前頁へ  ホームへ  次頁へ
経済の研究No.83
日債銀シンドローム

 昨年から続いた金融危機は、市場原理に従わなかった金融機関が、市場から退場を求められるものでした。退場を求められた側は、求められるだけのミスを犯していたのですから仕方がありません。株主にしても、市場が退場を宣告しした時点で、再び経営立ち直りすることに賭けるか、持株の全てを手放して見捨てるかを選択してきました。あの長銀破綻においてさえ同様の市場原理が働きました。しかし日債銀に関してのみ、市場では株価158円のまま突然死を宣告され、しかも当の死体でさえ「自分は生きている」と叫んでいる状態で火葬されたようなものです。国による問題行の強制処理・・・資本主義経済と市場原理が完全に無視された衝撃的事件でした。

■もっと資本注入をしておけば良かったのか?
 日債銀では、血の滲むリストラが続けられて来たといいます。沈殿物だった旧経営陣が一掃され、身丈に余る海外事業から撤退し、不良債権処理の前倒し、人員の大幅な削減が続けられてきました。当初全店廃止と言われた支店は削減されず、問題子会社の完全整理も行われませんでしたが、少ない資本の中では精一杯のリストラ努力は続けられたように見受けられます。1998年3月の公的資金注入については「なぜ日債銀に資本注入を行ったのか」が議論されていますが、「なぜもっと注入しなかったのか」という議論は耳にしません。日債銀は2,900億円(優先株600億円、劣後ローン2,300億円)の資本注入を申請しましたが、最終的に優先株のみ600億円しか注入されませんでした。この時点で6,000億円程度注入していれば、監督庁が危機的状態という実質債務超過に転落することはありませんでした。
 しかし優先株の実質金利は年3.6%でした。三和銀・興銀では年1.15%でしたから、同じだけの金利負担を考えれば三分の一しか借りられませんでした。「リスクの高い金融機関に貸すのだから、金利が高いのは当然」と言われていましたが、資本注入が金融機関の救済にあるわけですから、苦しいところほど低金利で注入するべきではなかったか、と思います。現実には高い金利負担を回避するために少ない注入しか受けず、破綻の結果全額デフォルトですから愚策だったことは明かです。本当に生かすつもりなら思い切った低利で貸し出すべきで、生かさないつもりなら3月の時点で貸し出すべきではなかったのです。

■この時期に「なぜ」国有化に踏み切ったか
 まず長銀破綻により長信銀体制の崩壊が確定したこと、が一つ目の理由になります。興銀も投資銀行へシフトを進めており、日債銀が単独で生き残ることが難しくなりました。また金融債への信頼が低下しプレミアム金利が大きな負担となり始めたことが、二つ目の理由です。金融債の販売が主たる資金調達手段である以上は、金融債の信用がなくなることは致命的でした。一般の機関投資家も購入には難色を示しており日銀や大蔵省の運用資金による買い支えが囁かれていました。しかし、株価回復と共に個人の購入者が戻り、金融債販売額は順増に転じていたことが皮肉でした。
 最近聞こえてくるのが三つ目の理由です。長銀国有化の問題がアレコレ指摘されています。とくに破綻後にも顕在化する隠し不良債権の多さが問題を大きくしており、その処理に要する国費負担が5兆円でも利かないという話が出ています。事実だとすると、日債銀の国有化は長銀関連の負担額が明確になる前の年内である必要があります。そうでなければ、日債銀を国有化することに非難が集中するのは間違いないからです。日債銀の貸出残高は7兆円ですが、「そのうち2兆円近くは焦げ付く」との試算(週刊文春)もされています。12月15日に立ち上がった金融再生委員会(金融問題に関して優先決定権を持つ。大蔵・日銀の影響力は直接及ばない)であれば日債銀の国有化に反対する可能性があり、その直前の滑り込み国営化を狙ったとも言われています。

■日債銀が自己破産申請するとどうなったか
 現状では預金と金融債が全額保護されるため、大きな混乱は生じなかったと思います。融資を受けている企業には打撃ですが、国有化長銀で肩代わり融資をする途はありました。しかし自己破産は選択されませんでした。まず昨年に大手行は潰さないと宣言した政府の面子があります。その建前で行くならば国有化しか手段はなかったでしょう。
 自己破産が決まると管財人が資産管理を行うことになりますが、その過程で政治家ほかの紹介案件など政治案件が次々に明るみに出されたでしょう。同時に不透明な手続があれば、損害賠償も本格化します。下手をすれば疑獄事件にも発展する可能性がありました。さらに、大蔵省や日銀の指導・監督責任も取り上げられるはずです。昨年の増資や今年の資本注入に限らず、不良債権の認定や処理手続での関与次第では大きな責任問題に発展する可能性もありました。このため完全破綻だけは避けたかったはずです。国有化処理なら政治家も政府・大蔵省も「腐った臓腑」を探られる必要もなくて済みます。それでなくても無記名の金融債は、怪しい保有者が多いですから、解約の際に身元照会などされると困ったことでしょう。
 自主再建に任せておくと、いつ自己破産に至るか分かりませんでした。救済合併の途は閉ざされてしまいましたので、「今のうちに国有化しておくのが安全」というご都合主義で日債銀は国有化されたのではないでしょうか。

■そして日債銀シンドローム
 政府は「債務超過行があるとは一切聞いていない」(柳澤金融担当相:聞いていないと言うのがポイントです)と主張しています。しかし今年3月にはなかったはずが、判断基準を変更してみたら二行が該当してしまったと言います。1999年3月に新たな脱落が出ない保証は一切ありません。株式市場の低迷が有価証券含み損を拡大させて、新たな債務超過行を生む可能性はあります。その場合、再び抜き打ちの国有化が行われるとなると、誰も金融機関の株式を、債券を、CPを買わなくなります。
 このままでは、突然破綻を宣告される銀行が増えそうです。そういう不安定な状態を続けていると、まだ破綻していない銀行が破綻に追い込まれる可能性があります。このような玉突き的に脱落銀行が顕れてくる不安がある病的状態を便宜的に日債銀シンドロームと名付けます。市場の不安心理に付け込んで、悪意ある株価操作も行われています。日債銀シンドロームを回避するには、今回の日債銀国有化の手続にどんなミスがあったのか自ら検証し、その結果を公表することが必要だと思います。
 また、日債銀株式の買い取り価格ですが、昨年の銀行を潰さない宣言から考えると、最低でも1株50円は返還されるべきです。債務超過から立ち直るのを待てなかったのは行政側に責任ですから、額面程度を株主に返すことは真剣に考えていただきたい、と希望します。

98.12.18

補足1
 日債銀シンドロームの第一号は安田信託銀でした。ここは繰り返し仕手筋の揺すぶりを受けていましたが、また株価主導で不安心理を拡大させました。詳細はトピックスの12月15日欄に書きましたので参照して下さい。しかし、安田信託銀を今回と同じ手法で国有化すると大変なことになります。発行済み株式の大部分を保有しているのは、冨士銀行(16.8%)、安田生命(9.8%)、安田火災(5.8%)であり、安田系金融機関の受けるダメージは大きそうです。一歩間違うと富士銀が道連れになりますが、仮に安田信託が債務超過になると、現状では国有化宣言をされてしまいます。金融監督庁が早期にルールを示してくれることに期待します。

98.12.18

補足2
′13日の国有化発表以降、株式市場の低迷が続いています。昨年に出資を強いられた金融機関(日銀を含む)の3月期決算が確実に悪化することが心配です。行政主導で問題行の救済合併させることは、今後極めて難しくなるでしょう。どの金融機関の経営陣も株主代表訴訟を怖れて、尻込みすることは間違いありません。

98.12.19

補足3
 日債銀シンドロームの第2号は三井信託銀行でした。銀行以外で同様の動きを見せた銘柄には、殖産住宅相互や長谷工コーポレーションがあります。いずれも、とりあえず信用回復が図られましたが、注視が必要です。

99.01.28

補足4
 国有化された日債銀は、「あおぞら銀行」として再出発中です。2000年9月に再民営化し、その一年後である2001年9月中間期には、連結純利益85億円を達成するなど、比較的順調な滑り出しを見せています。営業力を強化して貸出金を増やす努力を重ねる一方で、不良債権処理も比較的順調に進んでいるということです。
 悪名の高い「瑕疵担保条項」については、簿価ベースで263億円相当を国に売却したそうです。残存している不良債権は約7,000億円であり、どこまで効率的に圧縮できるかが山場だと見られます。そのためには条項の発動数を増やすことになりますが、銀行の都合ばかりを先行させないで欲しいものです。

01.11.30
前頁へ  ホームへ  次頁へ