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政治の研究No.96
濡れ衣は晴らせない

 人の噂は75日などと言いますが、無数の人々から悪口を言われ続けるのは大変な苦痛ですね。せめて悪口の中身が事実であれば自業自得ということになりますが、悪意のある誰かが勝手に流布した風聞による濡れ衣ならば、最悪です。流布した相手が特定できれば、当人に詰め寄って発言を撤回させる方法もありますが、このネット社会ではまず不可能です。

 何か事件が起こりますと、その容疑者の過去を知ると名乗る人物のコメントがメディアに掲載されます。多くの読者はそういうものかと感じるかも知れませんが、これって情報操作なんですよね。記者は複数の人間にコンタクトを取ってコメントを集めるわけですが、全ては掲載できません。自然と、都合のいいコメントをしてくれた人のものを掲載します。あるいは都合のいい一部のコメントのみ掲載することになります(紙面の制約上という理由ですが)。
 たしかに容疑者をよく知っている人物はいるわけですが、取材ソースはそういう人物に滅多に当たりません。仮に当たったとしても、あまり望んだコメントを呉れないので、どうしても縁の薄い人物や、日頃からよく思っていない人物のコメントを載せてしまいます。タチの悪い記者になると、取材時間の不足を補うために、コメントを創作してしまうこともあるようです。
 記者によって二次加工されたコメントはそのまま一人歩きをしてしまい、勝手な容疑者像を形作ることがあります。たった一度の傷害事件を取り上げて、素行不良だった人だとか。特定の人と仲が悪かっただけで、昔から人付き合いの苦手だった人だとか。一つの異常な行動を取り上げて、性格に欠陥があった人だとか・・・数多くの事例があります。

 さて容疑者が無罪と決まった場合、誤った容疑者像を伝えたメディアは、決して訂正することがありません。限られた紙面で改めて正しい人物像を伝えることは難しいですが、せめてお詫び訂正の記事ぐらいは掲載して欲しいものです。また容疑者が有罪と決まっても、誤った人物像を報道してしまったとしたら、有罪容疑とは別物なので、やはり謝罪や訂正が必要だと思います。
 仲間内で変な噂を流された場合でも、その噂を打ち消すのは大変です。流した人物を特定するだけでも大変ですし、特定したからといって噂を否定してくれる保証がありません。その噂の打ち消しに躍起になると、後ろ暗い何かがあるのだなどと言われてしまいます。噂が相手では正論も役に立たないものです。
 そうなると自分で無実を証明することになります。傷害事件を起こしたと言われた場合、いつ誰に怪我をさせたかという情報が抜け落ちていれば、全国1億人の証言を集めても証明できません。あるいは、万引事件を起こしたと言われた場合、いつ何処で万引きをしたかという情報が抜け落ちていれば、全国数百万事業体を取材しても証明できません。噂を流す方は適当に流布すれば良いだけですが、その当事者が着せられた濡れ衣を晴らすことは、まず不可能です。

 単なる噂に悪意の尾鰭がついて広く流布されると、ますますタチが悪くなりますね。近頃では当事者が容易に否定できないことを計算に入れて、最もらしい風聞に仕立て上げます。メディアに流される怪文書や、ネットを流れる怪情報がそれですね。それにメディアが便乗すると、もう当事者にはどうする方法もありません。
 前回と前々回で取り上げた東芝クレーム問題に関する週刊文春の記事が、これに当たります。怪文書や怪情報をかき集め、その真偽を吟味することなく、面白可笑しく取り上げました。記者は否定するものの、徹底した私人攻撃を記者の単なる興味で取り上げるはずがありませんから、東芝サイドの意を汲んだものでしょう。
 週刊文春の言うT氏とコンタクトを取り、週刊文春の取材方法についていくつかの経過を拝見しました。実際のところ、文春の取材姿勢は一方的でした。一方的にメールを送りつけて取材の日時を指定し、その日時に応対して貰えないのなら質問状に回答して欲しいと「最後通牒」を突きつけています。その質問状の中身ですが、7項目に渡ってこういう事実(ネット上に流れている悪質な風聞)があるが、どうなんだと問うた内容です。これに対してT氏は、とくにベスト電器の返品記録は事実無根であり、証拠を提示するよう求めましたが、文春記者は回答することなく第1弾の記事を書いた事実が分かりました(この返品記録が偽物だと記事が成立しないと前々回で述べましたね)。
 悪意の風聞を一方的に突きつけて、その反論を無視した記事を堂々と掲載したということです。たとえ風聞が記者とは関係のないところで作られたとしても、それを活字にして日本中に流布した責任は重大です。前回の補足で紹介した日経ビジネスの記事に依れば、T氏は現在名誉棄損で週刊誌を訴える準備を進めているとのことです。T氏はおそらく勝訴するでしょうが、その頃にはすっかり東芝クレーム問題も忘れられているでしょうね。それまでの間、ネット上でさらに悪意の風聞が飛び交うでしょうが、T氏にはぜひとも頑張っていただきたいと思います。

 しかしネット上で風聞を振りまく人物というのは、どういう人種なのでしょうか。今回は、あらぬ誹謗中傷はもとより、T氏の住所や電話番号、身内の経営する企業のデータなどがネットで流布されました。単なる個人的興味、単なる愉快犯ということでは片付かない、病的な問題であります。
 濡れ衣は晴らせません。それによって受ける精神的・経済的損害は図り知れず、その影響は当事者のみでなく、家族や知人にまで拡がります。悪意を持って振りまかれた風聞については、何らかのペナルティを課す方法が必要なんでしょうね。できれば法的な拘束力ではなく、社会的なモラル向上で実現したいところですが・・・悩みは深いです。

99.08.27

補足1
 今回はそういう話題を・・・だんだん社会問題ばかりで政治問題から離れていますね。いかんいかん。次回以降は政治問題に戻る予定です。

99.08.27

補足2
 T氏はベスト電器に掛け合って返品伝票を洗い直し、返品金額はわずか6万円であることを確認したそうです。残念ながらベスト電器は自社HP上で、週刊文春への抗議文掲載や事実関係に関するコメントを掲載していませんが、T氏の主張が立証されたとなると、週刊文春が名誉棄損で訴えられた場合の旗色はかなり悪くなりそうです。無事に濡れ衣が晴らされると良いのですが。

99.09.10
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