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経済の研究No.29
長銀事件を考える

 今回の長銀に纏わる一連の事件を長銀事件と便宜的に呼ぶことにします。長銀の経営危機が囁かれたのは6月21日頃です。一貫して下げ始めた株価を説明するために、S&Pによる長銀の長期金融債(つまりリッチョー、ワリチョー)の格下げと、近々償還される金融債がデフォルトされるという噂が流れました。噂が先で株価が追随したのかは定かでありません。しかし自然発生的に生じた事件にしては、あまりにも急な展開であり、1997年11月の山一證券事件、同12月の安田信託事件が脳裏を過ぎるのです。敢えて「事件」と呼ぶのは怪しい仕手筋機関投資家の動きと、不自然な風説の流布であります。

 山一証券事件では簿外債務は実在しましたが、実際問題として償却できない額でもありませんでした。一括償却にこだわった経営陣に市場が付け込んだことが、できる再建もできなくした事件です。簿外債務が「飛ばし」を中心に発生したわけですが、為替損などによる損失もあり、これらを小出しに(例えば問題子会社の整理という形で)順次処理すれば大きな問題にはならなかったはずです。これを以前から噂のあった「飛ばし」であることを公然と認めたことと、発表をメインバンクほかに相談せず行ったことが大きな失敗でした。追い込んだのは、簿外債務を在る物と決めつけて格下げした格付け機関と、これを見越して大幅に空売りを仕掛けた機関投資家です。日経新聞による「自主廃業」記事が引導を渡したことも否めません。風説とそれを追認する格下げと、尤もらしく解説する新聞記事のトリニティが成した業です。
 安田信託事件は、相次いで倒産した北海道拓殖銀行、三洋証券、山一證券のいずれにも安田信託が出資と、融資と、(信託運用として)株式保有とを行っていたことから、安田信託の経営難が囁かれたことが引き金になりました。これもダメージですが、信託運用では定評のあった安田信託の屋台骨をへし折るほどのものではありませんでした。しかし機関投資家による空売りと、勝手格付けによる大幅な格下げとが災いして資金ショートの危機に陥ったのです。何と言っても信託財産の解約が首を絞めかねず、頼みの富士銀行にも資金余力がないという有様でしたから、下手をすれば倒産をしていたはずです。幸いにも山一のような簿外債務もなく、安田生命が支援協力に出たことで持株会社構想をぶち上げて危機を脱しました。その後株価は大きく回復しました。
 また1997年12月にはダイエージャパン=エナジーレナウン第一家電に倒産説が流れ、いずれも大きく株価を下げました。これの正体が機関投資家による空売りであったことは明らかになっています。各社とも業績は良くありませんでしたが、資金がショートしなければ乗り切れたことは実証されています。相次ぐ倒産により銀行が融資に慎重になっている中で、市場に不安心理を煽り狼狽売りを誘ったのです。結局は安田信託が持ち直したことで、各社株価も大幅に持ち直しました。

 以上のように振り返れば、今回の長銀事件も同じ傾向を示していることが分かります。もともと格付け機関は長信銀の格下げを検討していましたが、株価が大幅に下落したことを受けて長銀の格付けを一気に3ランクも下げました。これが追い風になって機関投資家による空売りに勢いが付き、株価は額面の50円まで下げられました。26日に住友信託による救済合併が発表されなければ、28日にもさらなる格下げで引導を渡された可能性があります。朝日新聞や日経新聞の憶測記事が長銀を玩んだことも災いしています。まさに山一證券事件、安田信託事件の再来です。今回は金融監督庁が設立されるため証券局や銀行局が消滅したタイミング、そして株主総会を目前としたタイミングを狙い澄ました点で、一層巧妙でありました。政治家が適当な発言を繰り返し、パートナーと目された銀行が相次いで救済合併の噂を否定したことが、一層の混迷を招いていました。同時にダイエー、安田信託も前週比30%を超える下げを見せ、混迷の度合いを深めました。ただしいずれの売り手も悪名高い仕手系証券会社であることが分かっています。
 今回は幸いにして長銀サイドが勝利を収めました。長銀、ダイエー、安田信託は相次いで株価を押し戻し、大量の買い戻しが入りました。一応の危機回避ができたわけです。ただし長銀効果は長続きしないと見られています。金融不安は払拭されておらず、受け皿銀行を始め政府の無為無策が暴露された。今回の合併発表は自発的なもので大蔵省主導でもありません。機関投資家たちが新たな不安材料を噂として流し、再び空売りを仕掛けてくる可能性は否定できません。

 まず経営不安を煽るような大量の空売りには即日に規制を加えること、状況が分からないまま大幅な格下げを行う格付け機関に充分な警告を加えること、噂を否定するに足る明確な証拠を経営陣が情報開示すること、そして憶測記事で不安を煽るような新聞記者と新聞社にはペナルティを課すこと、が求められるのではないでしょうか。新設された金融監督庁の今後の活躍に期待します。

98.06.28

補足1
 6月25日に大量の空売りで大下げしたダイエーに対して、この日の夕方再度空売り規制が掛けられ、現在なお解除されていません。これは売り物のほとんどが信用取引であったことと関係があるそうです。翌26日の安田信託の売り物は現物株の売り物も多く、提携解消売り、持合解消売りであろうと言われています。そのため安田信託は空売り規制されていません。

補足2
 長銀の信用不安の起こりは、長銀とスイス銀行SBCUBSと合併)の合弁会社長銀ウォーバーグ証券が大量の長銀株売却を行ったことが発端らしいとされています。子会社証券が親会社株の売却に走ったとの情報が連鎖的に狼狽売りを誘ったとの見方が有力です。「黒い目の外人(つまり日本の機関投資家)」が意図的に長銀ウォーバーグを使ったものか、UBSなどが戦略上長銀の売り叩きに回ったものか、現在でも不明です。一旦提携解消の噂を流し、これを否定することで莫大な利益を得たとの観測もあります。

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