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経済の研究No.153
手形取引を現金取引に

 商法上の手形は「後日一定の期日に一定の場所で所定の金額を支払うことを約束した証文」です。性格によって大きく分けると、約束手形為替手形があります。前者は振出人(手形債務者)が受取人(手形債権者)に手形を振り出します。後者は引受人が支払いを引き受けることを条件に、振出人が受取人に手形を振り出します。この場合、手形債務者は振出人でなく引受人です。
 ポン太は手形の実物に触れたことがなく、簿記会計も素人ですが、少し論理展開上必要なので、取り上げます。

■ 手形の役割
 古くは江戸時代、上方や江戸で信用のある大店が手形取引を始めたと聞いています。通常AがBから商品を仕入れる場合、Aは商品を売り切ることでBに支払う現金が手に入ります。したがって、現金が手に入るまで支払い期日を猶予して貰うと、元手が少なくても商売をすることができます。支払いが猶予されれば、在庫に余裕を持つこともでき、販売の機会ロスを減らすこともでき、経営が安定します。
 加えて、江戸時代は代金後払いの掛け売りが主体で、年1回か2回の期日に集中的に決済が行われました。とくに大口の商家相手や大名相手が掛け売りでした。そのため期日まで互いに現金が入らない、という呑気さもありました。通常の掛け売りは、いわゆる大福帳に綿密な控えがあり、これを元にして期日の支払いを受けるのですが、商人間の取引では互いの大福帳を付き合わせるよりも、証文をやりとりする方が無難です。そこで、いつまでに・どこで・いくら支払うかを記載した証文、つまり約束手形が生まれたのです。
 また、当時の通貨は大判小判です。大商いになれば重い千両箱を運ばなくては行けません。とくに上方と江戸間で資金を移動するだけで、大仕事になり出費も嵩みます。そこで、上方の両替商に千両箱を預けて手形を受け取り、江戸へ行って江戸の両替商から手形を千両箱に換えて貰う為替手形も始まりました。もちろん手形だけ飛脚に届けさせれば、資金輸送に代えることができます。
 信用力のある手形であれば、そのまま第三者への支払いに使うことも可能で、あとは互いの手形を相殺することで、現金に代える決済も行われました。信用を重んじる日本人ならではの知恵でありますね。決済のための手形交換所も整備され、江戸時代後期には、かなり普及していたそうです。

■ 経済の潤滑剤から、弱者イジメ
 この約束手形あるいは為替手形は、商売上の慣行として、明治維新を経てからでも100年以上になる、今日も残っています。資金力のない中小企業にとって、手形取引は依然として大きなウェートを占め、経済の潤滑剤の働きをしています。
 ところが、支払う立場では便利な手形も、受け取る立場では不便です。なぜなら期日まで待たなくては現金が手に入らないので、急に資金が必要になると資金繰りの算段をする必要があり、経営を圧迫します。江戸時代のように何でも一括決済という呑気さは失われており、例えば売った商品の代金受取よりも、買った素材の代金支払が先に来ることもあるからです。
 手形の決済期日をいつにするかは、振出人と受取人の合意に基づきます。したがって、振出人の方が優位にあれば期日を先延ばしにすることが可能です。例えば、代金支払の期日を代金受取の期日の後にすることが可能です。そうすれば、受取期日から支払期日までフリーキャッシュを手元に持つことができます。フリーキャッシュがあれば資金繰りが楽になりますから、今でいうキャッシュフロー経営が可能になります。
 江戸時代は互いにボチボチの規模だった商店も、資本主義的競争社会の中で、大企業と中小企業、中小企業と零細企業の力格差を生んでしまいました。力格差が大きくなれば成る程に、大きい側には有利に、小さい側には不利に成っています。大きい側に有利な条件で手形取引が行われ、フリーキャッシュが定常的に蓄積されるように変わってきたのです。当然ながら小さい側には不利で、慢性的な資金不足を生むように変わってきたということです。
 例えば、大商社は仕入れの支払を手形で、販売の受取を現金で行うことによって、常にフリーキャッシュを手元に持ち、その金利分を稼ぎました。これを商社金融と言います。また大手流通も同様にして中小の納品先を絞り上げ、自ら肥え太りました。大手ゼネコンと下請けの関係にしても然りです。経済の潤滑剤であったはずの手形が弱者イジメを生んでいます。

■ 手形回し
 通常手元の現金が少なくなると、手持ちの手形を現金化することに成ります。自分が正当な譲渡人であり、それを正当な譲受人へ渡すことを手形の裏面に記載(裏書きと言います。手形の譲受人は、振出人のほか全ての裏書人(譲渡人)に対して支払いを請求できます)して、支払いに充てることができます(手形回しと言います。この手形を回し手形と呼びます)。支払条件によっては金利相当分を上乗せする必要があり、また信用力のない手形は相手に受け取って貰えません。企業の手形を社長個人で裏書きすることも多いです。
 信用力のない手形とは、つまり本当に期日に現金を支払ってくれるのか怪しい手形を指します。振出人が中小企業であれば、指定の支払い場所である取引金融機関の決済口座に現金が無く、期日に支払えない事態(不渡りと言います)も招き、その結果現金を手に入れられないリスクがあります。上述のように、裏書人に請求することも可能ですが、裏書人も回収の見込みのない手形を肩代わりする余裕がありませんから、始めから危ない手形は回せません。
 振出人の中には、計画倒産を意図する詐欺まがいの企業もあり、互いの資金を融通するために架空の取引を装って自己手形を乱発(とくに融通手形と言います)する企業もあるので、やはり信用力のない手形は使えません。逆に信用力のある手形、つまり一流企業の手形であっても、おかしな相手に悪用されることを怖れて、裏書き譲渡を望まない企業もあり、信用力があっても必ずしも回せるわけでもありません。一流企業の手形がマチ金などに流れると、経営不安が流布されるためです。

■ 手形割引
 仕方なく金融機関に手形を持ち込んで、手形を担保に現金を借りることになります。実際には金利相当分を割引きされた現金の支払いを受けるので、これを手形割引と言います。手形が不渡りになれば、裏書きの変態なので額面で買い戻す義務が生じます。割引手数料は、手形の信用力によって違いますし、また不渡りのリスクを伴うため、所定の枠を超えて割引を受けることはできません。
 金融機関に割引して貰えない手形は、マチ金など手形割引業者に持ち込むことになります。こうした業者は高い手数料(つまり割引率が高い)を取ることで、割引に応じます。それでも現金に変えることができるだけ幸せで、自己手形を担保にして商工ローンなどから資金を借りるハメにも成ります。
 つまり力格差の小さいところほど、高い手数料を支払って手形を現金に換えることになり、本来得られるはずの利益を金融機関やマチ金にピンハネされることになります。金利次第では赤字にもなり、結果として資金繰りは一層苦しくなり、一層にも力格差が広がります。常態的に手形割引を繰り返し、最後は融通手形の乱発(受けてくれる相手があればです)、商工ローンの利用・・・となります。

■ 手形取引を現金取引に
 大手企業は、かなりの企業が受取手形を圧縮して現金取引を増やし、売掛債権も減らす方向に動いています。これは流行のキャッシュフロー経営に有利であるためです。しかし、支払を手形で繰り延べた場合でも、手形債務が定常的にあったなら見掛け上のフリーキャッシュは多くとも、金利が稼げたことには成りません。積極的にフリーキャッシュを債務返済に宛てれば違ってきますが、金融機関と融資枠契約でも結ばない限り効果は薄いです。
 つまり大手企業は、無意味に取引先や下請先に資金負担を強いているに過ぎず、その取引先や下請先がいつまでも資金繰りに喘ぎ、経営基盤を危うくしていることに気付いて欲しいです。取引先や下請先を常に隷属関係に置きたいという意図ならともかく、本来は共存共栄を目指すべきで、不当に体力を奪わせることが在っては行けないと思うのです。無用に金融機関やマチ金を太らせることもないでしょう。
 江戸時代とは違い、今では短期資金を金融機関からの融資で賄うことができます。どれだけの資金の融資を受けられるかは、その企業の体力や信用力次第ですが、手形割引を受けたり、商工ローンから借入れたりするよりは、ずっと安い金利で済みます。手形取引から現金取引が中心に変わっていけば、現在のように手形の決済期日に振り回され、本業とは関係のない資金繰りで時間を浪費しなくて済みます。とくに日本の基盤業である製造業者にとっては朗報になるはずです。

■ むすび
 今の日本経済は、株式も金融も流通も即時決済の方向へ向かっています。そこへ手形にだけ期日決済が残るのは不自然だと感じます。確かに手形取引がまだまだ必要な部分が残っていると思いますが、現金取引が可能であるにも関わらず、力格差を活かして手形取引を続けている大企業などは問題です。不当な取引先イジメや下請先イジメには、行政が改善勧告を出して行くべきではないか、と思います。相続税対策などよりも、はるかに有効な中小企業・零細企業の救済であると考えます。

99.12.13

補足1
 昨年は、大企業と中小企業の力格差に逆転が見られました。例えば経営不安の伝えられるゼネコンが下請先に現金取引でしか受注して貰えないとか、大手流通がサイトの短い約束手形しか受け取って貰えないとか、中堅商社が手形のサイト延長を拒否されて潰れたりとか、ありましたね。

99.12.13

補足2
 何分にも手形に関しても素人ですので、用語解説や分析に大きなミスがあると思います。ミスに気付かれた場合は、ご指導いただければ幸いです。

99.12.13
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