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経済の研究No.60
経営指導念書と債務保証

 近頃世の中を賑わせている債務保証ですが、その正体は何でしょうか。
 もともと債務保証とは、債務者の債務の履行を第三者が保証人となって代行することです。一般的にはファイナンス会社が一定の保証料を受け取る見返りに、債務者の債務履行を保証します。債務者が債務履行しない場合は、債権者はファイナンス会社から債務履行を受け、ファイナンス会社は債務者から担保を取り上げるなどして代務弁済した資金を回収します。住宅ローンがそうですね。

 これが企業取引になれば少し話が違ってきます。A社が取引先B社に商品又は役務を提供することにしたとします。しかしB社は信用力が不足して金融機関の融資が得られないとしましょう。そうしますと折角の契約がフイに成ります。そんなときA社が債務保証するなら融資をしても良いと金融機関が言いました。B社は社長が誠実そうで業績が伸びる可能性が高いと判断したA社は、債務保証を呑んでB社に便宜を図りました。その結果B社は融資を受けることができ、A社は商品又は役務を果たす対価として融資資金を受け取ることができました。B社は獲得した商品や役務を使って新たな財を生みだし、そこから金融機関に融資資金の元利返済をし、金融機関との間に新たな信用を形成することに成ります。A社としては売上げが立ち、B社の社長からも感謝されました。
 しかし、B社が事業に失敗し返済不能に陥ると話は違ってきます。金融機関はすぐさまA社に債務弁済の履行を迫ってきますが、A社にとっては寝耳に水な話です。金融機関が履行を迫るということは、B社から資金を回収することは不可能だと言うことです。A社にとっては突然他社の借金を負わされることになり、しかも一括履行を迫られるので資金繰りも大変になります。金額によってはA社が経営破綻をすることになります。そんなことではA社の株主や他の取引先は大変です。
 そこで債務保証をするに当たっては、取締役会の決議と、バランスシートへの開示を義務づけています。そうは言ってみても、例えばゼネコンなどは債務保証の金額が巨額で、債務保証先が破綻していなくてもバランスシートに載せると何となく経営難であるように見えてしまいます。それにゼネコンの場合は債務保証先も多く、一つひとつの案件を取締役会で取り決めるのは大変な作業です。そこでヤミ保証を行ってきたわけです。

 ヤミ保証には債務保証予約念書が一般的です。債務保証予約は読んで字のごとく、問題が起きたら債務保証に切り替えますよ、というもので、問題が顕在化しなければ自動的に消滅するものです。手続としては簡単で便利なのですが、いざ債務保証が必要になると直ちに代務弁済の義務を生じますから、取締役会が紛糾するのは目に見えています。株主にとっても大変な話で特別背任に問われることにも成ります。ツムラや東洋エンジニアリングで債務保証予約が顕在化した事例があります。
 対する念書は、さらに解らないものです。念書は誰かが一筆入れたというもので、普通は明確に債務保証するとは書かれていません。例えば「B社に対する管理指導は徹底し、金融機関さまにはご迷惑をお掛けしません」というあいまいな文面で、経営指導念書などと言います。上記の事例ではA社とB社に取引がある場合を紹介しましたが、A社とB社の社長が単なる知り合い、という程度である場合もあります。したがって念書も企業名ではなく、社長個人名であったりします。日債銀が農林系金融機関から訴訟を受けた事件や、三菱商事他がプリペイドカードの不正使用で空いた損失穴埋めを迫られた事件や、三越が関連会社のゴルフ事業で生じた損失を負担させられたりした事件があります。そして大同コンクリート工業の事件がありました。

 大同コンクリート工業の事例を振り返ってみましょう。コンクリート加工製品で創業60年を誇る同社は公共事業中心の需要に支えられて業績を伸ばしてきました。海外に関連事業会社も展開し・・・事実本業は公共事業の削減が続く中でも黒字経営を維持していました。ところが香港の関連会社が建築工事やパイル受注の減少で業績を悪化させ、インドネシアの関連会社は1997年のルピア急落で多額の評価損を抱えました。両関連会社への資金融資は、同社のメインバンクほか四行が行っていましたが、関連会社であることもあり経営指導念書の差し入れだけでした。その文面は「借入先に迷惑を掛けないように指導する」というもので、差し入れた社長自身が債務保証のつもりでは無かったと主張しました。確かに指導した結果ダメならどうする、とは書かれていませんから。
 ところがメインバンクは、両関連会社の融資全額に当たる48億円の債務保証を迫りました。念書の債務保証書への切り替えか、肩代わりを要求しました。大同コンクリート工業は念書に法的根拠はないと釈明したものの、自社への融資姿勢まで変わってしまい、1998年2月28日に自己破産を申請しました。その後丸紅の支援を受けられるということで、3月末に会社更生法適用申請に切り替えましたが、7月に更生手続の開始決定が出ようかという矢先に、丸紅は支援を断念しました。丸紅を含む芙蓉グループに他社を救済している余裕が無くなった、というのが一般的な見方です。しかたなく新たなスポンサー探しを続けているといいますが、当面の資金繰りに問題もなく工場稼働率も回復基調にあるそうなので、景気が上向けば自力更正も可能かも知れません。
 同社が抜き打ちの自己破産申請に及んだため、即日に株式は売買取引停止となり、そのまま上場廃止となりました。株主としては、経営指導念書という得体の知れないもののために、1円でさえ売れない株券を抱え込むことに成りました。罪深きは、安易な念書を書いた社長か、融資停止を武器に法的根拠のない債務保証を迫った銀行か・・・。

 いまでも銀行の本店や支店の金庫には、この手の念書がぎっしり詰まっていると言います。金額も様々で債務問題が発生していないものもあるでしょうが、この不景気でありますから、次々に問題が顕在化してくるかも知れません。バブル以前、関連会社や取引先のために自社のメインバンクを紹介した、人の良い社長さんや役員さんがありました。ほんのご紹介の記録ということで・・・と書かされた念書が突然巨額の債務弁済に化けて出る・・・念書を書いた本人が破産しただけではとても返済できない債務を、どうして会社に肩代わりさせられるでしょうか。
 念書は念書であって何ら法的責任が及ぶものではないと思います。銀行もそんな紙切れ一枚で責任転嫁をしないで、自分のリスク管理の甘さを恥じて自分で損失を被るべきだと思います。間違っても全額負担を強要するなんてことはして欲しくありませんね。何とか念書問題をチャラにする方法はないのでしょうか。

補足1
 多少は銀行を弁護しても良いと思う話も聞いています。バブルまでは借り手の方が有利でした。したがって、融資の紹介に訪れる会社社長に債務保証を迫るようなことはとてもできなかったとも聞きます。仮にも上場会社の社長さんの紹介を無碍にはできませんし、かと言って何も要求しないわけにはいきません。そのため念書を一筆となったようです。口頭で「ワシが保証するよ」では確かに危ないですよね。また、融資をしないのならメインバンクを変えると脅された例もあるようで、銀行と企業のどちらが悪いか一概には言えないようです。
 大同コンクリート工業の例では、メインバンクが体力のない地銀ということもありましたが、あまりにも強引であったようです。それでも多少弁護すると、インドネシアのルピア急落で多額の損失を発生させた関連会社は為替予約さえ怠っていたそうです。手落ちはお互い様なのでしょうね。

補足2
 長銀の関連ノンバンクで会社更生法を申請した日本リースの債務問題に関して、東海銀の貸出に際して長銀が債務保証予約していたことが明らかになりました。東海銀の関連ノンバンクへの融資には東海銀の債務保証を取る相互保証契約(一応は債務保証予約)であるらしく、長銀の債務に550億円が積み上がったと同時に、東海銀から即時返済を迫られることになりそうです。これにより長銀が債務超過となれば、債務保証のデフォルトを生じる恐れもあります。長銀は10月23日に特別公的管理への申請をする予定で、その動向が注視されます。

補足3
 長銀の日本リース対する債務保証予約は三番目の大口債権者の農林中金にも行われていることが判明し、そのほか数行に対しても債務保証予約を行っている可能性が濃厚となっています。1997年末からの金融危機に伴い取引行が相次いで融資引き上げを検討した際に、融資をつなぎ止めるために債務保証予約を連発したものと見られて入れています。これらは「予約」であることを理由に1998年3月期のバランスシートへ記載されておらず、経営陣は特別背任に問われる可能性があります。

98.11.09
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