官僚機構は、頭脳となる企画・立案部門と、その手足となる現業部門とから成り立っています。日本の官僚機構が優秀と言われてきたのは、将来を見通した企画・立案と、それを着実に実現する現業とが車の両輪となって効率よく機能してきたことが理由です。ところが、やがて企画・立案部門が現業を軽視し、自分達だけで日本を支えていると錯覚したことで、優秀であったはずの官僚機構が正しく機能しなくなったのです。収賄の絡んだ汚職事件など不祥事が相次いでいるのは、その思想的延長線上にあります。
現在のところ企画・立案を司るのは、公務員一種採用者のうちでも優秀とされる「キャリア」達の仕事です。彼らはいくつものポストを歴任しながら、企画・立案能力を養います。やがて、部長、局長、事務次官という官僚機構の中枢へ上っていきます。当然ながらエリートとしての自負を持ち、高邁な思想も有しますが、得てして国民や現場を知らないままに要職を占めてしまいます。
一方、現業部門にも企画・立案を司る部署があります。その長はキャリアであることが多いのですが、その構成員は準キャリアやノンキャリアのベテランが当たります。彼らは現業部門へ企画・立案部門の意思を伝達し、現業からの情報を吸い上げて企画・立案部門へ伝達し、両者をつなぐ役割を果たします。それなりに重要な役割であり、自ら裁量できる内容は自ら判断して指示を与える脊髄の役割も果たします。ところが、彼らの昇進コースはキャリアの心証次第のため、どうしてもキャリアに媚びてしまう面もあります。
企画・立案部門が現業部門から的確に情報を吸い上げ、適切な指示を出していれば、官僚機構は健全に機能します。しかし企画・立案部門が現業部門を軽視し始めると、情報は正しく得られなくなり、現場と乖離した指示を与えるようになります。それを繰り返すと現業部門は提案能力を喪失し、職務への意欲を無くします。企画・立案部門は図に乗って、次々に無理な要求を突きつけ、一層ミゾを深める格好になります。ひいては国民の信頼を失い、国家行政全体が異常を来します。
企画・立案部門は、耳障りの良い報告ばかりを集め、都合良く報告を寄越す茶坊主を大事にします。キャリア達には住み心地の良いムラが形成され、正しい心を備えたキャリア達は異端者として迫害されます。もちろん指示に忠実でない現業部門にも厳しく当たります。
さて、ここ2年間政府が取り組んできた行政改革ですが、いつの間にか行政機構改革に話をすり替えられてしまいました。官僚は、政治家の作ったルールを骨抜きにするのが得意です。情報を一手に握り、それを上手に扱うことができます。族議員を始め官僚に取り込まれた政治家も沢山います。このため行政機構改革さえも先行きが危ぶまれています。財務省と名を変える予定であった大蔵省は、大蔵省のままに成りそうですし、財政・金融の分離も画餅に終わるかも知れません。それでも、いくつかの現業部門が民営化の名の下に、独立行政法人ほかに転換されます。
独立行政法人は、元公務員達によって構成されるだけで、これまでの外郭団体と変わらない存在です。ただし守秘義務ほか公務員に準ずる義務だけは負います。給与水準は一時的に下がりはしないはずですが、将来的に上げ幅を抑制されて低水準に留められるはずです。効率化の名の下に厳しい業務目標を押し付けられ、予算も人員も削減されることは確実です。要するに、正社員を人材派遣会社に移籍させた上で契約雇用をするようなもので、独立行政法人の職員は過酷な労働条件を強いられることになります。
独立行政法人を増やすなら、国家公務員の総数は大幅に減少します。給与水準も安く抑えて人件費も圧縮できます。現業部門の人数が企画・立案部門より圧倒的に多いのですから当然のことです。これによって公務員への風当たりを弱めようと言うのが企画・立案部門の腹です。これにより、口うるさい現業部門を切り離すことが可能になり、自分たちが天下るポストも増えるわけです。ますます現業部門の声は企画・立案部門に届かなくなります。
果たして、これが望まれる行政改革の姿でしょうか? 企画・立案部門が握る権力はますます強化され、その権力をチェックする者が不在になります。その権力を過信し、振り回す危険が無いとは言えないでしょう。これまでの現場軽視が加速し、現場音痴の官僚が増えるばかりです。権益が集まるところへ首を突っ込み、新しい利権を探し出すことに奔走すると思います。そもそも官僚機構が肥大化したのは、企画・立案部門が次々に政府主管の事業を拡げてきたことが原因です。企画・立案部門のスリム化を実現せずに、行政改革は成り立ちません。スリム化や効率化を同時に満たし、かつ現場重視の組織に改めることこそ必要で、そのためには現業部門から企画・立案部門への人材登用が必要です。もちろん企画・立案部門から現業部門へ出向させることでも良いのですが、エリートの彼らを現場が受け入れるのかどうか疑問が残ります。
また大胆な企画・立案部門の改革を行うには、事務次官や局長クラスの民間人登用でも良いはずです。現場叩き上げのノンキャリアを大臣の裁量で抜擢する制度も認めるべきかも知れません。企画・立案部門と現業部門の距離を詰め、お互いに対等な意見交換の場を持ち、名目事業や不要外郭団体の削ぎ落としに取り組むことが先決のはずです。企画・立案部門にメスを入れず、現業部門だけ切り離すのは以ての外です。
官僚が強固な企画・立案部門を備えるべき理由はあるのでしょうか。企画・立案は本来政治家の仕事であって、政治家が法制化した内容とおりに運用する部門は必要であるものの、それは現業部門において十分に対応できるものではないかと考えています。政治家には企画・立案などできないとも言われますが、それこそ傲りであって、官僚の企画・立案部門が出しゃばるからこそ、政治家が企画・立案に取り組む余地がない、と言うべきかも知れません。
現在の現業部門だけを切り離す行政機構改革に、ポン太は反対します。
99.03.23
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