿外債務など論外でありますし、その場合の格付け機関による制裁も厳しいモノがあります。同時に格付け機関に好き放題させないモラルも確立されてきています。

 さて、我が国の場合であります。これまでも金融機関やハイテク産業を中心に、とくに海外進出の著しい企業に対してはムーディーズ等の格付けが行われてきました。これらの格付けは海外市場での資金調達には影響を及ぼしましたが、国内市場には全く関係がありませんでした。日本企業の社債は主に自社株主を中心とする関係企業や取引銀行に引き取られたからです。上場会社の倒産はほぼありえなかったため、格付けは不要だったのです。また一般投資家には証券会社から販売されましたが、概ね横並びの金利であったので、やはり格付けは不要でした。日本にも格付け機関が作られましたが、あまり機能していませんでした(専ら評価が甘いという声もありました)。
 ところが我が国でも上場企業の倒産が相次ぐようになりました。中小金融機関や取引先は相手企業の財務内容を知る立場にありませんから、株式や債権の引き受けに慎重になり始めました。売掛金や未収代金の徴収にも不安を生じるようになり、疑心暗鬼の状態に陥っています。彼らが判断指標とした有価証券報告書なども頼りにならないとしますと、格付けを信用するしか方法が無くなりました。本来は格付けと企業の資金繰りには因果関係は少ないです。その企業が社債を償還する場合に資金ショートの危機があるだけで、償還日が何年も先で有れば全く問題になりません。しかも普通社債には担保が付くのが普通で、急に大きな資金不足も生じないのです。もちろん転換社債の発行残高が大きい企業には注意が必要となります。
 とはいえ、格付けは日本の上場企業全てに付けられているのではありません。原則として海外で資金調達をする会社と国内で多額の資金調達を行う会社が対象です。ところが最近になって格付けの重要性が見直されたことから、格付け機関が暴走するようになりました。もともとは依頼を受けてから行う格付けを、格付け機関の判断で付けることを勝手格付けと言います。手数料は要求しませんが、財務内容の公開は迫ってきます。公開を拒否すれば露骨に低い評価を付けますし、公開しても日本市場の特殊事情を勘案をしませんから、非常に悪い格付けが付けられます。実際問題としてすでに優良企業は海外市場で資金を調達して高い格付けを得ているのですから、低い格付けが行われると従来の取引先との関係も悪化し、日本国内での直接金融も難しくなります。全く勝手なマネを始めたのです。

 そもそも直接金融を行いたい時点で、当該企業が格付けを依頼するのが筋であるはずです。直接金融の必要性もないのに格付けをされることは納得できません。それにも関わらず、格付けの公開を阻止する方法はありません。これが格付け機関の抱える問題です。とくに市場が格付け情報に敏感な昨今では、格付けの見直し発表や格付けの引き下げが、株価を大きく変動させる要因になっています。例えば山一証券では、格付けの引き下げが資金調達を懸念される引き金となり、株価が急落してトドメを刺されました。自主廃業ではなくとも、格付けの再引き下げが確実であったためです。直接金融の比率が高い山一証券にとって、格付けの引き下げは致命的でありました。
 格付け機関も、激しい試行錯誤に揺れています。そもそも倒産企業の格付けが、倒産時点でAランクであることは沽券に関わります。したがって、市場で倒産の噂が流れれば即日に格付け引き下げを発表せざるを得ません。格付け引き下げが噂を裏付けする役割を演じ、単なる噂が事実へと結びつくのです。1997年末に株価操作を目論んで流された誤報(風説)がいくつかの企業を倒産に追い込みました。

 この問題を回避する方法は何でしょうか? 格付けが外れていても格付け機関を非難しないことです。そもそも格付けは直接金融で調達する長期債務に対するリスク評価であって、資金ショートや取引先の都合などは考慮に入れるべきでありません。したがって、直接金融以外の要因で倒産した場合は、格付けがかけ離れたものであっても仕方がないのです。実際問題として、普通社債は担保が付いていますし、転換社債・ワラント債は株式の変態であるのですから、紙切れになって当然です。要約するに普通社債が償還可能かどうかに主眼を置くべきであり、他の要因を格付けに組み込むべきでないのです。新たな借入金を調達するのでもないのに、格付けを見直すというのもおかしな話です。格下げが資金繰りを悪化させて、企業運営を悪化させるのは本末転倒です。
 少なくとも我が国では格付け機関を過信するのは良くありません。日本企業の借入金が多いのは、銀行支配が強く間接金融が主流であることが理由であって、これが改善されるまでは、欧米企業と同列に論じるべきでありません。

98.01.17
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