前頁へ  ホームへ  次頁へ
経済の研究No.188
ヒトと人材は、違う

 このところ、大企業のリストラ話が話題です。マツダ・マイカルで予想以上の希望退職応募者があり、いずれも募集初日で定員オーバーとなった問題が指摘されています。創業者問題に決着を付けたダイエーでも、大量の希望退職者を募ったそうです。バブル後、何度も見られた光景のはずですが・・ちょっと変であるようです。

■ 解雇から希望退職へ
 重い従業員給与に耐えかねて実施するのが、解雇です。一昔前の製造業では、ごく当たり前でした。不景気になれば、そのまま工場の生産減に直結していた当時は、一時帰休・レイオフも目立ちました。幸之助さんの松下電産で解雇者を出さなかったことが、美談になった時代もありました。
 いつしか日本でも巨大メーカーが誕生し、ある程度の体力を確保したことで、不景気が解雇に直結しなくなりました。終身雇用が当たり前になり、単純作業を機械が代行するようになったこともあります。消極的な人員削減を実施しても、積極的な解雇は控えるのが普通です。バブル後の急速な景気減速の中で、再び解雇が増えています。かつて目立った指名解雇は影を潜め(無いとは言えない)、希望退職者の募集という形式が増えています。社会的対面を気にしてのことでしょう。

 当初は、定年間近の高年層を中心にし、正規の退職金に上乗せをしての募集でした。いずれ第二の人生を歩むのならと、わずかの上乗せ金を貰って辞めた人も多かったようです。年功序列制度の弊害が出ていた当時、高給でも使い道のない人材を放出する一策であったようです。高給だから安い仕事はさせられない、だから与えられる仕事がない、というパラドックスを解消しました。
 ところが、退職間近の人材ばかりでは足りなくなってきます。やがて40歳代、30歳代の社員を対象にする企業が増えてきます。バブル期の大量採用社員にターゲットを絞るケースが増えています。一つには、新卒の少人数化で崩れている人事ピラミッドの是正です。二つには、バブル給与世代のスリム化です。三つには、時代に合わない世代の一掃です。
 急成長を遂げた若い企業でも、大量採用社員のスリム化を進めています。再就職の可能性が残っている30歳代以下に絞った募集もあるようです。とにかく企業は必死です。自己都合退職の2倍が支給相場ですが、ジワジワと応募者が増えているのが現実です。

■ 人材流出で弱る体力
 本来は身軽になって体力を回復させるための希望退職募集です。しかし、経営陣の意図に反して、優秀な人材から退職希望の枠が埋まっていく問題が指摘されています。若手・中堅を問わず、有能な社員が勢いよく希望退職に応募してくるため、担当者や直属上司が慰留に奔走するという事例が多く紹介されています。有能であるほどに、自社の実力と限界をよく知っているわけです。慰留の成功事例は多くを聞きません。
 例えば、年間1億円の利潤を稼ぐ営業マンAと、2,000万円しか稼がない営業マンBが居たとします。二人は同期入社で同額の給与であったとすると、経営者としてはBを切りたいところです。ところが、Bは退職しても行き場がないため必死でしがみつきます。一応は利潤を上げているBの減給はできません。結果的に、十分に報われないAが辞めてしまう訳です。支払う給与を1/2に減らせても、利潤は1/6に減ります。致命的だと言わざるを得ません。

 こうした傾向が、近頃顕著です。戦後の高度成長期には、20歳代・30歳代の企業戦士が圧倒的に多く、40歳代もパワフルでした。しかし高学歴時代を迎えて、バブルを越えると、40歳代に元気が無く保身が蔓延りました。20歳代の層が薄くなり、30歳代も不良社員が混じるように成っています。若手の特定の人材だけが馬車馬のように働いて、それ以外を養う構図に成ります。目に見えない閉塞感があり、停滞感が漂うようになっています。
 今日の年功序列型の人事システムでは、馬車馬のように働く有能な若手を、無能な中堅組以上に優遇するのが難しいです。職制・給与いずれでも報いることができず、結果的にモチベーションの低下を招きます。有能な若手は、社外流出するか不良化するか、いずれかです。優秀な若手を評価するのが、得てして無能な中堅組なので、尚更でしょう。能力評価の透明性が担保される、外資系企業への人材流出も頷けます。

■ ヒトと人材は、違う
 希望退職者を人数で募る経営者は、ヒトと人材の違いを分かっているでしょうか。確かに無能な中堅は多いかも知れませんが、根っからの無能では無いのです。これまで無能であっても務まってきたこと、有能である人材が報われていないこと、自分の上司も無能であること、そうした要因で無能化しただけなのです。彼らの多くも、スキルアップを図ってモチベーションを与えられれば、有能な人材に変わります。
 人員の数合わせでなく、社員総体としての総合力が問われるはずです。一部の有能社員のパワーに依存するだけでは、十分な総合力は発揮できません。昔から適材適所というように、上司は部下をよく観察して、全ての社員に最も働きの大きい仕事を与えることが重要です。上司に正しく評価されない部下は、モチベーションが低下してしまいます。

 もしも不良社員があって、どうしても荷物になるのであれば、不良社員に限って指名解雇をするべきです。その反発を恐れては、不良社員の放出はもとより、無能社員の有能化さえ実現できません。有能社員・無能社員の不良化を招くばかりです。必要なのは、「頭数としてのヒトでなく、能力としての人材」なのです。人材の能力を正しく評価できない企業なら、経営者を解雇する方が現実的です。
 中途半端に希望退職者を募るということは、「経営者や管理職が適正な人材評価をできない」と公言するものです。有能な人材が、諦めムードで離職していくのも当然です。いずれ潰れる企業なら、条件の良いときに貰えるだけもらい、能力を評価してくれる別企業へ移りたいと思うのも当然でしょう。バブルは弾けても、IT関連業界を始めとして、有能な人材のみを欲している企業は沢山ありますから。
 人数を何人減らして目先利潤が増えたと喜ぶ経営者、有能な人材を流出させて悪態を付く管理職、さっさと辞めて貰うことが、企業再建の近道であります。玉石混淆の社員の中で、石を見つけて玉に変える努力をすること、変わらない石はつまみ出すこと、人材活用の基本だと思います。

■ むすび
 これまでに能力給与制を謳ってきた企業は、多いです。しかし、正しい人事評価システムを導入するでもなく、給与総額を削る方便にしてきた企業が殆どです。厳しく査定し、安く部下を扱き使った上司が有能であるはずがありません。部下の成績を横取りするだけの能力では、企業貢献度はマイナスです。部下を育て総合力を恒常的に引き上げられる上司が、有能なのです。短期的に企業貢献度がマイナスでも、中長期的には大きなプラスを生みます。
 株主や金融機関も、目先の数字を追わずに企業再生に手を貸すべきでしょう。経営者や管理職の中から無能なものを排除していけば、結果的に若手も有能な人材が増えます。適材適所を徹底しモチベーション向上策を打ち出せば、無能なヒトも有能な人材に化けるでしょう。大量の解雇よりも先に、今ある手駒をどう巧く活用するかに重点をおいた経営方針を後押しするべきでしょう。繰り返しますが、必要なのは適正な能力評価と、それに見合う能力給与制です。
 そろそろ、ただのヒトと人材の区別をするようにしましょう。

01.01.31

補足1
 人材とは、企業にとって有益な存在。少なくとも、現在・将来において役立つ存在であります。能力あるいは実績に見合った給与を支給する対象とすべきです。ヒトとは、ただそこに在るだけという存在。過去においては役だったかも知れないが、現在は役立っていず、このままでは将来も役立たない存在であります。
 雇用とは、企業が必要なマンパワーを必要なだけ確保することにあります。支払う給与以上に能力を使わせようという考えは捨て、今発揮されている能力に相応しい対価を支払うべきである。自ずと利益は数倍に還元されるでしょう。将来の高給を約束してしまうと、不要なときに削減できなくなり、お互いに不幸です。
 バブルは、結果的に採用する側も採用される側も麻痺に冒され、相性や適材適所を考えない無謀な契約を生みました。他企業でなら有為な人材となったかもしれない人々が、無為なヒトになってしまったのかも知れません。

01.04.29
前頁へ  ホームへ  次頁へ